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第1章

第9話 森の迷宮1

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 残念樹の精だと思っていたが、イツキが加わってから森での行動がかなり楽になった。
 まず一つ目は、野営が快適になったこと。
 今までは野天でごろ寝もしくは土の精霊魔法による三角シェルターだったのが、魔法で木や草をより集めてドーム型シェルターが作れるようになった。
 これが結構な優れもので、雨、風を完全に防いでくれる上、床には柔らかな草が生えている。
 火だけは外で焚かなければならないが、壁の強度も申し分ないのでこのまま家にできそうな勢いだ。
 しかも製作も取り壊しも1分とかからずにでき、カモフラージュも完璧ときている。
 二つめは水場や獣、魔物の居場所をイツキが教えてくれること。
 索敵範囲はかなり広い。植物同士のネットワークを通じて情報を得ているそうだが、時間をかければかなり遠いところまで知ることができる。
 お陰で狩りの獲物には困らなくなった。
 三つ目は、歩く速度に合わせて下草や灌木がよけてくれること。
 地味だがお陰で面倒な藪漕ぎをせずにすいすい歩いて行ける。
 ただ、代わりと言ってはなんだが知っている歌を片っ端からせがまれたのには参った。
 カラオケの持ち歌は少ないんだよ俺は。

 んで、イツキに数少ない持ち歌を苦労して教えながら南下していると、なんかいい感じの洞窟を見つけた。
 新たな拠点にするかはまだ考えてないが、もしかしたらという可能性もあるのでちょっと探検してみるかと潜ってみることにした。

 枯れ枝を集めてたいまつを作り、土魔法で地ならししながら進むこと20分余り。
 途中で分岐もあったが、別にこれといったイベントもなく反対側に抜けることができた。
 ……んだが、何かちょっとおかしい。
 森は森なのだが、なんかこう……道が不自然にできてる。
 普通、森の中の道というのは獣道なり踏み分け道なりと、それなりに特徴があるものなのだが、そのどちらとも違う。
 まるでイツキが事前に道を作ってくれているような、そんな感じなのだ。
「これはいったい、どういうこった?」
 イツキに訊ねてみたところ
「あら珍しい。ここって森の迷宮じゃない」
 と答が返ってきた。
「森の迷宮?」
「そ。迷いの森とか言われるような、深い森の中にたまに存在するのよ。今までみたいにあたしが道を作って進むことはできないけど、この道の通りに進んでいけばなにかあるか、抜けられるはずよ」
「ふむ、そういうものか」
 どないすべぇとも考えてみたが、せっかく見つけた迷宮なんだしと探検してみることにした。
 だってなんかワクワクするし、もしかしたらお宝が見つかるかもしれんし。

 さて迷宮の探索を開始するにあたって、必要なのは水食糧とマッピングだ。
 水は十分あるが食料がちと心もとない。ただ迷宮内には魔物がいることが多いらしいので、まぁそれを狩って現地調達しながら進めばいいだろう。
 マッピングは……紙もペンもねぇしな。左手法で行くしかあるまい。
 というわけで、通路の左手側を歩くように意識しつついざ迷宮探索に出発。

「ありゃなんだ?」
 幾度目かの曲がり角を曲がると、通路の向こうにチューリップみたいな草が4輪ほどもそもそと動いているのが見えた。
「食獣植物ね。ああやって動き回って小さい獣を探しているのよ」
 見ていると、根元に生えた2枚の葉っぱを器用に動かして……って、こっちに来てねぇか?
「あら、獲物認定されたようね。知能がないから動くものには何でも襲い掛かってくるわよ」
「毒は?」
「ないわね。その代わり、花の部分で噛みついてくるわ」
 はー、なるほど。だいぶ近づいてきたのでしげしげと観察すると、確かに花の内側に小さな牙がびっしりと生えている。
「でもさ、あの牙の大きさだと俺の毛皮じゃ貫通できなくね?」
「そうかもね。試してみる?」
「いや、別に意味がねぇから素直に倒しとく」
 ずんずんと歩み寄って、槌鉾で低めに薙ぎ払って2匹、蹴飛ばして1匹、踏みつぶして1匹。
 弱っ。
「獣を食うといっても所詮は草か」
「草食の大型動物に食べられるくらいだからね」
 ……魔物なのに動物に食われるのか。

