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逃亡失敗
平穏な異世界生活のおわり
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「…コウが知っている者なのか?」
先輩は浮く力がコントロールできないようで、体勢を崩したり高く飛んだりしている。
王子に返事はしなかった。もしかしたら記憶が無くなっていることがないかと希望をもったのだ。
「あっ、コウーー!やっと会えたー!」
俺を見つけると、発光するように笑って一直線にこちらへ飛んできた。
眩しい笑顔だが、何も感情が動かない。
彼は裸だった。均整のとれた肉体、見る人が見れば垂涎ものの筋肉は高校時代から変わらず健在だ。
近衛騎士の数名が、おぉと声を漏らしていた。
先輩は俺に近づくと、距離感を保つのが難しいらしく離れたり近づいたりを繰り返していた。
「風呂場で倒れてるところを見て、すぐに救急車を呼ぼうと離れたんだよ。
そしたら、コウの体が足から消えだしてさ。
ホログラムが解けるみたいに崩れだしたから、慌てて腕を掴んだんだ。
もしかしたらもう会えないとも思ってキスもしといたんだけど、やっぱり離れるのは嫌でさ。
こうなったら俺も消えるしかないと思って、死んできた。」
彼は終始笑顔だった。
王子が俺の右腕を掴む。心配しているのかもしれない。
「…さっきのはなんですか?」
「これー?」
先輩は手をグーパーグーパー動かした。
グーにするたびに拳周辺の空気の歪みが大きくなる。
「うーん…、なんだろうね。
とりあえず、そこの金髪くん。コウから手を離してもらえるかな?」
先輩の目が王子を捉えたと同時に、近衛騎士と宰相が俺を含めた王子の周りを囲んだ。
殺気を感じるとはこういうことなんだろう。
ほどけていた緊張感が再び張り詰める。
「…シャルだ、金髪くんではない。」
「じゃあシャル君、それ君のじゃないから離して。」
「お前の物でもないだろう。」
「へぇ~、あっそう。」
一触即発、言葉が脳裏に過った。
未知の能力をもつ先輩に、王子も緊張しているのか掴んでいる手から汗を感じる。
「王子、離してください。」
「何がトリガーかわかりません。殿下離した方が良いかと。」
王子はゴクッと唾液を飲んで、掴んでた俺の右腕を離した。
離されたのと同時に、先輩の顔が目の前に広がった。気が付いた時には抱きしめられていた。先輩は薄いブヨブヨとした膜を纏っており、それが締め付けてきて苦しい。
「コウ会いたかった。
無事で、よかった。」
きっと彼には感動の再会に違いない。
しかし俺にとっては最悪のシナリオだ。
逃げ損ねたのだ。
世界を越えても追いかけてくると、誰が思う。
俺に会う可能性に懸けて死ぬことができるヤツに、逃げられる訳がない。
せめて、この世界が施してくれた能力が逃げるために役に立つものだったら良かったのに。
―――――
王太子が目覚めたのは、あれから一日後。
意識が戻ってからの最初の一言は、「失敗だ。」だったらしい。
王太子はひどく衰弱していたが、王子に経緯を説明した。
召喚自体は上手くいった。
なぜなら人間が現れたからだ。
王太子が転移者を呼ぶ儀式をするのは二回目で、一回目は何も現れなかった。
「どうやら兄は、特定の人物を転移するつもりだったようだ。
だから一度目が失敗したとき、ひどく塞ぎ込んだのだろう。
二度目の儀式を行うまでの兄は見ていられなかった…。」と王子は語る。
人間が現れたとわかったとき、王太子はすぐにその人に抱き着いた。
呼びたかった人物だと早とちりしたらしいが、抱き着くということは深い関係にある人物だろう。
しかし、不運なことに転移してきた人物は先輩だった。
もちろん王太子の希望の人物ではなかったし、先輩は拒んだ。
図らずしも膨大な力を持っていた先輩の拒否反応は爆発となり、昨日の塔内爆発に至った。
「…先輩はこれからどうなるんですか。」
召喚した王太子が呼びたかった人物でもなく、魔導師の塔を破壊し、王子に無礼を働いた転移者の行く末…。
できることなら、強制返送をお願いしたい。
「兄とその件について話したのだが…。」
「強制返送…?」
希望が口からポロっと零れてしまった。
王子はまさか、という顔をする。
「それはない。転移した者はこの世界で天寿を全うするのが常識だ。
それに、アイツは稀有な能力を持っている。
あれは転移者に対して求めていたものだ。
