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第9章

第12話 閨姫の病10

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―――前回までのあらすじ――――――
勘違いした前の用心棒を無事に叩きふせた主人公。
10日間の依頼も、そろそろ終わりが近づいていた。
――――――――――――――――――

-1-
 駆けつけた衛視たちへの説明は、刺された腕の応急手当てを受けながら比較的短時間で終わった。
 まぁ衛視の方も俺が店の用心棒だと知っているし、店主や従業員の証言に加えて見物人という目撃者が大勢いたので双方合意の上での刃物沙汰、ということになり結果的に衛視にちょっと怒られる程度で済んだ。
 ちなみに俺が腕を握りつぶした相手は衛視が連行していった。
 罪状が何になるのかは分からんが、俺が少しばかり怪我したくらいで実害は出ていないから大した罪にはならんだろう。
 罰金くらいですぐ戻ってくるんじゃないだろうか。
 そんなことを言ったらジュリア婆さんが
「前にも何度かやってきて迷惑してたんだよ。そんな程度で済ませてやるもんかい」
 と、大変あくどい笑顔で返してきたので、それ以上深く尋ねるのはやめにした。
 ……この婆さんなら、ないことないことでっち上げて前科の捏造くらい平気でやりそうな気がする。
「ともあれ、ご苦労だったね用心棒。お陰で助かったよ」
「まぁそれが仕事で給料もらってんだからな」
 婆さんの労いに頷いて返す。
「にしてもずいぶんやられちまったねぇ。とりあえずその怪我と服をなんとかしておいでな」
「わかった。んじゃ、お言葉に甘えさせてもらおう」
「それが済んだら夕食までに戻ってくればいいからね」
「あいよ。じゃあ、あとよろしく」
 周りに残っている店の者にそう頼むと、外套を引っかけて徒花小路を後にした。

 さて怪我の治療だが……傷ポーションで済ますか施療院で魔法を使ってもらうかで少し悩む。
 ミットン診療所で処置してもらうのが一番早くて安上がりなんだが、あそこの治療は縫合と化膿止めによる一般的な外科治療だから、完治までに時間がかかるんだよな。
 夜から仕事が再開されることを考えると、ちゃっちゃと完治させたいので今回の選択からは除外。
 比較的近い石巨人亭で傷ポーションを買ってその場で治すか、足を延ばして天の教会の施療院でしっかり治してもらうか……。
 傷が骨までいっていたら中級の傷ポーションが必要になるので傷ポーションの方が割高になるが、まぁなんとなくの素人見立てでは骨は無事そうなので石巨人亭の傷ポーションで済ますことにした。
「ちゃーっす」
 石巨人亭の扉を開けて、カウンターに足を向ける。
 昼食も過ぎた時間なので店の中に客はまばらだ。
「おぅディーゴ。こんな時間に珍しいな。って、確か依頼の最中じゃなかったか?」
 カウンターの向こうからオヤジさんが声をかけてくる。
「ああ、依頼はまだ続いてんだけどちょっと怪我したんでね。傷ポーションを分けてもらいに来た」
「確か、店の用心棒だったな。何かあったのか?」
「ちっと勘違いした元用心棒とやりあってね。左腕を短剣でぐさり、だ。応急処置は済ませてきたし、骨までは行ってないと思う」
「そういうことか。なら下級の傷ポーションでいいな。ほらよ」
「すまんね。これ、代金」
 代金と引き換えに傷ポーションを受け取ると、包帯を解いて傷口にポーションの一部を振りかけ、残りを飲み下した。
 あっという間に傷口の痛みが消え、刺されたところも塞がって元に戻る。相変わらずの謎理論だよな、このポーションて。便利だけどさ。
 傷口だったところを押してみたり、ぐるぐる腕を動かしてみたが別に痛むところもない。
「1本で足りたか?」
「そのようだ。……ところで、ユニのやつは顔を見せてるかい?」
 ふと思い出したことをオヤジさんに尋ねてみた。
 ユニには俺がいない間に、ランク7の依頼をこなしておくよう言っておいたが。
「ああ、毎日じゃないが1日おきに3回来たな。公園の掃除とか家事手伝いとかだが、冒険者らしくない丁寧な仕事と物腰で依頼人からの評判も上々だ」
「そうか、なら良かった。まぁ家事一般はあいつの得意分野だしな。その方面で難癖付けられることはあるまいよ。ところで今日は顔を見せたか?」
「いや、今日は来てないな。昨日依頼をこなしたから、たぶん明日に来ると思う。何か伝言か?」
「ん、屋敷にいるか知りたかっただけだ。これから着替えに戻るんでね。短剣でやられて服がボロボロなんだよ」
「はっは、そいつは災難だったな」
 オヤジさんはそう言って笑うと、カウンターに身を乗り出した。
「屋敷に戻るならユニちゃんに伝言を頼もうか。明日はちっと早めに顔を出してくれ、ってな」
「大仕事でもあるのか?」
「ああ。街中で貸家を斡旋してる商人からな、借主が死んじまった家の片づけを依頼されたんだが……どうも話を聞くに相当のゴミ屋敷らしい。
 隣近所からの苦情で1日も早く処理したいそうだ」
「なるほど。そういう事ならユニに言っておこう」
 オヤジさんに頷いて見せると、石巨人亭を後にした。

