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第5章
第5話 ある休日2
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-1-
俺の夏物の服を注文し終えた後は、ユニを連れて夏用のメイド服を買いに行く。
行くのは以前にユニのメイド服を作ってもらった店だ。
表通りに面した、ちょいと高級そうなメイド服専門店の扉をくぐる。
メイドというのは大抵が貴族や金持ちの使用人なので、店の構えもそれ相応に小洒落ている。
ちょっとしたセレブ空間?ってやつか。
「おや、ディーゴ様とユニ様、いらっしゃいませ」
店内に入った俺たちを見つけて、店員が話しかけてくる。
「こんちわ。また世話になりたいんだが、工房の方は大丈夫かい?」
「お仕立てでございますか?」
「ああ。夏物の服を2着頼みたい」
ユニを見ながら説明する。
「かしこまりました。今でしたら工房の方も少し余裕がございます」
「そっか。じゃあユニ、後はよろしく。気になる小物があったら買っていいぞ」
そう言ってユニに丸投げする俺。メイド服のことは良く解らんからな、着る者と専門家に任すしかない。
さて前回は2時間ほどかかったが……今回はどのくらいで済むかね。
そう思いながら店の中をぼーっと眺めていると、すすすと店員が寄ってきた。
「ディーゴ様、女性の買い物は時間がかかるのが相場です。よろしければお飲み物などいかがでしょうか?」
おや、前回はそんなサービスはなかったと思うが……お得意様認定でもされたか?
「そいつはありがたい。一つ頂こうか」
頷いて店員の後をついていくと、店の一角にあるテーブルに案内された。
さてこの世界ではお茶やコーヒーというものはまだ広まってない。
大麦を煮だした麦茶や野草茶はあるものの、これらは一般家庭における家族用の飲み物で客に出すという習慣はない。
大抵は白湯か水で薄めた葡萄酒なんかが出てくるのだが……。
「先日、西方より買い付けましたベニチャという飲み物でございます。お好みで水飴を加えてお飲みください」
おおう、ここで紅茶が出てきたか。砂糖の代わりに水飴なのはまぁ仕方あるまい。
気温も上がってきたこの時期、井戸か何かで冷やしてあるのはありがたいが……惜しむらくは銀製のコップに入っていることか。
まずはそのままで一口含む。……茶葉が多すぎるのか煮出し時間が長すぎるのか、香りはいいが渋みが強い。
水飴を少し入れて、かき混ぜて飲んだらいくらかマシになった。
「これを淹れたのは店員さんかい?」
「はい。左様ですが」
「茶葉が多すぎか、煮出し時間が長いか、少し渋みが強すぎる。茶葉は1人前につきこのスプーン軽く一杯程度が適正量だ。だが、懐かしいものを飲ませてもらった。礼を言うよ」
「ありがとうございます。……あの、ディーゴ様はベニチャをご存じで?」
「ああ。故郷では割と一般的な飲み物だった」
「左様でしたか。あの、店主を呼んできても構いませんか?ベニチャについて詳しく教えていただきたいのですが」
「ああ、構わんよ」
俺が頷くと、店員が店主らしい壮年の男性を連れてきた。
「初めましてディーゴ様。当店の主でありますリカルドと申します。なんでもディーゴ様はこのベニチャについて造詣が深いとか」
「造詣が深いってわけじゃないが、俺の故郷じゃ一般的な飲み物だったんでね。幾つか教えられることがあると思う」
「そうでしたか。お手数ですが是非、ご教授をお願いいたします」
店主がそう言って頭を下げたので、俺は紅茶について知ってることを教えてやることにした。