力がコントロールできるよう訓練し、戦闘用に整えた上で軍事活用していくこととなった。」
「…そうですか。」
王子は俯く俺に優しい声で続けた。
「コウ、アイツの間に何かがあったのはわかる。
アイツがお前に異様な執着をしていることも…。
その点はできるだけ配慮したいと思っている。
だが、この国を治める者として我々には責任がある。
先の戦争で失った兵士たちや、来たる戦争に出向く兵士たちやその家族のためにも持てる力を惜しむ訳にはいかないんだ。
あの力を利用するためにお前の協力が必要ならば、俺はお前をアイツに売ってでも…。」
「殿下。
これ以上は言わなくてもわかります。
ね、コウ君。」
宰相に言葉を切られて、王子はハッとした顔をする。
バツが悪そうに、王子はそうだなと俯いた。
俺は返事をすることができなかった。
「コウ君、ちょっとこちらに来てください。」
宰相に連れられ、王子の執務室を後にする。
「顔、真っ青ですよ。気づいてないかもしれませんが。
ちょっと座りましょう。」
手先は冷えて、汗をかいている。
「王子はあなたが転移者としてこちらに来てくれたこと、感謝しているんですよ。
そしてそれは、あの転移者に対しても同じ気持ちです。
そのうえで、あなた方に戦争の兵器になってほしいと言わなければならない立場にあるのです。
どうか、理解してあげてください。」
自分の役割は理解したつもりだった。でも、つもりでしかなかった。
王子の呼んだ転移者が底辺スキルしかない今、先輩の稀有スキルを捨てる理由がないのだ。
そして俺が先輩を、大きな力を、操る道具になるのなら利用するに決まっていた。
もしかしたら俺にとって元の世界に居続けることより惨いことが起こるかもしれない。
「もし、あの転移者からどうしても逃げたいと思ったときには、こちらを。」
宰相から渡されたのは、青い紐だった。
「これは?」
「私の魔力が込められた糸で紡いだものです。腕や首にアクセサリーとして巻いたり、どのように持ち歩いてもいいです。おまじないだと思ってください。
ただし、王子には内緒ですよ。」
「…ありがとうございます。」
お礼を言えば、宰相は微笑んだ。
「殿下から、あの転移者のもとに連れていくよう言われているんです。向かいましょうか。」
元の世界も異世界も、先輩の支配から解放されることはない、のか。
先輩は浮く力がコントロールできないようで、体勢を崩したり高く飛んだりしている。
王子に返事はしなかった。もしかしたら記憶が無くなっていることがないかと希望をもったのだ。
「あっ、コウーー!やっと会えたー!」
俺を見つけると、発光するように笑って一直線にこちらへ飛んできた。
眩しい笑顔だが、何も感情が動かない。
彼は裸だった。均整のとれた肉体、見る人が見れば垂涎ものの筋肉は高校時代から変わらず健在だ。
近衛騎士の数名が、おぉと声を漏らしていた。
先輩は俺に近づくと、距離感を保つのが難しいらしく離れたり近づいたりを繰り返していた。
「風呂場で倒れてるところを見て、すぐに救急車を呼ぼうと離れたんだよ。
そしたら、コウの体が足から消えだしてさ。
ホログラムが解けるみたいに崩れだしたから、慌てて腕を掴んだんだ。
もしかしたらもう会えないとも思ってキスもしといたんだけど、やっぱり離れるのは嫌でさ。
こうなったら俺も消えるしかないと思って、死んできた。」
彼は終始笑顔だった。
王子が俺の右腕を掴む。心配しているのかもしれない。
「…さっきのはなんですか?」
「これー?」
先輩は手をグーパーグーパー動かした。
グーにするたびに拳周辺の空気の歪みが大きくなる。
「うーん…、なんだろうね。
とりあえず、そこの金髪くん。コウから手を離してもらえるかな?」
先輩の目が王子を捉えたと同時に、近衛騎士と宰相が俺を含めた王子の周りを囲んだ。
殺気を感じるとはこういうことなんだろう。
ほどけていた緊張感が再び張り詰める。
「…シャルだ、金髪くんではない。」
「じゃあシャル君、それ君のじゃないから離して。」
「お前の物でもないだろう。」
「へぇ~、あっそう。」
一触即発、言葉が脳裏に過った。
未知の能力をもつ先輩に、王子も緊張しているのか掴んでいる手から汗を感じる。
「王子、離してください。」
「何がトリガーかわかりません。殿下離した方が良いかと。」
王子はゴクッと唾液を飲んで、掴んでた俺の右腕を離した。
