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16.仁・白兵戦③
しおりを挟む桐島が頭を掴んで押し倒してくる。そのせいで仁は思い切り床に顔をぶつけた。意識が飛びそうになるほどの痛さだったが、視界の端で廊下を炎が勢いよく通り抜けていくのを見た。まるで誰かが、火炎放射器でも撃ったみたいに。
「なん……」
なんだあれ、と言いかけた時に、背中で桐島の呻き声が聞こえた。見れば軍服の背中が焼け焦げている。
「教官!」
コツコツと廊下を歩いてくる音が聞こえ、仁は顔を上げた。全身に炎を纏った男子生徒がいる。
桐島が信じられないといったように、苦痛をはらんだ息を呑む。
「……合田匠だな。彼まで取り込まれていたとは……」
「誰ですか」
「この学園の……一番の実力者……だった奴だ」
だった。過去形ということは、彼を掌握した時点で勇が一位ということか。
強いだろうことは、あんな狐の襟巻きみたいに炎を纏っていることからでも充分わかる。まともに立ち向かうのは厄介そうだ。お互いに無傷じゃ済まないだろう。
「火なんてどこから……」
「……手に持ってる、スマホだろう」
桐島が苦しげに呻きながら言った。
「中の……リチウムイオン電池に衝撃が加われば、発火する。そいつを火種に……う……」
「教官?」
桐島は脂汗を浮かべてぐったりとしていた。「教官」と揺すってみるが返事がない。
自分を庇ったせいで……。仁はホルダーから麻酔銃を抜き取った。弾が装填されているのを確認し、そろりと廊下へ身を寄せる。
合田は虚ろな顔をして、廊下を徘徊していた。その太股のあたりに狙いを定める。
訓練では的は歩いたりしなかった。照準がブレそうになる。
「……っ」
当たれ、と念じて引き金を引く。しかし弾は合田の太股を掠めて、壁に突き刺さった。
合田のギョロリとした瞳がこちらを向く。
仁は階段の踊り場から飛び出した。炎が蛇のように襲いかかってくる。ろくに集中もできないまま己の波動を炎に向けた。掌が焼け付くような熱気を感じたが、炎が霧散して消える。
風を切るような音がした。反射的に飛び退く。すると、さっきまで自分がいた場所が、刀で斬ったかのようにパックリと開いていた。
「な……」
炎じゃない。これは、風だ。続けざまに風の音が聞こえて、仁は全身に波動を纏わせた。けれど粗をくぐり抜けて、風が皮膚を切りつける。
「痛……っ」
炎と違って見えない分、対処がしづらい。そもそも廊下では分が悪いことに気づき、仁は手近な教室の戸を蹴破って中に入った。机の陰に身を潜め、麻酔弾を装填し直す。血で指が滑ってなかなか入らず焦っていると、合田が教室に入ってきた。
大丈夫だ。ここなら風で襲ってきても、机が盾になるはず――。
ガタタ、と微かに机が揺れた。なんだ、地震か? そう思った時、ぶわっと強烈な風が吹き付けた。教室中の机が、一斉に風圧で持ち上がる。
「……」
声も出なかった。いくらリミッターが外れた状態とはいえ、本当にこれを人間がやっているというのか。
自分の体まで浮き上がりそうになり、仁は焦った。急いで麻酔弾を填め込む。ガチリという音に反応してか、虚ろだった合田がこちらを向いた。
机が一斉に、降り注いでくる。
「おい、いい加減にしろよ……っ!」
これじゃ波動を放ったって、落ちてくることに変わりはない。目視でいくつかかわしたものの全部は避けきれず、いくつか体にぶち当たった。
「ぐ……ッ」
桐島がやったように――波動を直接、合田にぶつければ洗脳は解けるだろう。しかし、出力を誤って命まで奪ったら?
七年前みたいに。
「――…っ」
仁は麻酔銃を合田に向けた。腹部に命中したらしく、撃たれた合田はしばらく呆然としていた様子だったが、やがてその場に崩れ落ちた。
机の欠片が散らばる教室を、仁は疲労感にハアハアと喘ぎながら、体を引き摺って廊下に出る。もはや止血しようにも、どこを手で押さえたら良いのかわからないほど、あちこちが傷だらけだった。
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