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第6章
第12話 ディーセン街中行脚1
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―――前回のあらすじ―――
蜥蜴人たちを無事に森の迷宮に案内し、見せるものも見せて一行と別れを告げたディーゴ。
ようやくディーセンに戻ってきたが、今度は今度で用事を済ますためディーセンの街中を歩き回ることになる。
―――――――――――――
-1-
屋敷に戻って、連れ帰った虎と一緒に風呂飯寝るのコンボを決めた翌朝、身支度を整えるとさっそく領主の所に向かった。
なお、久しぶりに食べたユニの飯は、当人が張り切ったのもあってとても美味かった。
なんつーか、野菜が美味い季節になったよね。
台所を手伝った二人も、いい仕事をしているようだ。
ちなみに虎の名前だが、湯に浸かりながらつらつらと考えて『ヴァルツ』ということにした。
ドイツ語の黒を意味するシュヴァルツからとったのだが、安直な割に当虎はまんざらでもないようだ。
たださすがにヴァルツを領主の所へは連れていけないので、じっくり言い聞かせて屋敷に残ってもらった。
「こんちは」
領主の館の門についたので、控えている門番に挨拶する。
「ディーゴ様。お久しぶりです。今日は何か?」
「うん、長旅から帰ってきたんでその報告にね。今日は領主様はいるかな?」
「はい。本日はご在宅ですが、会えるかはわかりませんよ?」
「それなら言付けだけ頼んで帰るよ」
「そうですか、では中へどうぞ」
門番に促されて中に入る。玄関の所でドアノッカーを鳴らして待っていると、中から使用人の男女が姿を見せた。
「いらっしゃいませディーゴ様。本日はどのような御用でしょうか?」
「旅から帰ってきたんで、その報告にね。約束はないんだが会えるかな?」
「左様でしたか」
使用人の男性は頷くと、一緒に来た女性に小声でなにか命じた。多分領主に確認に行ったのだろう。
「ではディーゴ様、応接室でお待ちください」
使用人に案内されて、応接室につく。そこで少し待っていると、奥の扉が開いて領主が姿を見せた。
「おおディーゴ、帰ってきたか。まぁ座れ」
「はい。失礼します」
促されてふかふかのソファに腰を下ろす。領主も対面のソファに腰を下ろすと、さっそく尋ねてきた。
「話は手紙で読んだが、蜥蜴人たちと旅をしてきたそうだな?」
「はい。元は南の方に住んでいたそうですが、赤大鬼に襲われた後、隣の氏族との縄張り争いに敗れて流れてきたそうです。40人ほどの集団でした」
「ふむ、40か。決して小さい群れではないな。して、蜥蜴人たちをどこまで案内したのだ?」
「ここから北へ歩いて3~40日の所に、私が昔探索した迷宮がありまして、そこに案内してきました。当人たちも気に入ったようなので、そこを拠点にするようです」
「そうか。そこまで離れるとうちには何の影響もないな」
領主は安堵したように息をついた。
「まぁ当人たちは人間と争うつもりもなく、当分は群れの数の回復に努めるそうですから、何の問題もないかと」
「ふむ、そうか。しかしお前、蜥蜴人の言葉が話せたのか?」
「いえ、群れを率いる者が魔法使いで、念話ができましたのでそれで意思疎通してました。見た目はなんですけど義理堅くて気のいい連中でしたよ」
「なるほど。友好的な関係を築いたようだな。3~40日離れた迷宮となると隣国の管轄だが、その様子なら別に手を打たなくとも問題はないな」
「はい。蜥蜴人たちも迷宮の外に出るつもりはないようですし、人目を避けてずっと森の中を進んでいたので隣国の誰かに知られているようなことはないかと」
