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第4章
第6話 蔓草の病2
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*****まえがき*****
本日2度目の更新です。
**************
-1-
それから2日後、俺はハイレンの村の入り口にいた。
道中はトラブルもなく……という具合にはいかなかったが(外見のせいで村に入れてもらえなかった)、
村に泊まらなかったせいで1日早く着いたのだからまぁ良しとしよう。
〈村っていうからセルリ村みたいなところを考えてたけど、ちょっと様子が違うわね〉
脳内でイツキが語り掛けてくる。
確かに、セルリ村よりも家々が整っているというか、土壁の家ではなく板壁の家ばかりが目に付く。
「どうやら金持ちの村みたいだな。っと、お客さんだ」
俺のことを見つけた誰かが呼んだのか、村の入り口に男衆が集まってきていた。
「こんちはー。薬を買いにディーセンから来た冒険者だが、そっちに行ってもいいかー?」
そう呼びかけると、集まった男衆は顔を見合わせて返してきた。
「ゆっくりとならいいぞー」
とのことなので、歩いて男衆の所に向かった。
「お前さん、冒険者か。なら冒険者手帳を見せてもらおうか」
「はいよ。6級の駆け出しだがね」
そう言って冒険者手帳を差し出す。
「ふんふん、ランク6冒険者のディーゴ、ね……って、おま、いや貴方は名誉市民の方ですか?」
手帳の名誉市民の項目を見て口調を改めた男性が訊ねてくる。
「まぁね。これが証拠の短剣だ」
そう言って短剣を差し出すと、柄の紋章を見た男衆が顔を見合わせた。
「いや、これは失礼しました。手帳と短剣はお返ししますです」
先ほどとは打って変わって腰が低くなった男衆に、手帳と短剣を受け取りながら答えた。
「まぁそんな堅苦しい礼儀は忘れてくんな。ついこの間までド平民だったなり立てだからよ」
そう言うと、男衆の間にホッとした空気が流れた。
「ところで、ここに来たのはリグノスっていう薬を買いに来たためなんだが、どこに行けば買える?」
「ああ、リグノスなら村長が管理してるから、そこに行ったらいい」
「了解。村長の家ってのはあのでかい家か?」
入り口から見える、大きな家を指さして訊ねた。
「そうだ。今時分なら家にいると思うぞ」
「そっか。じゃ、行ってみるわ」
「ああ。それじゃ、良い滞在を」
「ありがとう」
男衆に礼を言うと、そのまま村長の家に向かった。
村長の家で訪いを告げると、ふくよかで人柄の良さそうな男性が姿を見せた。
俺の顔を見てもちょっと眉を上げただけで、あとは普通に応対してきたのにこっちが少し驚いた。
男性は自分のことを村長のアブールと名乗り、俺を中に招き入れた。
時候の挨拶をしたのち、さっそく本題を切り出す。
「……というわけで、リグノスを2日分売ってほしいんだが」
「リグノスですか……」
俺の要望に、村長は難しい顔をして考え込む。
「ディーセンからはるばるお越しいただいて恐縮なのですが、今はお分けすることができないのですよ」
「理由を伺っても?」
「余分な在庫がない、と言えばわかっていただけますか?」
「例年であればそれなりに在庫があるのですが、今年は少し問題がありまして……」
「差し支えなければ話してもらえるかな?場合によっては協力できるかもしれん」
ここまで来て手ぶらで帰るわけにもいかんしな。子供の使いじゃあるまいし。
「そうですな……」
村長は少し考えるそぶりを見せると、やがて意を決したようにこちらを見た。
「いいでしょう。お話いたします。実は問題というのは魔物のことなんですよ」