茶葉の量は1人前につきスプーン1杯程度とすること。
器は銀製のコップではなく、白くて口の広がったものや透明なガラスのコップを使うと色と香りを同時に楽しめること。
水は汲み置きではなく汲み立てを使い、ぐらぐらに沸騰させる事。また、鉄製のポットは避けること。
お湯を注いだら2~3分蒸らし、注ぐ前にスプーンでひと混ぜすること。
複数のカップに注ぐときは色が均等になるように、順番に回しながら注ぐこと。
最後の一滴まで無駄にせず注ぎきること。
まぁ細かいところで漏れはあるかもしれんが、こんなところを教えてやると、店主はメモを取りながら頷いた。
ついでだからと、レモンティーとミルクティーの存在と作り方も教えてやったらえらく感謝された。
まぁ正確にはレモンティーとミルクティーでは茶葉を変えたほうがいいんだろうが……そこまで望むのは酷だろう。
店主が何かお礼をというので、ベニチャを仕入れた商会を教えてもらうことにした。
ティサネー(麦茶)も悪くないが、たまにはミルクティーも飲みたいのよ。
そんな感じで話しているといつの間にか時間が過ぎ、注文を終えたユニが戻ってきた。
「お待たせしました」
「おう、注文は終わったか」
「はい」
ついてきた店員に手付の半金貨1枚を渡す。
「じゃあリカルドさん、俺たちはこれで」
「はい。この度は有意義なお話をありがとうございました」
「なに、こっちもいいことを教えてもらった。さっそく買って帰るよ」
「そうですか。では、またのご来店をお待ちしております」
店主と店員の丁寧な見送りを受けて、店を後にした。
-2-
「さて、と。そろそろ昼飯の時間だな」
「長々とすみません」
太陽の位置を見ながら呟くと、何を勘違いしたのかユニが頭を下げてきた。
「いや別にそれは構わんのだが、なんか昼飯にリクエストはあるか?なんでもいいぞ」
「……でしたら、最近できたっていうお菓子の店なんですけど、構いませんか?」
「おお、構わんぞ」
甘いものは嫌いじゃない。というか、割と好きな方だ。
水飴が広まり始めて、どんな菓子が売られるようになったかも興味あるしな。
ユニに先導されて少し歩くと、可愛らしい外装の店に案内された。
……うむ、これは俺一人じゃまず入らん類の店だな。男一匹で入るにはちと敷居が高すぎる。
カランコン、という軽い音色とともに扉を開けると、やっぱり中は可愛らしい空間が広がっていた。
「あの、ディーゴ様、こういう店ですけど大丈夫ですか?」
「問題ない。気にするな」
フリルをふんだんにあしらった、可愛い制服の給仕に案内されて席につく。
手渡されたメニューを見ると、菓子系以外に軽食もやってるようだ。が、まぁここはユニに合わせて菓子を頼むのがいいだろう。
飲み物の方は、季節の果物のジュースや甘い果実酒がメインらしい。
ふむ、カスタードクリームはあるがホイップクリームはまだないみたいだな。当然ながらチョコレートもなし、と。
当然パフェもなし。あるのは焼き菓子系がメインか。
というわけで、俺はいちじくのタルトとヤマモモのジュースを、ユニはワッフルの盛り合わせとプラムのジュースを頼んだ。
いずれもなかなかの値段で、合わせると銀貨が数枚飛んでくが……まぁこんなもんだろう。
しばらくして運ばれてきたものに舌鼓を打つ。のだが、個人的にはちと甘すぎる気がした。
もうちょっとこう、果物の自然な甘さを前面に押し出してもいいような気がするのだが……。
「いかがですか?ディーゴ様」
「悪くはないが、俺としてはもうちょっと甘みを抑えてもらった方が食べやすいかな」