離されたのと同時に、先輩の顔が目の前に広がった。気が付いた時には抱きしめられていた。先輩は薄いブヨブヨとした膜を纏っており、それが締め付けてきて苦しい。
「コウ会いたかった。
無事で、よかった。」
きっと彼には感動の再会に違いない。
しかし俺にとっては最悪のシナリオだ。
逃げ損ねたのだ。
世界を越えても追いかけてくると、誰が思う。
俺に会う可能性に懸けて死ぬことができるヤツに、逃げられる訳がない。
せめて、この世界が施してくれた能力が逃げるために役に立つものだったら良かったのに。
―――――
王太子が目覚めたのは、あれから一日後。
意識が戻ってからの最初の一言は、「失敗だ。」だったらしい。
王太子はひどく衰弱していたが、王子に経緯を説明した。
召喚自体は上手くいった。
なぜなら人間が現れたからだ。
王太子が転移者を呼ぶ儀式をするのは二回目で、一回目は何も現れなかった。
「どうやら兄は、特定の人物を転移するつもりだったようだ。
だから一度目が失敗したとき、ひどく塞ぎ込んだのだろう。
二度目の儀式を行うまでの兄は見ていられなかった…。」と王子は語る。
人間が現れたとわかったとき、王太子はすぐにその人に抱き着いた。
呼びたかった人物だと早とちりしたらしいが、抱き着くということは深い関係にある人物だろう。
しかし、不運なことに転移してきた人物は先輩だった。
もちろん王太子の希望の人物ではなかったし、先輩は拒んだ。
図らずしも膨大な力を持っていた先輩の拒否反応は爆発となり、昨日の塔内爆発に至った。
「…先輩はこれからどうなるんですか。」
召喚した王太子が呼びたかった人物でもなく、魔導師の塔を破壊し、王子に無礼を働いた転移者の行く末…。
できることなら、強制返送をお願いしたい。
「兄とその件について話したのだが…。」
「強制返送…?」
希望が口からポロっと零れてしまった。
王子はまさか、という顔をする。
「それはない。転移した者はこの世界で天寿を全うするのが常識だ。
それに、アイツは稀有な能力を持っている。
あれは転移者に対して求めていたものだ。
力がコントロールできるよう訓練し、戦闘用に整えた上で軍事活用していくこととなった。」
「…そうですか。」
王子は俯く俺に優しい声で続けた。
「コウ、アイツの間に何かがあったのはわかる。
アイツがお前に異様な執着をしていることも…。
その点はできるだけ配慮したいと思っている。
だが、この国を治める者として我々には責任がある。
先の戦争で失った兵士たちや、来たる戦争に出向く兵士たちやその家族のためにも持てる力を惜しむ訳にはいかないんだ。
あの力を利用するためにお前の協力が必要ならば、俺はお前をアイツに売ってでも…。」
「殿下。
これ以上は言わなくてもわかります。
ね、コウ君。」
宰相に言葉を切られて、王子はハッとした顔をする。
バツが悪そうに、王子はそうだなと俯いた。
俺は返事をすることができなかった。
「コウ君、ちょっとこちらに来てください。」
宰相に連れられ、王子の執務室を後にする。
「顔、真っ青ですよ。気づいてないかもしれませんが。
ちょっと座りましょう。」
手先は冷えて、汗をかいている。
「王子はあなたが転移者としてこちらに来てくれたこと、感謝しているんですよ。
そしてそれは、あの転移者に対しても同じ気持ちです。
そのうえで、あなた方に戦争の兵器になってほしいと言わなければならない立場にあるのです。
どうか、理解してあげてください。」
自分の役割は理解したつもりだった。でも、つもりでしかなかった。
王子の呼んだ転移者が底辺スキルしかない今、先輩の稀有スキルを捨てる理由がないのだ。
そして俺が先輩を、大きな力を、操る道具になるのなら利用するに決まっていた。
もしかしたら俺にとって元の世界に居続けることより惨いことが起こるかもしれない。
「もし、あの転移者からどうしても逃げたいと思ったときには、こちらを。」
宰相から渡されたのは、青い紐だった。
「これは?」
「私の魔力が込められた糸で紡いだものです。腕や首にアクセサリーとして巻いたり、どのように持ち歩いてもいいです。おまじないだと思ってください。
ただし、王子には内緒ですよ。」
「…ありがとうございます。」
お礼を言えば、宰相は微笑んだ。
「殿下から、あの転移者のもとに連れていくよう言われているんです。向かいましょうか。」
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