隠れた君と殻の僕

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17.再会

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 桐島が教室の場所を言っていたけれど、もう頭からは抜けてしまっていた。でも、そんなことは関係なかった。仁は重く痛む体を引き摺って、迷いなく一つの教室の扉に辿り着く。ガラガラと音を立てて、戸を開いた。

「だ、誰っ」

 弾かれたように振り返る、黒髪の女子生徒がいた。そして、その傍には――。

「……勇」

 勇は机に突っ伏して顔を上げない。ふらりと近づく仁に、女子生徒が両腕を広げて立ちふさがる。

「や、やめてください。来ないで」

 女子生徒はまっすぐ、脅えたような目でこちらを見つめてくる。他の生徒と違って、意志のある強い瞳だ。洗脳されているわけじゃないらしい。学園一位だったという合田すらあの有様だったのに、なぜだろう。
 だけど、今はそんなことはどうでもいい。

「勇。……寝てるのか?」

 この状況で。仁は勇の傍に近づいた。「おい」と肩を揺さぶると、女子生徒が怒ったように言う。

「ちょっと、やめてったら!」
「なんで起きないんだ。……何があったんだ?」
「何もないわ。寝てるだけよ」
「学園中の生徒が勇の 精神感応ESPのせいで暴れ回ってるんだぞ。どこが“何もない”んだ」
「それは……」
「あんただけ無事なのは、あんたが原因だからじゃないのか」

 女子生徒は俯いたまま答えない。こうしている間にも、勇は超能力を使い続けて消耗しているというのに、仁はもどかしさでイライラした。

「わかった。なら連れて行く」
「ちょっと待ってよ! そんな勝手なこと……」
「勇を危険に晒すような奴がいる場所に、こいつを置いておけない」

 桐島達なら、勇がどんな状態にあるにせよ超能力の暴走を止めてくれるはずだ。というか、そう信じるしかない。仁が勇を抱えようとすると、女子生徒は「待って!」と叫んだ。

「あなたを忘れるように、暗示をかけただけなの!」
「は……?」
「だってあなたは……よくない感じがするから」
「俺を知ってるのか?」
「……宍倉君でしょ。入学の時に伊原君と一緒にいるのを見たわ」

 女子生徒は警戒するように、仁を睨み付けた。

「なぜかわからないけど、あなたは怖い感じがする。伊原君はずっとあなたを探してたけど、見つけないほうがいいと思ってた」

 仁は名前も知らない女子生徒の言葉を、苦い気持ちで受け止めた。彼女の言うことは正論だ。生命力を吸い取る奴なんか隣にいないほうがいい。
 でも、それとこれとは話が別だ。

「あんた、勇の友達か?」
「そうよ」
「なら、すぐにその暗示を解け。勇がこんなに苦しんでるのがわからないのか?」
「伊原君は友達思いだから、あなたを忘れたくなくて暗示に抵抗してるだけ。でも馴染みさえすれば――」
「そうじゃない。……こいつは小学生の時、変質者に襲われて死にかけたことがある。俺が通りかかって助けたが、俺という存在が記憶から消えたらどうなる? 誰にも助けてもらえなかったっていう、地獄みたいな記憶に置き換わるだけだ」
「え……」
「だから苦しんでるんだ。抵抗して暴れてるんだ。わかったらさっさと暗示を解け!」

 怒鳴りつけると、女子生徒は怯えたようにビクリと震えた。すぐさま勇にかけよって「伊原君、ごめんなさい」と謝った。しかし――女子生徒が勇の肩に触れた途端、彼女は悲鳴を上げて崩れ落ちた。

「おい、嘘だろ。……おいっ」

 女子生徒はぐったりとしたまま動かない。操られていないだけまだマシだが、勇のESPに当てられて気絶したのは間違いなさそうだった。
 暗示は解けたんじゃないのか? 仁は勇の肩を揺さぶった。

「勇! 起きろ、勇――春花っ」

 勇の肩が、小さく震えた。
 瞬きを繰り返し、それから光が戻ってくる。焦茶色の双眸がこちらを見上げた。

「……あっ」

 勇が驚いたように身を起こし、立ち上がる。よろけたように思って受け止めようとしたら、そのまま勢いよく抱きつかれた。熱くてやわらかい体が、ぎゅうっとしがみついてくる。

「仁」

 縋り付いてくる勇が、あの橋の下で出逢った時と同じように震えていたから、仁は何も言えずに、その背中に腕をまわした。


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