「水飴が出回り始めたとはいえ、まだ甘味は貴重ですからね。このくらい甘くした方が人気が出るのかもしれません」
あー、そういうわけか。貴重ゆえに多く使うほど美味しいはず、という意識が出ちゃってるのね。
幸い、ヤマモモのジュースはそれほど甘くなかったので、ジュースで口の中を洗いながらタルトは完食させていただきました。
一方、ユニはこの程度の甘さは平気なのか、涼しい顔してワッフルにクリームをたっぷりつけて食べていた。
甘い食事を終え外に出ると、ユニが訊ねてきた。
「この後のご予定はどうなっていますか?」
「んー、後は魔術師ギルドに寄って、その後紅茶を買って帰るだけだな。あまり面白くないから先戻ってても構わんぞ?」
「そうですか。差し支えなければお供しますが」
「いいのか?」
「はい。魔術師ギルドというところはまだ行ったことありませんし、紅茶を売っているところにも興味がありますので」
そういや初めて会ったときにも紅茶を出してきたな。目利きができるかもしれんし、連れて行くのも一興か。
「そうか。じゃあこっちだ。ついてきな」
そう言って魔術師ギルドへと足を向けた。
-3-
そうしてやってきた魔術師ギルド。
扉を開けてカウンターに話を通す。
「魔槍の件で来たんだが、担当者いるかな?」
「それでしたらこちらで話を伺いますが、魔槍のどういった要件でしょう?」
「魔槍を分解したら中に細かい魔法陣が書かれていたんだ。これがその写しなんだが、この解読を頼みたい」
そう言ってエルトールが書き写した紙束を出す。
「そういう要件でしたら少々お待ちください。話の分かる者を呼んでまいります」
受付のお姉ちゃんがそう言い残して奥に姿を消すと、少しして初老の爺さんが受付嬢とともに戻ってきた。
「初めまして、じゃな。ワシはレッケント。魔槍について研究しておった者じゃ」
「初めまして、冒険者のディーゴです」
「なんでも魔槍の中に書かれていた魔法陣の解読を頼みたいと聞いたが、まことか?」
「ええ。この紙束がその写しです」
「ほう、これだけの魔法陣がのう……。どこに書かれておったんじゃ?」
「筒の内側と、術晶石にですね。髪の毛ほどの微細な文字で、一見すると線にしか見えませんでしたが、拡大してみたらそれでした」
「なるほど……。あれが魔法陣じゃったか。おぬしの見解ではどう見ておる?」
「まだ確証は持てませんが、火筒のような射出系の武器ではないか、と見当をつけてます。ただ、弾丸となるものが皆目わからないのでこの魔法陣がヒントになれば、と」
「ふむ……射出系、それも火筒の系統か。その方面からの調査はしていなかったな。うむ、解読を引き受けよう」
「助かります。で、料金はどのくらいになりますか?」
「なんの、ワシらがなしえなかった研究を引き継いでくれとるんじゃ、金はとれんよ。その代わり、全貌が分かった折にはぜひワシにも教えてほしい」
「そういう事でしたら喜んで」
その後、簡単な打ち合わせをして魔術師ギルドを後にした。
さて最後は紅茶の仕入れだ。
確か若葉通りのエメリコ商会と言ってたな。
こっからだとちと遠いから、馬車に乗るか。
というわけで、流しの乗合馬車に銀貨を握らせてエメリコ商会に連れて行ってもらう。
30分ほど馬車に揺られると、エメリコ商会についた。
中々大きな店構えの店内に入ると、さっそく店員が寄ってきた。
「いらっしゃいませ。エメリコ商会にようこそ。何かお探しでしょうか?」
「こちらでベニチャを扱ってると聞いてきたんだが、在庫はあるかな?個人消費用なんで量は少なくていいんだが」
「ベニチャですね?はいございます。個人用でしたら小さな壺に入ったものがございますが」
