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第1章
第6話 初めての魔法
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-1-
さて、小人が置いていったらしい焦げ茶色の玉を手に考えてみた。
鑑定スキルなんて便利なものは持ってない。
見た目はぴかぴかに磨き上げた3~5㎝ほどの泥団子だが……小人がお礼にと 置いていったものだろうから、多少なりとも価値のあるものに違いない、と思う。
でもススキのフクロウと交換だしなぁ……。
ただの泥団子であることは否定できない。
ちょっと嘗めてみたり爪を立ててみたりしたが、思った以上に固い以外のことはわからず。
とりあえず輝石っぽい何かと一緒においておくか、と洞窟の壁を見るとちょっと崩れてる。
あー、壁のあそこ崩れてきてんな。
直さにゃならんがどうするか……削って固めるか?
と思って見ていたら、なんか力が抜ける感覚がして土壁がずももと動き、崩れが直った。
・
・
・
はい?
ナニ今の。
恐る恐る土壁を触ってみる。……普通の土壁だが、しっかりと固くなってる。
まるでイメージした通りに。
・
・
・
えーと、まさか、これ、魔法?
今度は地面を見て、土レンガを思い浮かべてみる。
するとやっぱり地面がずももと動いて、土でできたレンガがぼこりと一つ出てきた。
持ってみると確かに土。そして固い。
思わず顔がにやける。さすが異世界。ファンタジーだぜ。
これで俺も魔法使いだヒャッハー!
眠気も吹き飛んだ頭で外に出ると、早速色々と試してみた。
まずは土壁。
地面から厚さ20cm高さ2m幅5m位の土壁がせりあがってくる。
どうもイメージする強さに応じてできる速度が違うっぽい。強く念じればそれだけ早く土壁が現れるようだ。
続いて小石弾。
地面から無数の小石が目標に向かって飛んでいく。木にめり込むのでそこそこの威力はあるっぽい。
次は落とし穴。
地面に直径1m、深さ2mほどの穴がずずずいっとあく。
その他、土を固めたり石を脆くしたりといろいろ試してみた結果、地震とか土石流とかのでかい魔法は使えないものの、個人戦ならなかなか使いでのあるシロモノであることが分かった。
何より土をある程度自由に動かせるってのがいいね。
しかし普通、魔法っていえばなんちゃらの呪文をごにょごにょ唱えて使うもんだと思っていたが……この世界は違うのか? いわゆる無詠唱ってやつ?
ただ、使うにつれてなんとなくだるさが溜まってきたので、やはり魔力なり精神力を消費してるのは間違いなさそうだ。
ちなみに動かせるのは土や石だけで、火や水は出せなかった。うむ、使えるようになったのは土属性だけか。
制限があるとはいえ、せっかく手に入れた便利な物だ。使わずにいるのは勿体ないってことで、加減しながら早速ねぐらの全面改修に取り掛かった。
床と壁と天井をすべて平らに均して、かまどを作りーの寝床のベッドを作りーの照明を兼ねた囲炉裏を作りーの天井に煙突を作りーのお外にトイレの穴を掘りーのと、土魔法大活躍で一気にねぐらが見違えるほど文明的になった。
やー、今までは天然の洞窟にちょっと手を加えただけだったからね。
それが今や、壁に整然と並んだ工具や雑貨のもろもろ、一段高い寝床、きっちりと区切られた囲炉裏と煙を輩出する煙突。
トイレは(ボットンだけど)便器まで調子に乗って作っちゃったよ。
寝床の傍には密閉できる食料庫も備え付けて、土器もどきとして作った瓶も一新して水漏れの心配のないかっこいい(主観)ものに取り換えた。
これで当分は大丈夫だろう。
ちなみに洒落で火炎式土器を作ろうとしたが、細かいところの詰めができずに諦めたのはここだけの話。
でも悔しいのでハニワ(踊る男女)は作っておいた。
ま、これは日本人の義務みたいなものだからな。
-2-
魔法が使えるようになってから、狩りの効率が激変した。
やっぱ遠距離攻撃は楽でいいわ。
今日の獲物は角付きの馬。3頭の群れで草を食んでいるところを、離れたところから石を飛ばして足を潰して仕留めた。
