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13.仁・緊急事態②
しおりを挟む軍の基地にある訓練施設の、その中でも更に地下深くにある隔離エリア。拒否権もないまま、そこに閉じ込められた。時折、パソコンでモニター越しに講義を受ける他は、鬼のような教官から変異体の波動を抑える訓練を受けたり、ジムに突っ込まれて一日中走らされたり筋トレをさせられたりしている。常に波動を抑制するための集中力と持久力を養うには、体力を身に付けるのが一番手っ取り早いそうだ。きついが、訓練は嫌いじゃない。日の下に出られない軟禁生活でも、体を動かしていれば気晴らしになる。
「……元気でやってるかな」
大切な幼馴染みを思い出すと、こんな場所にいても少しだけ心が慰められる気がする。
七年前の事件から、あいつはスカートが穿けない。
無理に穿こうとすると全身に湿疹ができるし、吐き気が止まらなくなるらしい。事件の後、不登校が続いていると聞いて見舞いに行くと、「スカートが穿けないから学校へ行けない」と泣いていた。
「だったら、男になれば?」
子供だった自分は、軽い気持ちで言った。すると涙に潤んだ瞳を大きく見開いて、大きく頷いた。
そして大好きな特撮ヒーローから名前を取って『勇』と名乗り、自分のことを『僕』というようになった。皆が勇を気遣って誰も事件のことに触れなかったし、勇が男子の制服で登校しても当然のように接した。
勇が力に目覚めたのが、いつからなのかはわからない。最初は皆が勇を傷つけまいと、演技をしているだけだと思っていたから。でも勇が、どこへ行っても当たり前みたいに男として受け入れられるのを見て、おかしいと気づいた。
勇が女だと理解しているのは、今はもう自分だけかもしれない。
ふと、通路を歩いてくる靴音に気づいた。もう食事の時間だっただろうか。そんなことを思っていたら、シュッとドアがスライドで開く。中からは何をどうしたって開きやしないのに。
白い軍服を着た、自分の倍ほどの年齢だろう桐島教官は、三白眼で鋭くこちらを見据えた。仁は思わず怯みそうになる心を叱咤する。教官は教育に必要と判断したら、暴力を厭わない。しかもこっちが気絶しないようにネチネチと殴ってくるものだから、機嫌を損ねるとタチが悪かった。
「教官が来た時は、起立と敬礼だ。何度言えばわかる」
「……」
敬意なんて微塵もないが、寝起きで殴られるのも面倒なので、仁は立ち上がると申し訳程度に敬礼をした。桐島はふんと鼻を鳴らすと、持っていた白い服を仁に押しつける。
「着替えろ。三分後に出立する」
「……は、どこにですか」
地下の何階だろうという意味で聞いたのだが、桐島は予想外の言葉を口にした。
「才覇学園だ」
「え……」
「いまから12分前に学園内で高レベルのエネルギーを検知した。学園全体を包むほどのエネルギー波だったそうだ。その後、生徒の暴走が発生。生徒達は何らかの精神干渉を受け操られていると思われる。先遣隊を出したが、学生の大半が暴動に参加していて収集がつかない状況だ。現場と私の判断で、お前を連れて行くことにした」
暴動。学園には勇がいるはずだ。服なんか着替えている場合じゃないと思ったが、そんな仁の心を見透かしたように桐島は「着替えないと外に出さないぞ」と言った。
「軍服を着ていれば、混乱状態にあっても仲間同士ですぐ見分けがつく。基本だ」
「そんなにひどい状態なんですか」
「手早く処理する方法なら、いくらでもあるがな。相手が学生ではそうもいかん」
桐島は冷たく吐き捨てて言った。
「伊原春花はお前と同郷だそうだな」
突然出てきた勇の名前に、さっさと着替えようと服を脱いでいた仁は動きを止めた。
「あいつがどうかしたんですか」
「……写真を見ても見た目は少女、名簿にも女と記載がある。にも関わらず、生徒はおろか職員までもが伊原勇という男子生徒だと認識しているようだ。彼女は会った人間すべてに 精神感応能力を使って無分別に暗示をかけている。視覚を惑わせるほどの、強い暗示だ。これほどの能力者は、かつて例がない」
仁は「…そうですか」と呟く。勇に普通とは違う力があることを疑ったことはないが、やはり超能力者の中でも際立った存在だったのかと思う。
「超能力の波動は指紋と同じようなものでな。お前も超能力の適性を調べる際に、脳波チェックをしただろう。その記録と事件の発端になった波動を照合したところ、生徒達を操り学園を占拠した能力者は、伊原春花だと判明した」
「……は?」
「伊原春花とは恋人関係にあったのかね?」
「はあ?」
これは何の話なんだ。ついていけない。桐島の説明では、まるで――。
「春花が……超能力を使って、学園を占拠してるってことですか?」
「その通りだ」
「まさか。あいつはそんなことしませんよ」
「実際、彼女は性別を偽って、皆を騙している」
「だからって――」
「生徒の安全と対象の沈静化のため、我々は学園内に突入する。伊原春花はSランクの能力者だ。殺さず確保するよう、上からのお達しが出ている。友人であれば、対象も油断するだろう。恋人なら尚、都合が良かったところではあるが、お前の反応を見るに違うようだな」
確保ってなんだ。油断させて、沈静化? まるで動物園から逃げ出した猛獣扱いだ。
春花に――勇に何があったにしろ、こんな奴に任せておけない。自分が行っていいというのなら、願ったりだ。桐島がふんと鼻を鳴らす。
「すでに三分経過している。早く着替えろ。どうしてもその格好で彼女に会いに行きたいというのなら、止めはしないがな」
仁は下着一枚だったことに気づいて、慌てて白い軍服を着込み始めた。
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