「じゃあ、その壺を見せてもらえるかな」
「はい、少々お待ちください」
店員はそういって奥に引っ込むと、封蝋がされた手のひらに乗るほどの蓋つきの壺を持ってやってきた。
「こちらが個人様にお売りする、一番小さい壺でございます」
ふむ、一壺100……いや、この量は50gくらいか。
「これはどこで作られたものかわかるか?」
「こちらはずっと西にございます、リクウ公国で摘まれた茶葉でございます」
ふむ、わからん。
「壺の中を見せてもらってもいいかな?」
「申し訳ありません、香りが飛びますのでそれは勘弁願います。代わりに見本がございますので」
そう言って差し出された見本の茶葉の香りをかぐ。うん、確かに紅茶の香りだ。黴臭くはないな。
「ユニから見てどう思う?」
と、見本の茶葉をユニに差し出す。
ユニは茶葉をじっと観察して香りをかぎ、頷いた。
「いい茶葉だと思います」
「じゃあとりあえず一壺貰おうか」
「ありがとうございます。価格は半金貨1枚になります」
……高ぇなおい。紅茶ってこっちじゃ高級品なのか。あのメイド服の店、気張ったな。
とは思ったものの、顔には出さずに素直に代金を支払う。いや、こういう店で値切るのはいかんでしょ。
大量購入ならともかく、一番少量を1個だけじゃね。
「ところで、ちょいと聞きたいんだが、大豆を原料にした黒い液体の調味料なんて知ってるか?」
「大豆を原料にした調味料ですか?いえ、生憎と心当たりはございませんが……」
「そっか、ならいいや」
味噌と醤油はトドロ商会にも頼んでいるんだが、ここんとこナシの礫なんだよね。
もしやと思って聞いてみたが、やはりここでも駄目だったか。
その後、2~3世間話をして商会を出た。買った紅茶の質が良ければまた買いに来るかもな。
「これで、今日の用事は全部終わりだ」
「そうですか」
ユニはちょっと残念そうだ。でもこれ以上無駄にぶらぶらしてても余計に金使いそうだしな。
情けない話だけど、まだあまり家計に余裕はないのよ。
「紅茶が手に入ったら久しぶりにミルクティーが飲みたくなった。帰ったら濃いめに入れてくれるか?」
「はい。わかりました」
ユニが一転して笑顔で頷いたのを見て、たまにはこういう休日も悪くないと思った。
俺の夏物の服を注文し終えた後は、ユニを連れて夏用のメイド服を買いに行く。
行くのは以前にユニのメイド服を作ってもらった店だ。
表通りに面した、ちょいと高級そうなメイド服専門店の扉をくぐる。
メイドというのは大抵が貴族や金持ちの使用人なので、店の構えもそれ相応に小洒落ている。
ちょっとしたセレブ空間?ってやつか。
「おや、ディーゴ様とユニ様、いらっしゃいませ」
店内に入った俺たちを見つけて、店員が話しかけてくる。
「こんちわ。また世話になりたいんだが、工房の方は大丈夫かい?」
「お仕立てでございますか?」
「ああ。夏物の服を2着頼みたい」
ユニを見ながら説明する。
「かしこまりました。今でしたら工房の方も少し余裕がございます」
「そっか。じゃあユニ、後はよろしく。気になる小物があったら買っていいぞ」
そう言ってユニに丸投げする俺。メイド服のことは良く解らんからな、着る者と専門家に任すしかない。
さて前回は2時間ほどかかったが……今回はどのくらいで済むかね。
そう思いながら店の中をぼーっと眺めていると、すすすと店員が寄ってきた。
「ディーゴ様、女性の買い物は時間がかかるのが相場です。よろしければお飲み物などいかがでしょうか?」
おや、前回はそんなサービスはなかったと思うが……お得意様認定でもされたか?