続く村長の話によると、リグノスという薬は裏の森で取れる植物から作るらしいのだが、今年はなぜか森の魔物が活発で村の男衆の手に余るとのことだった。
森の魔物が退治されれば、すぐにでもリグノスを作り始めることができるそうで、そうなれば今ある在庫から売ることもできると村長は請け合った。
「ちなみに、森の魔物とは?」
「一言でいえば吸血蔦です。吸血性の棘のある蔦が寄り集まった魔物で、とにかくしぶといのですよ」
「なるほど。そういう事なら手伝えるな」
「ですがディーゴさんはたった一人……ああ、樹の精霊憑きでしたな。確か」
「そういうこった。森の中ならそうそう遅れは取らんよ。じゃあ、今から行ってちょっと毟ってくるわ」
「今からですか?」
「まだ午前中だし、早い方がいいだろ?」
「そうですな。すみませんが、よろしくお願いいたします」
-2-
「村長にはああいったものの、正直言うとちょーっと相性が悪いかな」
森の入り口に来て小声でつぶやく。
うねうねの蔦植物に、叩き潰し、突き刺すのが目的の戦槌は相性が悪い。
予備の武器である剣鉈の出番になるのだが、間合いの短さは否めない。
それに、植物が相手では樹や土の精霊魔法がどれほど効くか、ちょっと未知数だ。
「でもまぁ、やるしかないんじゃない?」
イツキが気楽に言ってくる。
「……そうだな、やるしかないか」
仕方がないので肚をくくる。そうと決まればしらみつぶしに探索だ。
イツキのレーダーは今回はあまり使えないらしい。相手が魔物でも植物となると精度が落ちる上に、あまり動かないらしいので尚更探知が難しくなっているそうだ。
仕方がないので範囲を近場に限定して探索してもらう。
……しかしこの森、結構人が入っているようであちこちに踏み分け道ができている。
まずは踏み分け道に沿って探索するにしても、ちょっとした迷路の感覚で進んだほうがよさそうだ。
以前探索した森の迷宮は左手法で進んだので、今回も左手法で進んでみる。
森の入り口から左に曲がり、少し道に沿って進むと行き止まりに着いた。
「ディーゴ、この近くにハチの巣があるわ」
「じゃあここはさっさと引き返そう」
藪をつついて蛇を出すこともないので、さっさと引き返す。
来た道を戻るような感じで進んでいくと今度は前方に人がいるのを見つけた。
切り株に腰掛けて休んでいる姿と服装から見るに、この村の住人らしい。
「こんちわ」
「やぁ、こんちわ」
挨拶すると、男はよっこいせと切り株から立ち上がった。
「お前さん、薬を買いに来た冒険者だって?村長から魔物退治を頼まれなすったね?」
「ああ。よく解るな」
「魔物についちゃ前から村長が頭抱えてたからよ。冒険者を雇うかー、って」
「ちょうどいいタイミングで俺が来たわけだ」
「そうだな。でだ、冒険者のあんたの腕を見込んでちぃと頼みがあるんだが、いいかな?」
「内容によるぜ?」
「んーまぁ大して時間はかからねぇよ。おっと俺はツワングってんだ」
「ディーゴだ」
「でな、頼みってのはこの道を戻ったどん詰まりにハチの巣があるんだが……知ってるかい?」
「ああ。面倒だから引き返してきたが」
「それだ。面倒で悪いが、そのハチの巣から蜂蜜をちょいと採ってきてほしいんだ。いや、そんなん自分で採れ、って言うのは分かる。分かるけどよ、ちょっとそんな顔しねぇで最後まで聞いてくれよ」
ツワングは両手を上げてなだめるような仕草をすると言葉をつづけた。
「実際、俺っちも毎年そこで蜂蜜採ってたんだ。去年も一昨年も採ったんだぜ?でよ、今年は勝手が違うんだ。
今年は蜂の数がやけに多いうえに凶暴でよ、俺っちの手に負えねぇんだ。
その点冒険者なら、ま……魔法ってのか?で、ぱぱっと片づけられるだろ?」
「んー、まぁできんことはないな」
使える魔法を思い出しながら答える。
「な?大した手間じゃねぇと思うし、ちっと頼まれてくんねぇかな?
