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第4章

第14話 暴走する病2

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 そんな感じで、ささやかな労働の対価に上げ膳据え膳ご馳走尽くしの弁当付きという、なんとも恵まれた旅を続けること2日、俺たちはディーセン手前の村にたどり着いた。
 いつものようにウェルシュが村人の診察をし、俺が村人たちの住居を直して回る。
 そして村長の家で心づくしの夕食を頂き、床に入る……はずだった。

「まずいことになった」
 表情を曇らせたウェルシュがやってきたのは、夕食が始まってすぐのことだった。
「伝染病患者でも出たか?」
 ぬるいエールで口を湿らせて訊ねると、台所で料理の指揮をしていた村長もやってきた。
「お医者様、何かございましたか?」
「村長もいるなら一緒に聞いていただきたい。最近、この村に鱗イタチの集団が現れませんでしたか?具体的には、昨日か一昨日あたり」
「え、ええ。よくご存じですな。昨日の昼頃ですが、鱗イタチの集団が村を襲ってきたので、村人総出で退治したところです」
 鱗イタチとは3~50セメトほどの小さな魔物で、主に森の中で数匹~十数匹程度の家族単位の群れを作って暮らしている。
 性格は……結構凶暴な部類に入るが、その体格から被害にあうのはもっぱらウサギや鶏といった小型から豚やロバ程度の中型の家畜類だ。
 1家族程度の群れなら武器を持った村人でもなんとかなる場合が多く、滅多なことでは討伐の依頼は出されないのだが……。
「どのくらいの群れでしたか?」
「詳しい数は分かりませんが、30~50匹程度の群れでした」
「なるほど」
「あ、村の衆で退治する際に何人か噛まれたものがいたのですが……まさか彼らが?」
「ええ。赤斑病、という伝染病の兆候が見られます」
「赤斑病?」
「ええ。この病気にかかると、顔といわず体といわず、内臓にまで赤い発疹が現れて、処置が遅れるとほぼ確実に死に至る厄介な病気です。しかも、これは冬の流行病並みに感染しやすい」
「それって結構まずくないか?」
「それは大ごとです!先生!すぐさま手立てを講じないと……」
「待ってください。事態はもっと深刻です」
 腰を浮かせた村長を、ウェルシュが押しとどめる。
「…………と、いいますと?」
 ごくりと唾を飲み込んだ村長が訊ねる。
「普通は、鱗イタチに噛まれただけでは赤斑病は発症しません。この病気が発症するのは、スタンピード……集団暴走を起こした鱗イタチに噛まれた時だけです。
 つまり、近くに集団暴走を起こした鱗イタチの群れがいるということです。昨日の群れを先遣隊と考えると、近いうちに本隊がこの村を襲うことになります。病原体をまき散らしながら、家畜作物から人間まで食い散らかして進む、死の暴走集団です。疫病を持ってる分、イナゴよりたちが悪い。
 実際、この集団暴走に飲み込まれて滅んだ都市や村の記録もあります」
「なんてこったい。……村人の避難とかはできないのか」
「赤斑病の対処は基本安静だ。動けばそれだけ症状が重くなり、死期を早める」
「それに村には備蓄食料がございます。今の時期、だいぶ量は少なくなっておりますが、運び出すのは人力的に難しいうえこれを失うと次の収穫まで暮らしていけません」
「つーことは、その暴走集団を迎え撃つしかないわけか」
「ディーゴ、どうにかならんか?」
「無茶いいなさる。……が、やるしかないわな」
 少し思案したのち、思いついた案を挙げた。
「どのくらいの規模か見当が付かんが、撃退は無理と考えて村を守るように壁を作ってしのぐしかないだろう」
「壁ですか?しかし今から壁を作るとなると人手も材料も足りませんが……」
「その点は大丈夫。俺が土魔法を使って壁を作ります。ただ、俺一人じゃ村全部を囲むことはできません。東西南北のどれか一方に長い壁を斜めに作って集団暴走の群れを受け流す形になるでしょう」
「村長、前回の集団はどこからやってきましたか?」
「村の北側からやってきました」
「ふむ。受け流していいのは東?それとも西?」
「西には畑があります。できれば東に」
「了解。ではそのように壁を作りましょう」
「壁を乗り越えられたりすることはございませんか?」
「壁の表面をつるつるにして、壁の上部をせり出す形にして鼠返しをつけましょう」
「我々村の者は何をすれば?」
「村長や村の人たちには、何でもいいから燃えるものを大量に集めてください。あと、立派なものでなくていいので松明やかがり火の用意を。空き家があるならそれを壊して、梁や屋根の麦わらを利用するといい。足りなければ各家庭の薪も出してもらいましょう」
 俺が村長に頼むと、ウェルシュが追加で口を開いた。
「あと、足の速い人を2人選別して、ディーセンにあるウチの診療所と領主様に報告を」
「領主様がいきなり会ってもらえますか?」
「門番にこれを見せて俺の名前を出してください」
 俺はそういって、名誉市民の証の短剣を差し出した。
「これは……あなたは貴族様でしたか」
「一応、これでも名誉市民でね。領主の館の門番は、話の通じる男です。魔物と伝染病で村が危ないといえば、面会くらいはさせてくれます。鱗イタチの進路によってはディーセンそのものも危ない、くらい話を盛ってもいいでしょう」
「診療所の方は、エルトールという私の弟がいます。赤斑病が出た、と言えば万事心得て動くのでご安心を」
「おお……ありがとうございます」
「礼を言うのは鱗イタチの集団暴走をしのぎ切った後です。事は急を要する。村長、すぐに住民を集めて説明と人員の割り振りを頼みます。俺はすぐに壁を作りに行きます」
「ディーゴ、鱗イタチの集団暴走は、細く長いのが特徴だ。それを念頭に入れて壁を作ってくれ」
「了解」