「そいつはありがたい。一つ頂こうか」
頷いて店員の後をついていくと、店の一角にあるテーブルに案内された。
さてこの世界ではお茶やコーヒーというものはまだ広まってない。
大麦を煮だした麦茶や野草茶はあるものの、これらは一般家庭における家族用の飲み物で客に出すという習慣はない。
大抵は白湯か水で薄めた葡萄酒なんかが出てくるのだが……。
「先日、西方より買い付けましたベニチャという飲み物でございます。お好みで水飴を加えてお飲みください」
おおう、ここで紅茶が出てきたか。砂糖の代わりに水飴なのはまぁ仕方あるまい。
気温も上がってきたこの時期、井戸か何かで冷やしてあるのはありがたいが……惜しむらくは銀製のコップに入っていることか。
まずはそのままで一口含む。……茶葉が多すぎるのか煮出し時間が長すぎるのか、香りはいいが渋みが強い。
水飴を少し入れて、かき混ぜて飲んだらいくらかマシになった。
「これを淹れたのは店員さんかい?」
「はい。左様ですが」
「茶葉が多すぎか、煮出し時間が長いか、少し渋みが強すぎる。茶葉は1人前につきこのスプーン軽く一杯程度が適正量だ。だが、懐かしいものを飲ませてもらった。礼を言うよ」
「ありがとうございます。……あの、ディーゴ様はベニチャをご存じで?」
「ああ。故郷では割と一般的な飲み物だった」
「左様でしたか。あの、店主を呼んできても構いませんか?ベニチャについて詳しく教えていただきたいのですが」
「ああ、構わんよ」
俺が頷くと、店員が店主らしい壮年の男性を連れてきた。
「初めましてディーゴ様。当店の主でありますリカルドと申します。なんでもディーゴ様はこのベニチャについて造詣が深いとか」
「造詣が深いってわけじゃないが、俺の故郷じゃ一般的な飲み物だったんでね。幾つか教えられることがあると思う」
「そうでしたか。お手数ですが是非、ご教授をお願いいたします」
店主がそう言って頭を下げたので、俺は紅茶について知ってることを教えてやることにした。
茶葉の量は1人前につきスプーン1杯程度とすること。
器は銀製のコップではなく、白くて口の広がったものや透明なガラスのコップを使うと色と香りを同時に楽しめること。
水は汲み置きではなく汲み立てを使い、ぐらぐらに沸騰させる事。また、鉄製のポットは避けること。
お湯を注いだら2~3分蒸らし、注ぐ前にスプーンでひと混ぜすること。
複数のカップに注ぐときは色が均等になるように、順番に回しながら注ぐこと。
最後の一滴まで無駄にせず注ぎきること。
まぁ細かいところで漏れはあるかもしれんが、こんなところを教えてやると、店主はメモを取りながら頷いた。
ついでだからと、レモンティーとミルクティーの存在と作り方も教えてやったらえらく感謝された。
まぁ正確にはレモンティーとミルクティーでは茶葉を変えたほうがいいんだろうが……そこまで望むのは酷だろう。
店主が何かお礼をというので、ベニチャを仕入れた商会を教えてもらうことにした。
ティサネー(麦茶)も悪くないが、たまにはミルクティーも飲みたいのよ。
そんな感じで話しているといつの間にか時間が過ぎ、注文を終えたユニが戻ってきた。
「お待たせしました」
「おう、注文は終わったか」
「はい」
ついてきた店員に手付の半金貨1枚を渡す。
「じゃあリカルドさん、俺たちはこれで」
「はい。この度は有意義なお話をありがとうございました」
「なに、こっちもいいことを教えてもらった。さっそく買って帰るよ」
「そうですか。では、またのご来店をお待ちしております」
店主と店員の丁寧な見送りを受けて、店を後にした。
-2-
「さて、と。そろそろ昼飯の時間だな」
「長々とすみません」
太陽の位置を見ながら呟くと、何を勘違いしたのかユニが頭を下げてきた。
「いや別にそれは構わんのだが、なんか昼飯にリクエストはあるか?なんでもいいぞ」