もちろん、蜂蜜を採ってきてくれるなら礼もするし、この先にあるちょいと厄介な所の抜け方も教えるからさ」
「その程度ならいいんじゃない?まだ森に入って間もないし、厄介な所って言うのも気になるわ」
イツキの意見を受けて、ツワングに頷いてみせた。
「それくらいなら引き受けるよ」
「ありがてぇ。さすが冒険者サマだ。恩に着るぜ。この瓶に2/3くらい集めてくれりゃ構わねぇからさ」
「分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるぜ」
ツワングをその場に残し、ハチの巣のあった場所へと戻る。
「蜂退治にゃ眠りの魔法で眠らせて踏み潰すのが一番手っ取り早いんだが、生憎そんな便利な魔法は持ってねぇんだよな」
「数にもよるけど、落ち葉の刃を2人でかければなんとかなるでしょ」
「だな」
イツキの意見に頷くと、足元から石を一つ拾い上げた。
少し離れたところにある蜂の巣に石をぶつけると蜂の巣から蜂が一斉に飛び出してきた。
「「木の葉よ、舞い散る刃となれ」」
二人で同時に魔法を発動させると、蜂の巣を中心に濃密に落ち葉が降り注ぎ、出てきた蜂を一掃した。
「あっけなくケリがついたわね」
「まぁ蜂が相手じゃこんなもんだ……と、こりゃ参ったな」
蜂の巣をのぞき込んで声を上げた。
「木の洞にハチの巣ができてやがる。こりゃ洞を広げないと蜂蜜がとれねぇぞ。
イツキ、魔法でなんとかならんか?」
「さすがにそれは無理よ。魔法だって万能じゃないもの」
「……じゃ、仕方ねぇ。力づくで洞を広げるしかねぇか」
そう呟くと、戦槌を2度3度と木の洞周辺にたたきつけて、洞を広げた。
「よし、こんなもんか」
てらてらと光る蜂蜜が詰まった巣が姿を現すと、剣鉈とナイフを駆使して瓶に蜂蜜を集めた。
「これだけ採れば十分だろう」
瓶に蓋をして、ツワングの所に戻る。
「よう、蜂蜜は採ってきてくれたかい?」
「とりあえずこれだけ採ってきた。ちょっとゴミ入ってるけど足りるか?」
「ありがてぇ!これだけありゃ十分だ。さすが冒険者サマ、頼りになるねぇ」
ツワングは伏し拝むように蜂蜜を受け取った。
「じゃ、礼というのもおこがましいが、この先にある厄介な所を教えておくぜ」
「この森の北東の隅っこの方にな、毒の花が咲いてる場所があんだよ。食べると腹を壊すとか、そういう可愛いもんじゃねぇ。
そいつは花のすぐ下が丸っちく風船みたいになっててよ、踏んづけたりすると破裂して毒の花粉がまき散らされるって寸法なんだ。
迂闊に吸い込めば喉をやられるし、目に入ろうものならとてもじゃねぇが痛くて開けていられねぇ。
そのまま放っておきゃ、目が潰れることもあらぁな。
だけどよ、その風船玉さえ潰さなければ害はねぇ。花のないところを選んで、花を潰さないように歩けば大丈夫だぜ」
「そんな厄介な所があるのか。いや助かったぜ」
毒の花粉とは恐ろしいな。
「それと、礼の品は村長の所に届けとかぁ。田舎だから大したもんじゃねぇけど、収めてくんな」
「わかった。楽しみにしとくよ」
「じゃあ俺っちはこれで帰るけどよ、お前さんなら森の魔物も大したこっちゃねぇだろうな。
魔物を退治したって知らせ、楽しみに待ってるぜ」
ツワングはそういうと、手をひらひらさせて去っていった。
「なんていうか、独特なしゃべり方の人だったわね」
「この地方の方言……なわけはねーな。多分あの御仁の癖なんだろうな」
「んじゃ、探索を再開するぞ」
と、探索を再開したものの、この日は森の魔物に出会えぬまま夕暮れを迎えることになった。
*****あとがき*****
これで連続更新は終わりです。
次回から更新は通常通り、月水金になります。