 次いで出てきたのは木人エントだった。
 というか、木に擬態していたのでイツキに言われるまで全然気づかなかったのだが。
 とりあえず離れたところから石をぶつけてやったら、幹の中央に目のような空間が開きのそりそのりと動き出した。
 幹の直径は15㎝くらいだろうか?3mくらいの木がゆっくりゆっくりこちらに向かってくるのは、ホラーというかシュールというか。
「木人は樹の精霊魔法が効かない代わりに顔の部分が弱いわ。あと振り回される枝に注意してね」
「了解」
 ある程度近づいたところで石礫の魔法を木人の顔にぶつけると、無茶苦茶に腕を振り回し始めた。
 タイミングを見計らって懐に飛び込み、横殴りに槌鉾を叩き込むとあっさり折れた。
「なんだ、大したことねぇな」
「これはまだ若い木人だったからよ。年を経ると樹人トレントになるんだけど、樹人だったらこうはいかないわね」
「そうなんか」
 まぁ樹人が出てこないことを祈るしかねぇな。木を相手に刃のついてない武器はちと分が悪い。

 そうやって幾度か魔物を倒してて気づいたことがある。
 迷宮つーても敵を倒せば勝手に消えるわけじゃないのね。
 左手法にのっとって森の通路を行きつ戻りつしていると、前に倒した魔物がそのまま残っていたりするからだ。
 フーム、これは倒したら埋めといたほうがいいんだろうか?と、踏みつぶした食獣植物の前で考えていると、迷宮内の魔物は腐るのも早いので、2~3日放っておけば跡形もなくなるとイツキが言うので放っておくことにした。
 しかしこの迷宮、食料になりそうな魔物がいない。具体的に言うと、食肉になりそうな魔物がいない。
 幸い木人の中に実がなっているものがいて、齧ってみたら食えないこともなさそうなので木人を倒したら実だけは回収しているようにしているのだが、個人的にはがっつり肉が食いたい。
 迷宮を攻略し終わったら、またしばらくは狩りに精出すかなー、等と考えていたら、ちょっと開けた空間に出た。
「……行き止まりか」
 ざっと見まわしてみるも、入り口以外に通路はなし。空き部屋に用はないので戻るかと踵を返したところでイツキが声をかけてきた。
「ディーゴ、そこの茂みに何かあるわよ」
「? おう」
 言われてのぞき込むと、それは苔むした宝箱だった。
「これは……宝箱か?」
「そうみたいね。開けてみる?」
「まぁ、開けない手はないわな」
 イツキにそう答えると、50㎝ほどの小さな土人形クレイゴーレムを作り出した。
 形がハニワ(踊る人々)なのはまぁ……(元)日本人なら当然の選択だろう。
 土偶でも良かったが、遮光器土偶はデザインが細かくてな。
「それで開けるの?」
「まぁ念のために、な」
 そう言って宝箱から距離をとると、ハニワを操って宝箱を開けさせた。
 足がないので移動できるか不安だったが、作ったハニワはぴょこぴょこと飛び跳ねながら宝箱に近づいていった。
……自分で作って言うのもなんだが、ちょっと可愛い。
 開ける時に耳をすませてみたが、別にガスが噴き出すとかそういったことはなさそうだった。
 宝箱に近づいて中を見ると、宝箱の中に罠らしい機構はなかったものの、中に入っていたのは古ばっちぃ薬瓶だった。
 多分ポーションの一種なんだろうが……これ、賞味期限とか大丈夫なんだろうか。
 まぁ得体のしれない薬瓶は飲む気も起きないのでそのまま宝箱に戻しておいた。
 しかし森の迷宮に宝箱ってのもシュールだよな。いったい誰が設置したのか……。
 つまらんことを考えながら、再び左手法での迷宮探索に戻る。
 その後3つほど苔むした宝箱を見つけたが、薬瓶、薬瓶、ナイフという内容だったので、ナイフだけありがたく頂戴しておいた。
 ナイフは長い間放っておかれていたにもかかわらず刃が錆びても曇ってもいなかったので、もしかすると魔法の品かも知れない、と思ったからだ。
 もっとも、だいぶ小振りのナイフなので武器として使うのは考え物だろう。獲物を捌くときやカトラリーの代わりに使うかね。