「……でしたら、最近できたっていうお菓子の店なんですけど、構いませんか?」
「おお、構わんぞ」
甘いものは嫌いじゃない。というか、割と好きな方だ。
水飴が広まり始めて、どんな菓子が売られるようになったかも興味あるしな。
ユニに先導されて少し歩くと、可愛らしい外装の店に案内された。
……うむ、これは俺一人じゃまず入らん類の店だな。男一匹で入るにはちと敷居が高すぎる。
カランコン、という軽い音色とともに扉を開けると、やっぱり中は可愛らしい空間が広がっていた。
「あの、ディーゴ様、こういう店ですけど大丈夫ですか?」
「問題ない。気にするな」
フリルをふんだんにあしらった、可愛い制服の給仕に案内されて席につく。
手渡されたメニューを見ると、菓子系以外に軽食もやってるようだ。が、まぁここはユニに合わせて菓子を頼むのがいいだろう。
飲み物の方は、季節の果物のジュースや甘い果実酒がメインらしい。
ふむ、カスタードクリームはあるがホイップクリームはまだないみたいだな。当然ながらチョコレートもなし、と。
当然パフェもなし。あるのは焼き菓子系がメインか。
というわけで、俺はいちじくのタルトとヤマモモのジュースを、ユニはワッフルの盛り合わせとプラムのジュースを頼んだ。
いずれもなかなかの値段で、合わせると銀貨が数枚飛んでくが……まぁこんなもんだろう。
しばらくして運ばれてきたものに舌鼓を打つ。のだが、個人的にはちと甘すぎる気がした。
もうちょっとこう、果物の自然な甘さを前面に押し出してもいいような気がするのだが……。
「いかがですか?ディーゴ様」
「悪くはないが、俺としてはもうちょっと甘みを抑えてもらった方が食べやすいかな」
「水飴が出回り始めたとはいえ、まだ甘味は貴重ですからね。このくらい甘くした方が人気が出るのかもしれません」
あー、そういうわけか。貴重ゆえに多く使うほど美味しいはず、という意識が出ちゃってるのね。
幸い、ヤマモモのジュースはそれほど甘くなかったので、ジュースで口の中を洗いながらタルトは完食させていただきました。
一方、ユニはこの程度の甘さは平気なのか、涼しい顔してワッフルにクリームをたっぷりつけて食べていた。
甘い食事を終え外に出ると、ユニが訊ねてきた。
「この後のご予定はどうなっていますか?」
「んー、後は魔術師ギルドに寄って、その後紅茶を買って帰るだけだな。あまり面白くないから先戻ってても構わんぞ?」
「そうですか。差し支えなければお供しますが」
「いいのか?」
「はい。魔術師ギルドというところはまだ行ったことありませんし、紅茶を売っているところにも興味がありますので」
そういや初めて会ったときにも紅茶を出してきたな。目利きができるかもしれんし、連れて行くのも一興か。
「そうか。じゃあこっちだ。ついてきな」
そう言って魔術師ギルドへと足を向けた。
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そうしてやってきた魔術師ギルド。
扉を開けてカウンターに話を通す。
「魔槍の件で来たんだが、担当者いるかな?」
「それでしたらこちらで話を伺いますが、魔槍のどういった要件でしょう?」
「魔槍を分解したら中に細かい魔法陣が書かれていたんだ。これがその写しなんだが、この解読を頼みたい」
そう言ってエルトールが書き写した紙束を出す。
「そういう要件でしたら少々お待ちください。話の分かる者を呼んでまいります」
受付のお姉ちゃんがそう言い残して奥に姿を消すと、少しして初老の爺さんが受付嬢とともに戻ってきた。
「初めまして、じゃな。ワシはレッケント。魔槍について研究しておった者じゃ」
「初めまして、冒険者のディーゴです」
「なんでも魔槍の中に書かれていた魔法陣の解読を頼みたいと聞いたが、まことか?」
「ええ。この紙束がその写しです」
「ほう、これだけの魔法陣がのう……。どこに書かれておったんじゃ?」