「わかった。ではこの話は終わりだ」
領主はぽんと手を打つと、こちらに向けて身を乗り出した。
「話は変わるが、お前が提案した水飴な、最近あの製法と材料を巡って結構な数の間者がこの街に入り込んできている。今のところは身元調査と情報統制と欺瞞工作でなんとかしているが、そろそろまた増産をかけたい」
「他所の街でも人気みたいですからね」
「うむ。して、増産に当たってまた人を雇うことになるのだが、おそらく雇う者の中に間者が紛れ込むのは避けられそうにない。お前の知恵で何かいい対抗手段はないか?」
「ふむ……間者対策ですか」
呟いて少し考え込む。
「間者を排除する方法は思いつきませんが、秘密を守る手段なら心当たりがあります」
「聞こうか」
「今は一人一人が、1から10まで全部の工程を知ってるわけですよね?例えるなら、芋の皮むきから煮詰める工程まで」
「ああ。事前に教育もして、なぜこうするかを教えないと安定して生産できないからな」
「ええ。ですが、それを細分化して、新しく雇う人間には一部の工程しか任せないようにしたらどうでしょう?ある人間には芋の皮むきだけを任せ、別の人間は芋をすり下ろすだけ。糖液をひたすら煮詰めるだけの人間、そんな風にしてしまえば、間者が入ってきてもその工程しか分からないことになります。無論、作業全体を見て総括・管理する人間は必要でしょうが、そう言った人間は身元のしっかりした信用のおける人を当てたらいいと思います」
「……なるほど、一人一人が独立して作るのではなく、何人かで作業を分担しつつ協力して水飴を作るのだな?」
「そうです。ちょっと人は多めに雇うことになると思いますが、この方式なら難しい教育も必要ないと思いますよ」
ぶっちゃけて言えば、工場のライン方式なんだけどね。単品種(少品種)大量生産なら、この方式はかなり強みを発揮するはずだ。
まぁ水飴の作り方に流用できるかはちと考える必要があるが。
逆の多品種少量生産や、細かな生産調整が必要な品だと、この方式は向かなくなるんだけどね。
「なるほど。そういう方法か。……ふむ、雇った人間にすべてを教えないというのは確かに間者対策には有効だな。重要な工程も信用のおけるものに限定させれば、さらに秘密は守られるわけだ」
「そういうことです」
「わかった。その方法を検討してみよう。ところで、しばらくはこの街にいるのであろうな?」
「ええ。当分は長旅は遠慮したいです。しばらくは街の中で大人しくしてますよ」
「うむ、何かあったら使いを出す。その時はまた知恵を貸せ」
「わかりました」
こうして、領主への報告は終わった。
-2-
続いて向かったのは石巨人亭。
久しぶりの扉を開けて、カウンターの奥にいるオヤジさんに手を挙げて挨拶すると、そのままカウンターに腰を下ろした。
「よぉ、長旅ご苦労さん。手紙で読んだが2人を送り届けた帰りにトラブルに遭ったって?」
「まぁトラブルとは書いたが、実際は俺のお人よしが炸裂した結果だな。つーわけでミルクをジョッキで。あと蜂蜜酒」
蜂蜜酒と聞いて飲んべ精霊のイツキが満面笑顔で姿を現し、隣に腰掛ける。
「なんだ、いつもの焼酒じゃないのか」
「この後もあちこち回って人と会うんだ。酒の匂いはさせていられんよ」
「そうか。ほらよ、ミルクと蜂蜜酒」
「ども」
「ありがと。ああ、このお酒も久しぶり」
そう言ってイツキはうっとりと蜂蜜酒の香りをかぐと、いきなり一息でコップを空けやがった。気持ちはわかるがもうちょっと味わって飲め。
「おかわり。というか瓶ごとちょーだい」
「……今はそれ一本だけだぞ」
まだあちこちを回るのに、長居をされては困るのでイツキに釘をさす。
「はーい」
「で、帰りに何があった?」