本日2度目の更新です。
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-1-
それから2日後、俺はハイレンの村の入り口にいた。
道中はトラブルもなく……という具合にはいかなかったが(外見のせいで村に入れてもらえなかった)、
村に泊まらなかったせいで1日早く着いたのだからまぁ良しとしよう。
〈村っていうからセルリ村みたいなところを考えてたけど、ちょっと様子が違うわね〉
脳内でイツキが語り掛けてくる。
確かに、セルリ村よりも家々が整っているというか、土壁の家ではなく板壁の家ばかりが目に付く。
「どうやら金持ちの村みたいだな。っと、お客さんだ」
俺のことを見つけた誰かが呼んだのか、村の入り口に男衆が集まってきていた。
「こんちはー。薬を買いにディーセンから来た冒険者だが、そっちに行ってもいいかー?」
そう呼びかけると、集まった男衆は顔を見合わせて返してきた。
「ゆっくりとならいいぞー」
とのことなので、歩いて男衆の所に向かった。
「お前さん、冒険者か。なら冒険者手帳を見せてもらおうか」
「はいよ。6級の駆け出しだがね」
そう言って冒険者手帳を差し出す。
「ふんふん、ランク6冒険者のディーゴ、ね……って、おま、いや貴方は名誉市民の方ですか?」
手帳の名誉市民の項目を見て口調を改めた男性が訊ねてくる。
「まぁね。これが証拠の短剣だ」
そう言って短剣を差し出すと、柄の紋章を見た男衆が顔を見合わせた。
「いや、これは失礼しました。手帳と短剣はお返ししますです」
先ほどとは打って変わって腰が低くなった男衆に、手帳と短剣を受け取りながら答えた。
「まぁそんな堅苦しい礼儀は忘れてくんな。ついこの間までド平民だったなり立てだからよ」
そう言うと、男衆の間にホッとした空気が流れた。
「ところで、ここに来たのはリグノスっていう薬を買いに来たためなんだが、どこに行けば買える?」
「ああ、リグノスなら村長が管理してるから、そこに行ったらいい」
「了解。村長の家ってのはあのでかい家か?」
入り口から見える、大きな家を指さして訊ねた。
「そうだ。今時分なら家にいると思うぞ」
「そっか。じゃ、行ってみるわ」
「ああ。それじゃ、良い滞在を」
「ありがとう」
男衆に礼を言うと、そのまま村長の家に向かった。
村長の家で訪いを告げると、ふくよかで人柄の良さそうな男性が姿を見せた。
俺の顔を見てもちょっと眉を上げただけで、あとは普通に応対してきたのにこっちが少し驚いた。
男性は自分のことを村長のアブールと名乗り、俺を中に招き入れた。
時候の挨拶をしたのち、さっそく本題を切り出す。
「……というわけで、リグノスを2日分売ってほしいんだが」
「リグノスですか……」
俺の要望に、村長は難しい顔をして考え込む。
「ディーセンからはるばるお越しいただいて恐縮なのですが、今はお分けすることができないのですよ」
「理由を伺っても?」
「余分な在庫がない、と言えばわかっていただけますか?」
「例年であればそれなりに在庫があるのですが、今年は少し問題がありまして……」
「差し支えなければ話してもらえるかな?場合によっては協力できるかもしれん」
ここまで来て手ぶらで帰るわけにもいかんしな。子供の使いじゃあるまいし。
「そうですな……」
村長は少し考えるそぶりを見せると、やがて意を決したようにこちらを見た。
「いいでしょう。お話いたします。実は問題というのは魔物のことなんですよ」
続く村長の話によると、リグノスという薬は裏の森で取れる植物から作るらしいのだが、今年はなぜか森の魔物が活発で村の男衆の手に余るとのことだった。