 その足で自分の屋敷にと戻る。
 門扉を開けて前庭を通り、玄関を開けるとユニが駆けつけてきた。
「お帰りなさいませディーゴ様」
「おう。今戻った。さっそくで悪いが急ぎで風呂の用意を頼む。夕飯前にはまた依頼先に戻らにゃならん」
「かしこまりました。……あのディーゴ様、その服は?」
 外套を脱いでユニに渡したところで、ユニが俺の服の破れに気付いた。
「依頼先でちょっとやりあってな。暇なときにでも繕っといてくれ」
「はい。でも、服に血がにじんでいるようですけど?」
「大した傷じゃねーしもう治してきた。部屋にいるから用意ができたら呼んでくれ」
「かしこまりました。すぐにお風呂と着替えの用意をします。お風呂上りに何か軽いものでも用意しますか?」
「いや、それはいい。風呂と着替えだけ頼む」
 自室で椅子に座ってまったりぼーっとしていると、ユニが風呂の用意ができたと呼びに来たので浴びに行く。
 まぁ風呂自体は微笑む雪娘でも入れるのだが、一番最後の仕舞湯にそそくさと入る程度なのでぬるい上に湯もきれいじゃないし、あまりのんびりも入っていられないのがね。
 それに元用心棒との戦いで、毛皮にちょこちょこ血がついてるし。
 体を洗って毛皮の血を流したうえで、適温の一番風呂に足を延ばしてどっぷりと浸かる。寒いこの時期の風呂はまさにご馳走だぁね。
 それなりに長湯をして体の芯まで温まったら、風呂上りに牛乳をジョッキで一杯。
 さて、夜のお仕事頑張るべぇと気分を切り替えたところで、ユニを見つけて呼び寄せ、石巨人亭のオヤジさんの伝言を伝えた。
「分かりました。明日は早めに石巨人亭に向かうことにします」
「うん、大変だろうがよろしく頼む。じゃあ俺は依頼先に戻るわ」
「行ってらしゃいませ、お気をつけて」
 ユニのほか、出てきた3人の使用人の見送りを受けて屋敷を後にし、微笑む雪娘に戻った。

-2-
「今戻ったぞ」
 微笑む雪娘の裏口から入り、婆さんの仕事部屋の中に声をかける。
「お帰り。早かったねぇ。夕食はもうちょっと後だよ」
 中では椅子に座ったまま、婆さんが首だけ向けて返してきた。
「まぁそれは別に構わんが、特に揉め事はなかったか?」
「ないね。まぁ今の時間はまだ暇なもんさ」
「了解。じゃあいつもの場所に詰めとくわ」
「はいよ。しっかりおやり」
 そんなやり取りをして、待合室の定位置についた。