これが槌鉾やナイフだとこうはいかん。なるべく近距離までにじり寄ってからダッシュして、散々追いかけまわしてやっと仕留めることができるのだから、どれだけ楽になったかは想像に難くない。
ちなみにこの馬、角付きとはいえ所謂「一角馬」とは違うようだ。
白くないし、角2本あるし、以前折った角をいじくり回してみても何も起きなかったから。
まぁ本当に癒しの力を持つ一角馬がこの世界に実在しているかはわからんが。
しかしだいぶ寒くなってきたな、そろそろ冬も近いか。
角馬を担いで歩きながら、めっきり気温が下がった空を見上げる。
リンゴもどきが熟して落ちていたことを思い出し、食料の備蓄に考えを巡らせる。
ぶっちゃけ冬を越すには全然足りない。
肉は燻製にしたり焼き干しにしたりして蓄えるようにはしているのだが、いかんせんこの虎男の燃費が悪い。
しかも毛の生え変わりが始まっており、やたらと腹が減る。
まだらで見栄えも悪いしね。
このポニーを一回り小さくした角馬にしても、食い延ばして3日程度しかもちそうにない。
もっと大物を狙えばええやんと思うかもしれないが、そうそう大物に出会える筈もなく。
それに大物すぎるとこっちが食われかねない。
回復魔法が使えりゃもうちっと無理ができるんだけどなー。
いや、贅沢は言うまい。今の土魔法が使えるだけでも十分便利に生活できてんだし。
しかしこのままでは夢の「冬の間はヒキコモリ食っちゃ寝生活」ができんのも問題なわけで。
狩りに1日、加工に1日で作れる保存食が3日分では割に合わんわな。
狩りに出かけてボウズの日も増えてきたことだし、引っ越しも考えなきゃならんか。
でも今みたいな加工にちょうどいい洞窟が早々見つかるとは思えんしなー。
などとネガティブな思考でねぐらに帰る。
魔法のお陰ですっかり機能的になったねぐらで、土を固めて作った作業台に獲物を乗せると、いつものように解体に取り掛かる。
皮をはぎ、内臓を取り出し肉を取り分ける。
内臓のうち心臓と肝臓と胃袋は食べるために取っておく。
以前は腸なんかもとっておこうかと思ったが、内容物を見てやめた。
……いや、だってね?胃袋の中はともかく腸の中身ってアレでしょ?
ホルモンは好きだが、自分で洗って食いたいかというと……ねぇ?
それに内容物に動くひも状の虫を見つけて以来食欲がだだ下がりした。
一匹二匹じゃねーんだもんよ。
やはりホルモンはプロに処理してもらったものに限るな。
んで、取り分けた肉は適当な大きさに切り分けて燻製器にセットし、燻す。
ちなみに心臓と肝臓と胃袋は洗ってそのまま生食した。こりこりむにむにの食感がたまらん。
燻している間にクレソンを取ってくる。ここのクレソンもだいぶ少なくなってきたな。
しかしこれ以外に野菜知らんしなー。
はぁ、たまには大根おろしでどんぶり飯かっこみたい。
ごろごろ野菜の味噌汁とか食いたいのよ。
……今度芋でも探してみるか。
ジャガイモと里芋、サツマイモ程度なら何とか葉っぱで見分けがつくし。
-3-
やけに静かな夜だった。
妙に冷え込む朝だった。
なんとなく嫌な予感を抱きながら、熾火を掻き起して小枝をくべ扉を開けてみると、外の景色が一変していた。
ついに恐れていたことが起こった。雪が降っていたのだ。
幸い積雪量としては大したことはない。3~4㎝程度が積もっているに過ぎない。
寒さとしてもすっかり冬毛に生え変わった自前の毛皮のお陰でそれほどでもない。
しかし、だ。食料の備蓄が万全でないところにきての雪は、正直やばい。
手元の食料はおよそ三週間分。どう食い延ばしたところで冬が越せるとは思えない。
あるいは思う以上に雪の期間は短いのかもしれないが、それに望みを託すのは楽観を通り越して自殺行為だろう。
それとすっかり忘れていたが、薪の備蓄も心もとない。
気が付いたときに粗朶を拾って集めてはいたが、こちらはもって一週間だ。
狩りをしながら冬を越すという手も考えたが、こちらも最近ボウズの日が増えてきたこともあって望み薄だ。
ここ数か月の間で大分数を減らしてしまったらしい。あるいは、冬が来たので他所に移ったか。
水源の小川も心配の種だ。万が一凍りでもしたらそれこそ水に窮することになる。
……仕方ない、引っ越すか。