森の魔物が退治されれば、すぐにでもリグノスを作り始めることができるそうで、そうなれば今ある在庫から売ることもできると村長は請け合った。
「ちなみに、森の魔物とは?」
「一言でいえば吸血蔦です。吸血性の棘のある蔦が寄り集まった魔物で、とにかくしぶといのですよ」
「なるほど。そういう事なら手伝えるな」
「ですがディーゴさんはたった一人……ああ、樹の精霊憑きでしたな。確か」
「そういうこった。森の中ならそうそう遅れは取らんよ。じゃあ、今から行ってちょっと毟ってくるわ」
「今からですか?」
「まだ午前中だし、早い方がいいだろ?」
「そうですな。すみませんが、よろしくお願いいたします」
-2-
「村長にはああいったものの、正直言うとちょーっと相性が悪いかな」
森の入り口に来て小声でつぶやく。
うねうねの蔦植物に、叩き潰し、突き刺すのが目的の戦槌は相性が悪い。
予備の武器である剣鉈の出番になるのだが、間合いの短さは否めない。
それに、植物が相手では樹や土の精霊魔法がどれほど効くか、ちょっと未知数だ。
「でもまぁ、やるしかないんじゃない?」
イツキが気楽に言ってくる。
「……そうだな、やるしかないか」
仕方がないので肚をくくる。そうと決まればしらみつぶしに探索だ。
イツキのレーダーは今回はあまり使えないらしい。相手が魔物でも植物となると精度が落ちる上に、あまり動かないらしいので尚更探知が難しくなっているそうだ。
仕方がないので範囲を近場に限定して探索してもらう。
……しかしこの森、結構人が入っているようであちこちに踏み分け道ができている。
まずは踏み分け道に沿って探索するにしても、ちょっとした迷路の感覚で進んだほうがよさそうだ。
以前探索した森の迷宮は左手法で進んだので、今回も左手法で進んでみる。
森の入り口から左に曲がり、少し道に沿って進むと行き止まりに着いた。
「ディーゴ、この近くにハチの巣があるわ」
「じゃあここはさっさと引き返そう」
藪をつついて蛇を出すこともないので、さっさと引き返す。
来た道を戻るような感じで進んでいくと今度は前方に人がいるのを見つけた。
切り株に腰掛けて休んでいる姿と服装から見るに、この村の住人らしい。
「こんちわ」
「やぁ、こんちわ」
挨拶すると、男はよっこいせと切り株から立ち上がった。
「お前さん、薬を買いに来た冒険者だって?村長から魔物退治を頼まれなすったね?」
「ああ。よく解るな」
「魔物についちゃ前から村長が頭抱えてたからよ。冒険者を雇うかー、って」
「ちょうどいいタイミングで俺が来たわけだ」
「そうだな。でだ、冒険者のあんたの腕を見込んでちぃと頼みがあるんだが、いいかな?」
「内容によるぜ?」
「んーまぁ大して時間はかからねぇよ。おっと俺はツワングってんだ」
「ディーゴだ」
「でな、頼みってのはこの道を戻ったどん詰まりにハチの巣があるんだが……知ってるかい?」
「ああ。面倒だから引き返してきたが」
「それだ。面倒で悪いが、そのハチの巣から蜂蜜をちょいと採ってきてほしいんだ。いや、そんなん自分で採れ、って言うのは分かる。分かるけどよ、ちょっとそんな顔しねぇで最後まで聞いてくれよ」
ツワングは両手を上げてなだめるような仕草をすると言葉をつづけた。
「実際、俺っちも毎年そこで蜂蜜採ってたんだ。去年も一昨年も採ったんだぜ?でよ、今年は勝手が違うんだ。
今年は蜂の数がやけに多いうえに凶暴でよ、俺っちの手に負えねぇんだ。
その点冒険者なら、ま……魔法ってのか?で、ぱぱっと片づけられるだろ?」
「んー、まぁできんことはないな」
使える魔法を思い出しながら答える。
「な?大した手間じゃねぇと思うし、ちっと頼まれてくんねぇかな?