イツキに蜂蜜酒の瓶をわたしながら、オヤジさんが訊ねてきた。
「蜥蜴人の群れと出くわした。そのまま接触せずに通り過ぎるつもりだったが、蜥蜴人の子供が豚鬼の食糧にされそうになっててな、それを助けて群れに送り届けて、事情を聞いたら放っておけなくなった」
「全くお前さんは……」
オヤジさんが軽くため息をつく。
「で?どんな事情だったんだ?というか蜥蜴人の言葉、話せたのか?」
「群れを率いる蜥蜴人が魔法使いで念話が使えた。それで事情を聴いたんだが、住んでた集落を赤大鬼に襲われたうえに、隣の氏族に攻め込まれて、集落を捨てて流浪の旅の最中だったそうだ」
「そりゃまた運がないというかお気の毒というか……、それで、放っておけなかったわけか」
「まぁそれもあるんだが、その時の蜥蜴人の群れはちょっと殺気立っててな、そんなのに人里近くをうろうろされたらお互いよろしくないだろ?幸い蜥蜴人が腰を落ち着けられそうな、人里離れた場所に心当たりはあるし、で、そこまで案内することになった」
「ちなみにその場所はどこなんだ?」
「ここから歩いて1ヶ月以上北の、森の迷宮だよ。昔、俺が踏破して、無限袋を拾ったところ」
「ああなるほど。で、その蜥蜴人たちはそこに住むことになったわけか」
「そう。でも当分は迷宮の外には出てこないと思うぜ。当人たちに人間と争うつもりはないし、しばらくは拠点作りと群れの数の回復に務めるそうだから」
「そうか。なら俺がどうこう言う話ではないな」
オヤジさんはそう言って一人頷いた。
「ところで、旅の途中で連れができてついてきたんだが、冒険者手帳に書き足したほうがいいのか?」
「ほぅ、なにがついてきた?」
「前にちょこっと話した漆黒の虎なんだけど、覚えてるかな?」
「………………ああ、そういえば前にそんなこと言ってたな。その時の虎なのか?」
オヤジさんはしばらく考えて思い出したようだ。
「たぶん。会ったときに向こうは俺を知ってる風だった」
「そうか、珍しいこともあるもんだな。獣操者の従魔とか……お前さんなら使い魔か、にするなら書いといたほうがいいな」
「使い魔ってあれだろ?魔法使いが連れてる猫とか梟とかの小動物だろ?虎でもいいのか?」
「普通は無理だ。そもそも使い魔ってのは、そこらにいるのを捕まえてきて魔法で強引に主従契約を結ぶからな。当然相手も抵抗する。だから大抵の使い魔は弱い小動物なんだ」
「ふむふむ」
「だが、お互いの間であらかじめ信頼関係が築けているなら話は変わってくる。相手がすんなり契約の魔法を受け入れるならば、竜だって使い魔にできる」
「マジか。というかそんなのいるのか?」
「昔いたらしいぞ。1級冒険者で竜を使い魔にした魔法使いが。そこまでくるともはや伝説の域だな」
「はー、凄ぇもんだな。ところでその使い魔にする契約魔法ってのはどこで覚えられるんだ?」
「魔術師ギルドに属する魔法使いなら大抵知ってるが……そうかお前さんは我流の精霊使いだったな。それなら魔術師ギルドにいくばくかの金を払えばやってくれるさ。無論、当人に魔法の才能があるのが大前提だが……お前さんなら問題ないか」
「じゃあ、暇見て魔術師ギルドに行ってみよう」
「ところで、その肝心の虎は?」
「今日はあちこち回るから屋敷に置いてきた。あとで連れてきて紹介するよ」
「そうか、漆黒虎を間近で見るのは初めてだからな、楽しみにしとるよ」
「じゃあ今日の所はこれで帰るわ。イツキ、いくぞ……って、静かだと思ったらもう一本空けたのか!?」
「ふふーん、だって久しぶりなんだもの」
「……仕方ねぇ。今回ばかりは文句も言えんか。オヤジさん、蜂蜜酒あと2本と焼酒1本。持ち帰りで」
「あいよ。まいどあり」