-2-
〈なんか大変なことになっちゃったわね〉
 村長宅を出て、壁を作りに向かう途中でイツキが話しかけてきた。
《だな。今回無理させると思うけど、すまんが頼むわ》
〈まぁしょうがないわね。できるだけのことはしてあげるわ〉
《よろしく頼む。多分俺は壁作りだけで魔力が尽きると思う。というか、全魔力を使って壁を作る。それでも足りるか見当が付かん。壁を越えてきたやつをまとめて倒すのはお前の魔法が頼りだ》
〈村の人も退治に参加させるんでしょ?〉
《そりゃそうだろ。集団暴走を二人でなんとかしろなんて言われたら、俺は逃げるぞ》
 そんなことを話しているうちに、壁を作る予定の現場に着いた。
 30~50匹程度の集団だというのに、侵入路とみられる森の一角が、食い散らかされて裸になっている。
「よし、ここを中心に左右に広げるように壁を作るぞ」
 壁の厚みは50セメトほど、北に向けての壁の一面には鏡面加工と鼠返しを施し、鱗イタチが登ってこれないようにする。
 長さは東西にそれぞれ500トエムとした。壁の高さは2トエム程。もう少し高くしたかったが、これ以上は魔力が持たない。
「土よ、連なり重なり壁となれ」
 魔法を発動させるとごっそりと魔力を持っていかれる感覚がして、膝をつきそうになる。これで魔法は打ち止めだ。しかしこれでもまだ安心できねぇんだよなぁ……。
 そうこうしているうちに、村人たちが薪や藁束などを持って集まってきた。
「冒険者さん、燃えそうなものを持ってきたぜ」
「じゃあ、壁の手前に均等に配置してくれ。まだ投げ込むなよ?」
「あいよ。って、うお、もう壁ができてる」
「魔法で一気に作った」
「これだけでっけぇ壁なら何とかなるんじゃねぇか?」
「相手の規模が分からんからなぁ。ところで、解体の方は順調かい?」
「村長が音頭とってやってるよ。もうすぐ追加の燃えるものが来るんじゃねぇかな」
「わかった。あと、油と松明も大量に用意するよう村長に言っといてくれ」
 村人にそう指示を飛ばした時、村人たちがいずれもひざ下にぼろ布を厚く巻きつけていることに気が付いた。
「その足の布は?」
「村長とお医者様の指示でもあるんだけどよ、奴らは足に噛みついてくるから、足の守りはしっかりしとけって。冒険者さんは布を巻かなくても大丈夫かい?」
「厚手の革のブーツとふさふさ毛皮で守ってるから大丈夫だ」
「なら安心だな」
「俺はちょっと偵察に行ってくる。燃えるものは引き続き壁の手前に集めといてくれ」
「一人で大丈夫かい?」
「一人の方が都合がいい。じゃ、頼んだ」
 村人に言い残すと、俺は一人で森の中に入った。

《イツキ、群れの規模とどのあたりまで来てるかわかるか?》
 森の中でイツキレーダーに頼む。
〈ちょっと待ってね〉



〈やだ、なにこの数〉
 しばらくしてイツキが呟いた。
《わかったか?》
〈うーんと、群れの幅は作った壁の5分の1くらいね。でも長さの見当がつかないわ。すごく長いとしか〉
 うへぇ。
《どのくらいで村につきそうだ?》
〈この速さだと、明け方前には村に来そうね。なんとなくだけど〉
 ぬーん、時速何kmとかもうちょっと具体的な数字が欲しかったんだが、精霊のイツキには無理ってもんか。
 ただ、群れの幅と大まかな到達時刻が分かったのは幸いか。
 とりあえず地面に村と壁と、群れの位置関係を描いてみる。
 確か群れの幅が5分の1つってたよな……長さが見当もつかないってことは、どのくらいやってくるのかは不明。
 50セメトの壁で持つかなぁ……中心部分は補強しとくか?
 くっ、魔力が種切れの今は術晶石を使うしかないか。
 術晶石も安くねーのに。

 急いで村に取って返し、村長の所に行く。
「おお、ディーゴさん。どうされました」
 家の解体の陣頭指揮を執っていた村長が声をかけてくる。
「群れについて分かったことがあるんで、報告と作戦の修正をね」
「ほう、何が分かりました?」
「群れが村に到着するにはまだちょっと時間がある。ただ、夜明け前には確実に到着する見込みだ」
「なるほど」
「それと、群れの規模が予想してたよりでかい」
「なんと……ではどうすれば?」
「基本的な作戦は変わらない。壁で群れを防ぎつつ、村の左側に誘導する。ただ、壁の強度がちと心配だ。麻袋を大量に用意しておいた方がいいかもしれない」
 地面に図を描きながら、村長に説明する。
「なるほど、わかりました」
「俺の魔力はもう残ってないが、手持ちに術晶石がある。それを使って壁を補強する」
「おお、そうですか。何から何まで申し訳ありません」
「なに、ここまで来たら一蓮托生だ。村長の方は燃えるものの用意を引き続き頼みます。俺も壁を作ったら家の解体に回りますので」
「よろしくお願いします」

 再び壁の所に取って返し、先日買ったばかりの術晶石2個を使って中心を1トエム程に厚くする。補強する幅は200トエム。
 その後は夜通しかけて村の空き家を解体し、牛馬の干し草や寝藁なども片っ端から運び終えたところで、東の空がしらしらと明けてきた。
 それと時を同じくして、地に響くような重低音が聞こえてくる。
 鱗イタチの群れが、ついに村にやってきた。
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