いろいろ手を加えて愛着のあるねぐらだったが、背に腹は代えられない。
行商人が遺した荷車は悩んだ末に置いていくことにした。
荷車を曳いて街道を行けば結構な荷物が運べるのだが、なにぶんこちらは虎男。
村や街には入れそうもないし、街道を行けばいやでも人と出会うことになり騒ぎになるのは目に見えている。
かといって荷車を曳いて道なき道を行くのは無謀だ。
しかたなく背負い袋に詰められるだけの荷物を詰め込むことにした。
食器の類に釘と布を少し。水袋3つのうち2つには水を、1つには発酵途中のリンゴ酒を。
ついで調味料と貨幣と用途不明の輝石を仕舞い、残りのスペースには乾燥肉をこれでもかと詰め込んだ。
魔法が使えるようになった焦げ茶の玉は、いくらかの貨幣と一緒に財布がわりのポーチに入れた。
最後に背負い袋の外側に手斧とノコギリをくくりつけ、腰に槌鉾とナイフを一振りぶち込めば旅立ちの支度はなった。
しかし、これだけの荷物を背負っても平気なのだから、虎男の肉体スペックは大したものだ。
これが日本時代の肉体だったらとうの昔に餓死か衰弱死していたところだ。
とはいえ、虎男なおかげで人里に入れないのは困りものだが。
荷物を背負い、最後に忘れ物がないかねぐらの内部を見回す。
ひき割り小麦と毛皮、食器と工具農具の一部は仕方ないが置いていくことにした。
鍬とか鋤はあれば便利だが、土魔法が使えるようになった今ではわざわざ持っていく必要性がない。
忘れ物がないことを確認し、もろもろの支度を終えて外に出る。
雪は止んでいたが雲が低い。いつまた降り出すか分かったものではない。
南へ、とにかく南へ。
途中一度だけねぐらを振り返ると、あてのない旅へと足を踏み出した。
さて、小人が置いていったらしい焦げ茶色の玉を手に考えてみた。
鑑定スキルなんて便利なものは持ってない。
見た目はぴかぴかに磨き上げた3~5㎝ほどの泥団子だが……小人がお礼にと 置いていったものだろうから、多少なりとも価値のあるものに違いない、と思う。
でもススキのフクロウと交換だしなぁ……。
ただの泥団子であることは否定できない。
ちょっと嘗めてみたり爪を立ててみたりしたが、思った以上に固い以外のことはわからず。
とりあえず輝石っぽい何かと一緒においておくか、と洞窟の壁を見るとちょっと崩れてる。
あー、壁のあそこ崩れてきてんな。
直さにゃならんがどうするか……削って固めるか?
と思って見ていたら、なんか力が抜ける感覚がして土壁がずももと動き、崩れが直った。
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はい?
ナニ今の。
恐る恐る土壁を触ってみる。……普通の土壁だが、しっかりと固くなってる。
まるでイメージした通りに。
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えーと、まさか、これ、魔法?
今度は地面を見て、土レンガを思い浮かべてみる。
するとやっぱり地面がずももと動いて、土でできたレンガがぼこりと一つ出てきた。
持ってみると確かに土。そして固い。
思わず顔がにやける。さすが異世界。ファンタジーだぜ。
これで俺も魔法使いだヒャッハー!
眠気も吹き飛んだ頭で外に出ると、早速色々と試してみた。
まずは土壁。
地面から厚さ20cm高さ2m幅5m位の土壁がせりあがってくる。
どうもイメージする強さに応じてできる速度が違うっぽい。強く念じればそれだけ早く土壁が現れるようだ。
続いて小石弾。
地面から無数の小石が目標に向かって飛んでいく。木にめり込むのでそこそこの威力はあるっぽい。
次は落とし穴。
地面に直径1m、深さ2mほどの穴がずずずいっとあく。
その他、土を固めたり石を脆くしたりといろいろ試してみた結果、地震とか土石流とかのでかい魔法は使えないものの、個人戦ならなかなか使いでのあるシロモノであることが分かった。
何より土をある程度自由に動かせるってのがいいね。
しかし普通、魔法っていえばなんちゃらの呪文をごにょごにょ唱えて使うもんだと思っていたが……この世界は違うのか? いわゆる無詠唱ってやつ?