代金を支払い、受け取った蜂蜜酒と焼酒を無限袋に放り込むと、イツキを回収して石巨人亭を後にした。
さて次は……トバイ氏の所かな。
蜥蜴人たちを無事に森の迷宮に案内し、見せるものも見せて一行と別れを告げたディーゴ。
ようやくディーセンに戻ってきたが、今度は今度で用事を済ますためディーセンの街中を歩き回ることになる。
―――――――――――――
-1-
屋敷に戻って、連れ帰った虎と一緒に風呂飯寝るのコンボを決めた翌朝、身支度を整えるとさっそく領主の所に向かった。
なお、久しぶりに食べたユニの飯は、当人が張り切ったのもあってとても美味かった。
なんつーか、野菜が美味い季節になったよね。
台所を手伝った二人も、いい仕事をしているようだ。
ちなみに虎の名前だが、湯に浸かりながらつらつらと考えて『ヴァルツ』ということにした。
ドイツ語の黒を意味するシュヴァルツからとったのだが、安直な割に当虎はまんざらでもないようだ。
たださすがにヴァルツを領主の所へは連れていけないので、じっくり言い聞かせて屋敷に残ってもらった。
「こんちは」
領主の館の門についたので、控えている門番に挨拶する。
「ディーゴ様。お久しぶりです。今日は何か?」
「うん、長旅から帰ってきたんでその報告にね。今日は領主様はいるかな?」
「はい。本日はご在宅ですが、会えるかはわかりませんよ?」
「それなら言付けだけ頼んで帰るよ」
「そうですか、では中へどうぞ」
門番に促されて中に入る。玄関の所でドアノッカーを鳴らして待っていると、中から使用人の男女が姿を見せた。
「いらっしゃいませディーゴ様。本日はどのような御用でしょうか?」
「旅から帰ってきたんで、その報告にね。約束はないんだが会えるかな?」
「左様でしたか」
使用人の男性は頷くと、一緒に来た女性に小声でなにか命じた。多分領主に確認に行ったのだろう。
「ではディーゴ様、応接室でお待ちください」
使用人に案内されて、応接室につく。そこで少し待っていると、奥の扉が開いて領主が姿を見せた。
「おおディーゴ、帰ってきたか。まぁ座れ」
「はい。失礼します」
促されてふかふかのソファに腰を下ろす。領主も対面のソファに腰を下ろすと、さっそく尋ねてきた。
「話は手紙で読んだが、蜥蜴人たちと旅をしてきたそうだな?」
「はい。元は南の方に住んでいたそうですが、赤大鬼に襲われた後、隣の氏族との縄張り争いに敗れて流れてきたそうです。40人ほどの集団でした」
「ふむ、40か。決して小さい群れではないな。して、蜥蜴人たちをどこまで案内したのだ?」
「ここから北へ歩いて3~40日の所に、私が昔探索した迷宮がありまして、そこに案内してきました。当人たちも気に入ったようなので、そこを拠点にするようです」
「そうか。そこまで離れるとうちには何の影響もないな」
領主は安堵したように息をついた。
「まぁ当人たちは人間と争うつもりもなく、当分は群れの数の回復に努めるそうですから、何の問題もないかと」
「ふむ、そうか。しかしお前、蜥蜴人の言葉が話せたのか?」
「いえ、群れを率いる者が魔法使いで、念話ができましたのでそれで意思疎通してました。見た目はなんですけど義理堅くて気のいい連中でしたよ」
「なるほど。友好的な関係を築いたようだな。3~40日離れた迷宮となると隣国の管轄だが、その様子なら別に手を打たなくとも問題はないな」
「はい。蜥蜴人たちも迷宮の外に出るつもりはないようですし、人目を避けてずっと森の中を進んでいたので隣国の誰かに知られているようなことはないかと」
「わかった。ではこの話は終わりだ」
領主はぽんと手を打つと、こちらに向けて身を乗り出した。