「筒の内側と、術晶石にですね。髪の毛ほどの微細な文字で、一見すると線にしか見えませんでしたが、拡大してみたらそれでした」
「なるほど……。あれが魔法陣じゃったか。おぬしの見解ではどう見ておる?」
「まだ確証は持てませんが、火筒のような射出系の武器ではないか、と見当をつけてます。ただ、弾丸となるものが皆目わからないのでこの魔法陣がヒントになれば、と」
「ふむ……射出系、それも火筒の系統か。その方面からの調査はしていなかったな。うむ、解読を引き受けよう」
「助かります。で、料金はどのくらいになりますか?」
「なんの、ワシらがなしえなかった研究を引き継いでくれとるんじゃ、金はとれんよ。その代わり、全貌が分かった折にはぜひワシにも教えてほしい」
「そういう事でしたら喜んで」
その後、簡単な打ち合わせをして魔術師ギルドを後にした。
さて最後は紅茶の仕入れだ。
確か若葉通りのエメリコ商会と言ってたな。
こっからだとちと遠いから、馬車に乗るか。
というわけで、流しの乗合馬車に銀貨を握らせてエメリコ商会に連れて行ってもらう。
30分ほど馬車に揺られると、エメリコ商会についた。
中々大きな店構えの店内に入ると、さっそく店員が寄ってきた。
「いらっしゃいませ。エメリコ商会にようこそ。何かお探しでしょうか?」
「こちらでベニチャを扱ってると聞いてきたんだが、在庫はあるかな?個人消費用なんで量は少なくていいんだが」
「ベニチャですね?はいございます。個人用でしたら小さな壺に入ったものがございますが」
「じゃあ、その壺を見せてもらえるかな」
「はい、少々お待ちください」
店員はそういって奥に引っ込むと、封蝋がされた手のひらに乗るほどの蓋つきの壺を持ってやってきた。
「こちらが個人様にお売りする、一番小さい壺でございます」
ふむ、一壺100……いや、この量は50gくらいか。
「これはどこで作られたものかわかるか?」
「こちらはずっと西にございます、リクウ公国で摘まれた茶葉でございます」
ふむ、わからん。
「壺の中を見せてもらってもいいかな?」
「申し訳ありません、香りが飛びますのでそれは勘弁願います。代わりに見本がございますので」
そう言って差し出された見本の茶葉の香りをかぐ。うん、確かに紅茶の香りだ。黴臭くはないな。
「ユニから見てどう思う?」
と、見本の茶葉をユニに差し出す。
ユニは茶葉をじっと観察して香りをかぎ、頷いた。
「いい茶葉だと思います」
「じゃあとりあえず一壺貰おうか」
「ありがとうございます。価格は半金貨1枚になります」
……高ぇなおい。紅茶ってこっちじゃ高級品なのか。あのメイド服の店、気張ったな。
とは思ったものの、顔には出さずに素直に代金を支払う。いや、こういう店で値切るのはいかんでしょ。
大量購入ならともかく、一番少量を1個だけじゃね。
「ところで、ちょいと聞きたいんだが、大豆を原料にした黒い液体の調味料なんて知ってるか?」
「大豆を原料にした調味料ですか?いえ、生憎と心当たりはございませんが……」
「そっか、ならいいや」
味噌と醤油はトドロ商会にも頼んでいるんだが、ここんとこナシの礫なんだよね。
もしやと思って聞いてみたが、やはりここでも駄目だったか。
その後、2~3世間話をして商会を出た。買った紅茶の質が良ければまた買いに来るかもな。
「これで、今日の用事は全部終わりだ」
「そうですか」
ユニはちょっと残念そうだ。でもこれ以上無駄にぶらぶらしてても余計に金使いそうだしな。
情けない話だけど、まだあまり家計に余裕はないのよ。
「紅茶が手に入ったら久しぶりにミルクティーが飲みたくなった。帰ったら濃いめに入れてくれるか?」
「はい。わかりました」
ユニが一転して笑顔で頷いたのを見て、たまにはこういう休日も悪くないと思った。
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