 ……が、その後は特に大きな揉め事もなく数日が過ぎた。
 他の店で追加料金を払う段になってゴネた客が2人ほど出て呼ばれたが、呼ばれた先でゴネる客の前に姿を見せたら態度が急変して即座に話がついてしまった。
「そりゃあ、前の用心棒を叩きのめした不死身の虎の化け物がお出ましとくりゃ、馬鹿な考えも改めるさね」
 ある日の飯時に婆さんが上機嫌で解説してくれたが、そんな噂になってんのか。
「つーか不死身ってなんだよ。俺だって怪我すりゃ痛いし刺されりゃ死ぬぞ。そりゃ並の人間よりは丈夫にできてるけどさ」
 変な噂に独り歩きされては困るので反論するが、婆さんはそれを笑って受け流す。
「噂なんてのは大げさに広まるもんだよ。おまえさん、腕を刺された時もその後の手当の時も痛がる風でもなく平気な顔してたろ?」
「……ああ、そりゃまぁアレくらいの傷で用心棒が大げさに痛ぇ痛ぇと騒ぐわけにもいかんからな。それでもひたすら我慢していたんだぜ?」
「そんなこと傍から見てる人間にはわかりゃしないよ。まぁしばらくの間は「不死身」呼ばわりされるのは覚悟することだね。
 でもさすがに「銀の武器でないと倒せない」なんて馬鹿な噂は否定しといてやるから安心おし。そこまでいったら完全に魔物扱いだからね」
 ひょっひょっひょっと不気味に笑う婆さんを見て、内心大きくため息をついた。
 ……この依頼が終わったら、しばらくはこの界隈には近づかんとこう。不死身の虎なんて二つ名、恥ずかしすぎて身悶えがするわ。

 その後も徒花小路は平和な日が続き、依頼の期間が終わる日がやってきた。
 泊りの客を見送ると、持ってきていた着替えその他の荷物を持って婆さんの仕事部屋に顔を出す。
「ああ来たかい。まぁそこにお座りよ」
 婆さんに促され、机をはさんだ対面に腰を下ろした。
「今日までご苦労だったね。依頼達成を書くから冒険者手帳をお出し」
「あいよ」
 俺が差し出した冒険者手帳に、婆さんがさらさらと書き込む。
 そして横の金庫というか銭箱?から金貨を4枚取り出して、冒険者手帳と一緒に返してきた。
「これが報酬だ。10日間の日当に加えて、揉め事で出張ったときの追加手当も含めてある。おまえさん、いい仕事してくれたんで少し色を付けといたよ」
「そいつはどうも」
 追加手当の内訳が分からんが、出張った内容に比べて金貨2枚は確かに少し多いような気がしないでもない。
 まぁ婆さんの厚意なので、くれるというものはありがたく受け取っておこう。
 併せて冒険者手帳に書かれた中身をちらと見たが、そこにも「大いなる感謝を込めて」の文字が書かれていた。
「エル坊やが連れてきたときはなんでこんなのをと思ったけど、なかなか見かけによらないもんだねぇ。正直に言うと、ここまで真面目にやってくれるとは思ってなかったよ」
「エルトールっつーかあそこの診療所は、冒険者の俺にとっても上得意だからな。さすがにあいつの顔に泥を塗るわけにもいかんよ」
「それが分かっていない馬鹿者が結構多くてね」
 婆さんがそう言って小さくため息をつく。だが機嫌は悪くなさそうだ。
「ま、でもおかげでこの界隈もしばらくは平和になるだろうよ。『不死身の虎』の噂が健在なうちはね」
 そう言われたのを苦笑いで返す。俺としては一刻も早く忘れ去られて欲しいんだがな。
「また何かあったら指名させてもらうよ。繋ぎは今回と同じようにエル坊やを通してでいいかい?」
「ああ、それで頼むわ。直接石巨人亭に話を持っていかれると、話が漏れたときにいらん僻みを生みそうだしな」
「そうだね。じゃ、気を付けてお帰り」
「あいよ。じゃ、失礼させていただくわ」
 そう言って婆さんに頭を下げ、席を立つ。
 裏口から外に出ると、10日間世話になった店を一度だけ振り返る。
 なかなか楽しい依頼だったし、払いも良かった。話が来るなら、また受けたいと思う依頼でもあった。
 しかし



 エルトールと婆さんから釘は刺されていたが、結局、おねえちゃんたちから誘いの一つもなかったな……。

 男として、オスとしての魅力に微妙に自信をなくしながら、今回の依頼の結果を報告しに、石巨人亭へと足を向けた。
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