「話は変わるが、お前が提案した水飴な、最近あの製法と材料を巡って結構な数の間者がこの街に入り込んできている。今のところは身元調査と情報統制と欺瞞工作でなんとかしているが、そろそろまた増産をかけたい」
「他所の街でも人気みたいですからね」
「うむ。して、増産に当たってまた人を雇うことになるのだが、おそらく雇う者の中に間者が紛れ込むのは避けられそうにない。お前の知恵で何かいい対抗手段はないか?」
「ふむ……間者対策ですか」
呟いて少し考え込む。
「間者を排除する方法は思いつきませんが、秘密を守る手段なら心当たりがあります」
「聞こうか」
「今は一人一人が、1から10まで全部の工程を知ってるわけですよね?例えるなら、芋の皮むきから煮詰める工程まで」
「ああ。事前に教育もして、なぜこうするかを教えないと安定して生産できないからな」
「ええ。ですが、それを細分化して、新しく雇う人間には一部の工程しか任せないようにしたらどうでしょう?ある人間には芋の皮むきだけを任せ、別の人間は芋をすり下ろすだけ。糖液をひたすら煮詰めるだけの人間、そんな風にしてしまえば、間者が入ってきてもその工程しか分からないことになります。無論、作業全体を見て総括・管理する人間は必要でしょうが、そう言った人間は身元のしっかりした信用のおける人を当てたらいいと思います」
「……なるほど、一人一人が独立して作るのではなく、何人かで作業を分担しつつ協力して水飴を作るのだな?」
「そうです。ちょっと人は多めに雇うことになると思いますが、この方式なら難しい教育も必要ないと思いますよ」
ぶっちゃけて言えば、工場のライン方式なんだけどね。単品種(少品種)大量生産なら、この方式はかなり強みを発揮するはずだ。
まぁ水飴の作り方に流用できるかはちと考える必要があるが。
逆の多品種少量生産や、細かな生産調整が必要な品だと、この方式は向かなくなるんだけどね。
「なるほど。そういう方法か。……ふむ、雇った人間にすべてを教えないというのは確かに間者対策には有効だな。重要な工程も信用のおけるものに限定させれば、さらに秘密は守られるわけだ」
「そういうことです」
「わかった。その方法を検討してみよう。ところで、しばらくはこの街にいるのであろうな?」
「ええ。当分は長旅は遠慮したいです。しばらくは街の中で大人しくしてますよ」
「うむ、何かあったら使いを出す。その時はまた知恵を貸せ」
「わかりました」
こうして、領主への報告は終わった。
-2-
続いて向かったのは石巨人亭。
久しぶりの扉を開けて、カウンターの奥にいるオヤジさんに手を挙げて挨拶すると、そのままカウンターに腰を下ろした。
「よぉ、長旅ご苦労さん。手紙で読んだが2人を送り届けた帰りにトラブルに遭ったって?」
「まぁトラブルとは書いたが、実際は俺のお人よしが炸裂した結果だな。つーわけでミルクをジョッキで。あと蜂蜜酒」
蜂蜜酒と聞いて飲んべ精霊のイツキが満面笑顔で姿を現し、隣に腰掛ける。
「なんだ、いつもの焼酒じゃないのか」
「この後もあちこち回って人と会うんだ。酒の匂いはさせていられんよ」
「そうか。ほらよ、ミルクと蜂蜜酒」
「ども」
「ありがと。ああ、このお酒も久しぶり」
そう言ってイツキはうっとりと蜂蜜酒の香りをかぐと、いきなり一息でコップを空けやがった。気持ちはわかるがもうちょっと味わって飲め。
「おかわり。というか瓶ごとちょーだい」
「……今はそれ一本だけだぞ」
まだあちこちを回るのに、長居をされては困るのでイツキに釘をさす。
「はーい」
「で、帰りに何があった?」
イツキに蜂蜜酒の瓶をわたしながら、オヤジさんが訊ねてきた。
「蜥蜴人の群れと出くわした。そのまま接触せずに通り過ぎるつもりだったが、蜥蜴人の子供が豚鬼の食糧にされそうになっててな、それを助けて群れに送り届けて、事情を聞いたら放っておけなくなった」