ただ、使うにつれてなんとなくだるさが溜まってきたので、やはり魔力なり精神力を消費してるのは間違いなさそうだ。
ちなみに動かせるのは土や石だけで、火や水は出せなかった。うむ、使えるようになったのは土属性だけか。
制限があるとはいえ、せっかく手に入れた便利な物だ。使わずにいるのは勿体ないってことで、加減しながら早速ねぐらの全面改修に取り掛かった。
床と壁と天井をすべて平らに均して、かまどを作りーの寝床のベッドを作りーの照明を兼ねた囲炉裏を作りーの天井に煙突を作りーのお外にトイレの穴を掘りーのと、土魔法大活躍で一気にねぐらが見違えるほど文明的になった。
やー、今までは天然の洞窟にちょっと手を加えただけだったからね。
それが今や、壁に整然と並んだ工具や雑貨のもろもろ、一段高い寝床、きっちりと区切られた囲炉裏と煙を輩出する煙突。
トイレは(ボットンだけど)便器まで調子に乗って作っちゃったよ。
寝床の傍には密閉できる食料庫も備え付けて、土器もどきとして作った瓶も一新して水漏れの心配のないかっこいい(主観)ものに取り換えた。
これで当分は大丈夫だろう。
ちなみに洒落で火炎式土器を作ろうとしたが、細かいところの詰めができずに諦めたのはここだけの話。
でも悔しいのでハニワ(踊る男女)は作っておいた。
ま、これは日本人の義務みたいなものだからな。
-2-
魔法が使えるようになってから、狩りの効率が激変した。
やっぱ遠距離攻撃は楽でいいわ。
今日の獲物は角付きの馬。3頭の群れで草を食んでいるところを、離れたところから石を飛ばして足を潰して仕留めた。
これが槌鉾やナイフだとこうはいかん。なるべく近距離までにじり寄ってからダッシュして、散々追いかけまわしてやっと仕留めることができるのだから、どれだけ楽になったかは想像に難くない。
ちなみにこの馬、角付きとはいえ所謂「一角馬」とは違うようだ。
白くないし、角2本あるし、以前折った角をいじくり回してみても何も起きなかったから。
まぁ本当に癒しの力を持つ一角馬がこの世界に実在しているかはわからんが。
しかしだいぶ寒くなってきたな、そろそろ冬も近いか。
角馬を担いで歩きながら、めっきり気温が下がった空を見上げる。
リンゴもどきが熟して落ちていたことを思い出し、食料の備蓄に考えを巡らせる。
ぶっちゃけ冬を越すには全然足りない。
肉は燻製にしたり焼き干しにしたりして蓄えるようにはしているのだが、いかんせんこの虎男の燃費が悪い。
しかも毛の生え変わりが始まっており、やたらと腹が減る。
まだらで見栄えも悪いしね。
このポニーを一回り小さくした角馬にしても、食い延ばして3日程度しかもちそうにない。
もっと大物を狙えばええやんと思うかもしれないが、そうそう大物に出会える筈もなく。
それに大物すぎるとこっちが食われかねない。
回復魔法が使えりゃもうちっと無理ができるんだけどなー。
いや、贅沢は言うまい。今の土魔法が使えるだけでも十分便利に生活できてんだし。
しかしこのままでは夢の「冬の間はヒキコモリ食っちゃ寝生活」ができんのも問題なわけで。
狩りに1日、加工に1日で作れる保存食が3日分では割に合わんわな。
狩りに出かけてボウズの日も増えてきたことだし、引っ越しも考えなきゃならんか。
でも今みたいな加工にちょうどいい洞窟が早々見つかるとは思えんしなー。
などとネガティブな思考でねぐらに帰る。
魔法のお陰ですっかり機能的になったねぐらで、土を固めて作った作業台に獲物を乗せると、いつものように解体に取り掛かる。
皮をはぎ、内臓を取り出し肉を取り分ける。
内臓のうち心臓と肝臓と胃袋は食べるために取っておく。
以前は腸なんかもとっておこうかと思ったが、内容物を見てやめた。
……いや、だってね?胃袋の中はともかく腸の中身ってアレでしょ?