もちろん、蜂蜜を採ってきてくれるなら礼もするし、この先にあるちょいと厄介な所の抜け方も教えるからさ」
「その程度ならいいんじゃない?まだ森に入って間もないし、厄介な所って言うのも気になるわ」
イツキの意見を受けて、ツワングに頷いてみせた。
「それくらいなら引き受けるよ」
「ありがてぇ。さすが冒険者サマだ。恩に着るぜ。この瓶に2/3くらい集めてくれりゃ構わねぇからさ」
「分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるぜ」
ツワングをその場に残し、ハチの巣のあった場所へと戻る。
「蜂退治にゃ眠りの魔法で眠らせて踏み潰すのが一番手っ取り早いんだが、生憎そんな便利な魔法は持ってねぇんだよな」
「数にもよるけど、落ち葉の刃を2人でかければなんとかなるでしょ」
「だな」
イツキの意見に頷くと、足元から石を一つ拾い上げた。
少し離れたところにある蜂の巣に石をぶつけると蜂の巣から蜂が一斉に飛び出してきた。
「「木の葉よ、舞い散る刃となれ」」
二人で同時に魔法を発動させると、蜂の巣を中心に濃密に落ち葉が降り注ぎ、出てきた蜂を一掃した。
「あっけなくケリがついたわね」
「まぁ蜂が相手じゃこんなもんだ……と、こりゃ参ったな」
蜂の巣をのぞき込んで声を上げた。
「木の洞にハチの巣ができてやがる。こりゃ洞を広げないと蜂蜜がとれねぇぞ。
イツキ、魔法でなんとかならんか?」
「さすがにそれは無理よ。魔法だって万能じゃないもの」
「……じゃ、仕方ねぇ。力づくで洞を広げるしかねぇか」
そう呟くと、戦槌を2度3度と木の洞周辺にたたきつけて、洞を広げた。
「よし、こんなもんか」
てらてらと光る蜂蜜が詰まった巣が姿を現すと、剣鉈とナイフを駆使して瓶に蜂蜜を集めた。
「これだけ採れば十分だろう」
瓶に蓋をして、ツワングの所に戻る。
「よう、蜂蜜は採ってきてくれたかい?」
「とりあえずこれだけ採ってきた。ちょっとゴミ入ってるけど足りるか?」
「ありがてぇ!これだけありゃ十分だ。さすが冒険者サマ、頼りになるねぇ」
ツワングは伏し拝むように蜂蜜を受け取った。
「じゃ、礼というのもおこがましいが、この先にある厄介な所を教えておくぜ」
「この森の北東の隅っこの方にな、毒の花が咲いてる場所があんだよ。食べると腹を壊すとか、そういう可愛いもんじゃねぇ。
そいつは花のすぐ下が丸っちく風船みたいになっててよ、踏んづけたりすると破裂して毒の花粉がまき散らされるって寸法なんだ。
迂闊に吸い込めば喉をやられるし、目に入ろうものならとてもじゃねぇが痛くて開けていられねぇ。
そのまま放っておきゃ、目が潰れることもあらぁな。
だけどよ、その風船玉さえ潰さなければ害はねぇ。花のないところを選んで、花を潰さないように歩けば大丈夫だぜ」
「そんな厄介な所があるのか。いや助かったぜ」
毒の花粉とは恐ろしいな。
「それと、礼の品は村長の所に届けとかぁ。田舎だから大したもんじゃねぇけど、収めてくんな」
「わかった。楽しみにしとくよ」
「じゃあ俺っちはこれで帰るけどよ、お前さんなら森の魔物も大したこっちゃねぇだろうな。
魔物を退治したって知らせ、楽しみに待ってるぜ」
ツワングはそういうと、手をひらひらさせて去っていった。
「なんていうか、独特なしゃべり方の人だったわね」
「この地方の方言……なわけはねーな。多分あの御仁の癖なんだろうな」
「んじゃ、探索を再開するぞ」
と、探索を再開したものの、この日は森の魔物に出会えぬまま夕暮れを迎えることになった。
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