-2-
 そうこうしているうちに日が傾いてきたようなので、小さな流れのある小空間で野営に入ることにした。
 寝床は魔法で樹木製のドーム型シェルターを作り、水で喉を潤したのちに食事の用意に入る……んだが、ぶっちゃけ食料は木人から収穫した木の実なんだよな。
 そのまま食ってももそもそする上に、ちょっと渋みが気になる。
 こりゃ量は食えそうにないな、と思ったが「大抵のものは焼けば食える」法則に従って火を通してみることにした。
 一つは串焼きで、もう一つは水煮にしてみたところ、渋みが取れて少しだけ甘みが増した、ような、気が、しない、でも、ない。
 特に煮るともそもそ感がなくなって、ねっとりになった。
 砂糖を加えたシロップで煮るとなかなか美味くなるかもしれんなー、とも思ったが、手持ちにあるのは塩だけだし。
 しかも量が少ないし。
 まぁないものねだりをしても仕方ないので、木人の実を都合7個ほど食べて夕食を終えることにした。

 翌朝、起きて身支度を整え残ってた木人の実で朝食をすますと再び探索を再開した。
 昨日歩いた道筋は大体頭に入っている。
 なんとなく迷宮の奥まで来たようで、空に太陽はあるものの樹々の密度が濃くなっているような気がする。
 それと同時に、遭遇する魔物も昨日のような食獣植物や木人はあまり姿を見せなくなり、代わりに虫や蛇が出てくるようになった。
 出来れば俺としては四つ足の獣の方がありがたいんだがなぁ。
 と、襲ってきた巨大カマキリを束縛の蔦で押さえつけて尖石の杭で腹部を串刺しにしながら思う。
 いや、ゴブリンや四つ足の獣と違って、でかい昆虫ってのは見た目がなかなかキモいのよ。
 もともと虫はあまり得意じゃなかったしなー。
 それに虫は食獣植物や木人と違って攻撃動作が早いので、出来ることなら離れているうちに倒したい。
 さらに、蛇はともかく虫は倒しても食う気になれない。
 生虫もぐもぐ美味しいです、といえるほどワイルドにゃなれんし。
 蛇はまぁ……食ったことあるから食肉になると言えなくもないが、処理するまでが面倒で。
 頭叩き潰して頑張って切り落とした後も、30分くらい胴体が動いていやがった。
 さすがにそれを見ると食欲失せるわ。

 そうして探索することしばし、昼をいくらか過ぎた頃だろうか、森の中に開けた幾つめかの空間に足を踏み入れた。
 今までの空間は周りすべてが木々に覆われていたのだが、この空間だけはちょっと違った。
 入ってきた通路の右斜め前が、木々の壁ではなく崖っぽい壁になっていた。
「ここが迷宮の端ってわけか」
 急角度でそそり立つ崖を見上げて、ひとりごちた。
 崖の表面は蔓草や苔で覆われているが、さすがにこれを登ろうという気はしない。
「特にめぼしいものはなし……か」
 辺りを見回し、そう呟いて戻ろうとしたとき、蔓草や苔で覆われた崖の一部が一瞬きらりと光ったような気がした。
「?」
 振り返り、もう一度崖を見上げる。
 ……気のせいか、と思ったとき、吹き抜けた風が蔓草の葉を揺らした。
きらり
 なんか光った。
 位置や角度を変えながら崖をしげしげと観察すると、蔓草の向こうに所々光るものがあるらしかった。
「鉱脈……かな? イツキ、この崖の蔓草とか苔、どかせられるか?」
「できるわよ。ちょっと待ってて」
 俺の体から出てきたイツキが、崖の蔓草に手を当てると、しゅるしゅると蔓草が上と左右にどいていった。
そうして蔓草がすべてどかされ、崖の表面があらわになると、光の正体が出てきたわけだが……俺はそれを見て思わずあんぐりと口を開けた。
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