「全くお前さんは……」
オヤジさんが軽くため息をつく。
「で?どんな事情だったんだ?というか蜥蜴人の言葉、話せたのか?」
「群れを率いる蜥蜴人が魔法使いで念話が使えた。それで事情を聴いたんだが、住んでた集落を赤大鬼に襲われたうえに、隣の氏族に攻め込まれて、集落を捨てて流浪の旅の最中だったそうだ」
「そりゃまた運がないというかお気の毒というか……、それで、放っておけなかったわけか」
「まぁそれもあるんだが、その時の蜥蜴人の群れはちょっと殺気立っててな、そんなのに人里近くをうろうろされたらお互いよろしくないだろ?幸い蜥蜴人が腰を落ち着けられそうな、人里離れた場所に心当たりはあるし、で、そこまで案内することになった」
「ちなみにその場所はどこなんだ?」
「ここから歩いて1ヶ月以上北の、森の迷宮だよ。昔、俺が踏破して、無限袋を拾ったところ」
「ああなるほど。で、その蜥蜴人たちはそこに住むことになったわけか」
「そう。でも当分は迷宮の外には出てこないと思うぜ。当人たちに人間と争うつもりはないし、しばらくは拠点作りと群れの数の回復に務めるそうだから」
「そうか。なら俺がどうこう言う話ではないな」
オヤジさんはそう言って一人頷いた。
「ところで、旅の途中で連れができてついてきたんだが、冒険者手帳に書き足したほうがいいのか?」
「ほぅ、なにがついてきた?」
「前にちょこっと話した漆黒の虎なんだけど、覚えてるかな?」
「………………ああ、そういえば前にそんなこと言ってたな。その時の虎なのか?」
オヤジさんはしばらく考えて思い出したようだ。
「たぶん。会ったときに向こうは俺を知ってる風だった」
「そうか、珍しいこともあるもんだな。獣操者の従魔とか……お前さんなら使い魔か、にするなら書いといたほうがいいな」
「使い魔ってあれだろ?魔法使いが連れてる猫とか梟とかの小動物だろ?虎でもいいのか?」
「普通は無理だ。そもそも使い魔ってのは、そこらにいるのを捕まえてきて魔法で強引に主従契約を結ぶからな。当然相手も抵抗する。だから大抵の使い魔は弱い小動物なんだ」
「ふむふむ」
「だが、お互いの間であらかじめ信頼関係が築けているなら話は変わってくる。相手がすんなり契約の魔法を受け入れるならば、竜だって使い魔にできる」
「マジか。というかそんなのいるのか?」
「昔いたらしいぞ。1級冒険者で竜を使い魔にした魔法使いが。そこまでくるともはや伝説の域だな」
「はー、凄ぇもんだな。ところでその使い魔にする契約魔法ってのはどこで覚えられるんだ?」
「魔術師ギルドに属する魔法使いなら大抵知ってるが……そうかお前さんは我流の精霊使いだったな。それなら魔術師ギルドにいくばくかの金を払えばやってくれるさ。無論、当人に魔法の才能があるのが大前提だが……お前さんなら問題ないか」
「じゃあ、暇見て魔術師ギルドに行ってみよう」
「ところで、その肝心の虎は?」
「今日はあちこち回るから屋敷に置いてきた。あとで連れてきて紹介するよ」
「そうか、漆黒虎を間近で見るのは初めてだからな、楽しみにしとるよ」
「じゃあ今日の所はこれで帰るわ。イツキ、いくぞ……って、静かだと思ったらもう一本空けたのか!?」
「ふふーん、だって久しぶりなんだもの」
「……仕方ねぇ。今回ばかりは文句も言えんか。オヤジさん、蜂蜜酒あと2本と焼酒1本。持ち帰りで」
「あいよ。まいどあり」
代金を支払い、受け取った蜂蜜酒と焼酒を無限袋に放り込むと、イツキを回収して石巨人亭を後にした。
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