ホルモンは好きだが、自分で洗って食いたいかというと……ねぇ?
それに内容物に動くひも状の虫を見つけて以来食欲がだだ下がりした。
一匹二匹じゃねーんだもんよ。
やはりホルモンはプロに処理してもらったものに限るな。
んで、取り分けた肉は適当な大きさに切り分けて燻製器にセットし、燻す。
ちなみに心臓と肝臓と胃袋は洗ってそのまま生食した。こりこりむにむにの食感がたまらん。
燻している間にクレソンを取ってくる。ここのクレソンもだいぶ少なくなってきたな。
しかしこれ以外に野菜知らんしなー。
はぁ、たまには大根おろしでどんぶり飯かっこみたい。
ごろごろ野菜の味噌汁とか食いたいのよ。
……今度芋でも探してみるか。
ジャガイモと里芋、サツマイモ程度なら何とか葉っぱで見分けがつくし。
-3-
やけに静かな夜だった。
妙に冷え込む朝だった。
なんとなく嫌な予感を抱きながら、熾火を掻き起して小枝をくべ扉を開けてみると、外の景色が一変していた。
ついに恐れていたことが起こった。雪が降っていたのだ。
幸い積雪量としては大したことはない。3~4㎝程度が積もっているに過ぎない。
寒さとしてもすっかり冬毛に生え変わった自前の毛皮のお陰でそれほどでもない。
しかし、だ。食料の備蓄が万全でないところにきての雪は、正直やばい。
手元の食料はおよそ三週間分。どう食い延ばしたところで冬が越せるとは思えない。
あるいは思う以上に雪の期間は短いのかもしれないが、それに望みを託すのは楽観を通り越して自殺行為だろう。
それとすっかり忘れていたが、薪の備蓄も心もとない。
気が付いたときに粗朶を拾って集めてはいたが、こちらはもって一週間だ。
狩りをしながら冬を越すという手も考えたが、こちらも最近ボウズの日が増えてきたこともあって望み薄だ。
ここ数か月の間で大分数を減らしてしまったらしい。あるいは、冬が来たので他所に移ったか。
水源の小川も心配の種だ。万が一凍りでもしたらそれこそ水に窮することになる。
……仕方ない、引っ越すか。
いろいろ手を加えて愛着のあるねぐらだったが、背に腹は代えられない。
行商人が遺した荷車は悩んだ末に置いていくことにした。
荷車を曳いて街道を行けば結構な荷物が運べるのだが、なにぶんこちらは虎男。
村や街には入れそうもないし、街道を行けばいやでも人と出会うことになり騒ぎになるのは目に見えている。
かといって荷車を曳いて道なき道を行くのは無謀だ。
しかたなく背負い袋に詰められるだけの荷物を詰め込むことにした。
食器の類に釘と布を少し。水袋3つのうち2つには水を、1つには発酵途中のリンゴ酒を。
ついで調味料と貨幣と用途不明の輝石を仕舞い、残りのスペースには乾燥肉をこれでもかと詰め込んだ。
魔法が使えるようになった焦げ茶の玉は、いくらかの貨幣と一緒に財布がわりのポーチに入れた。
最後に背負い袋の外側に手斧とノコギリをくくりつけ、腰に槌鉾とナイフを一振りぶち込めば旅立ちの支度はなった。
しかし、これだけの荷物を背負っても平気なのだから、虎男の肉体スペックは大したものだ。
これが日本時代の肉体だったらとうの昔に餓死か衰弱死していたところだ。
とはいえ、虎男なおかげで人里に入れないのは困りものだが。
荷物を背負い、最後に忘れ物がないかねぐらの内部を見回す。
ひき割り小麦と毛皮、食器と工具農具の一部は仕方ないが置いていくことにした。
鍬とか鋤はあれば便利だが、土魔法が使えるようになった今ではわざわざ持っていく必要性がない。
忘れ物がないことを確認し、もろもろの支度を終えて外に出る。
雪は止んでいたが雲が低い。いつまた降り出すか分かったものではない。
南へ、とにかく南へ。
途中一度だけねぐらを振り返ると、あてのない旅へと足を踏み出した。
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