隠れた君と殻の僕

カギノカッコ

文字の大きさ
上 下
9 / 19

9.生徒会室

しおりを挟む




 才覇学園、生徒会室。
 最上階の角部屋に位置するその部屋の前は、いつもがらんとして人通りがない。用もなく迂闊に近づいて、会長に目をつけられたら無事じゃすまないからだ。
 拾ったスマホを返すだけ、拾ったスマホを返すだけ……。勇は何度もそう自分に言い聞かせながら、生徒会室のドアの前に立っていた。勇気を振り絞って、控えめに木目のドアをノックする。中から「どうぞ」と返事があった。

「失礼します……」

 灰色の絨毯が敷かれたその一室には、会議用だろうか長方形のテーブルが一つ、奥の壁はガラス張りになっていて、陽射しが心地よく降り注いでいる。その傍にはハンモックが天井から吊してあって、合田会長が気持ちよさげに横になっていた。
 どこのセレブだよ……とたじろいでいると、テーブルの椅子に腰掛けていた眼鏡の男子生徒が「何かご用でしょうか」と聞いてきた。

「あ、の僕……一年の伊原と言います。合田会長のスマホを拾ったんですが」

 男子生徒は「ああ、そうなんですか。どうも」と勇からスマホを受け取り、合田に向かって掲げて見せる。

「会長。これって会長のですか?」

 眼鏡の男子生徒が尋ねると、合田は「あぁ…?」と眠そうに瞼をこすり、スマホを眺めた。そして勢いよく起き上がると、それを奪い取る。

「ほんまや! 俺のやん。どこにあった?」
「一年生が拾ってきてくれたみたいで。会長、島内じゃ圏外なのにスマホ持ち歩いてるんですか?」
「ダウンロードしたゲームとか漫画が入っとんやもん。一年! ありがとな」

 合田会長が二カッと笑うので、勇は「あ、いえ…」と気が抜けた。思っていたより、怖い人じゃないんだろうか。しかし話を聞いていたらしい女子生徒が「ちょっと待って」と言った。

「キミ、なんでこれが会長のだってわかったの?」

 勇は「えっ」と狼狽えた。何て言おう。

「えーと……実は、拾ったのは日野先輩で……」

 合田会長が「日野ォ?」と怪訝そうに言う。

「彼に盗られたのね。気づかなかったの?」
「よっしゃ。殴ってくる」
「やめなさいってば。相手にするだけ、日野君の思うツボよ。あの人は誰かに構って欲しくてやってるんだから……」
「わかっとるわ。けど相手してやらんと、そのうちコソ泥じゃすまんなる」
「そうね。でもいっそ、私達の手を離れた方が手っ取り早いんじゃない?」
「あんなぁ、藤野。生徒会が生徒投げ出してどうすんねん」

 『私達の手を離れる』ってなんだろう。警察も介入しないのに。
 怯えた日野の顔が、脳裏を過った。ダメ元で聞いてみる。

「それって『白服』の話ですか」

 三人が、ぎょっとしたように勇を振り向いた。やった。アタリかハズレかはともかく、彼らも『白服』について知っているらしい。合田が「おまえ、それどこで…」と言いかけ、舌打ちする。

「くそ、日野やな」
「って、会長。日野君に白服のこと話したの?」
「や、だってあいつ、全然言うこと聞かんし。せやから、ちょっと脅したったんや。『このままやったら俺より怖い連中に消されるで』言うて……」
「まったくもう。生徒に余計なストレスを与えたくないから、他言するなって先生にも言われたでしょう」

 藤野という女子生徒に叱られて、合田は「別にええやんか、それくらい」とむくれたように言い訳をする。

「『白服』って何なんですか?」

 勇がたまりかねて尋ねると、合田は「うっさいなあ」と本当に鬱陶しそうに言った。

「スマホ届けてくれたことには感謝するけど、おまえには関係ない話や」
「なんなのか教えてくれなければ、人に聞いて回ります」
「あぁ!?」

 すごまれたって、今は怖いとすら思わなかった。仁の行方の手掛かりになるかもしれないのだ。ぶっ飛ばされようがどうしようが、ここで退いていられない。
 困り果てたように眼鏡の男子生徒が言った。

「君。好奇心は身を滅ぼすよ。去年、遊びで白服を探りにいった生徒がいたけど、いまだに行方不明のままなんだから」
「え……」
「宮君まで。あれは、白服の仕業かどうかわからないでしょ?」

 藤野が言うと、眼鏡の生徒――宮が「でも」と反論した。

「この島の中でいなくなって、こっち側にいないなら、あっち側が原因としか言えないじゃないですか」
「海に落ちたとか、森で遭難したとか」
「二人とも優秀な 念力PK 能力者だったんですよ。ありえない」

 何の話かわからないけど、行方不明という言葉は聞き捨てならなかった。勇は声を張り上げる。

「その話、詳しく教えていただけませんか」
「あのねえ、伊原君だっけ? 好奇心が強いのはいいことだけど――」
「僕の友達も行方不明なんです」

 藤野に怒られそうになって、勇は急いで言い募った。事情を説明すると、三人は戸惑ったように顔を見合わせる。宮が言った。

「会長、何か聞いてます?」
「知らん」
「でも、確かに妙な話ね。再検査したら適性がなかった、だなんて。そもそも入学の時に再検査なんかしてないでしょ」

 藤野の意見に、勇も「そうなんです」と賛同した。

「そんなのなかったし、僕はあいつが島にいるって感じるんです。だから手掛かりになることなら、なんでも知りたいんです。その白服っていうのが、関係あるのかどうかはわからないけど……」

 合田が唸りながら、ガシガシと金髪頭を乱暴に掻く。

「言うても、俺らもそんな知らんで。生徒会長んなった時、向こうのエライさんが挨拶しに来て、ちょっと話聞いただけや」
「会長」

 藤野がたしなめるが、合田は肩を竦めた。

「別にええやろ、これくらい。俺らみたいに、一部の生徒は知らされてる程度のことやし。……ええか、『白服』っちゅーんは、軍の対超能力者特殊部隊のことや。超能力者が問題を起こした時に取り締まる……まぁ、秘密警察みたいなもんか。とにかく組織についても活動についても、軍の秘密なんや」

 軍。秘密警察。想像していたより政治くさい存在に勇は戸惑った。宮が言う。

「仮に、君の友達が白服にスカウトされたとしても、学校側は言えないでしょうね。構成員も機密事項ですから」
「……どんな人が、スカウトされるんですか?」
「さあ。ぼくらも、今回みたいに新入生がいなくなるなんてケースは初めて聞いたから」

 生徒会のメンバーでさえ、困惑している様子だった。藤野が俯きがちに呟く。

「挨拶に来たのは将校の人だったけど……思い出してもゾッとする。うまく言えないけど、すごく怖い感じがしたの」
「そういや藤野、えらい怖がってたなあ。ま、確かに腹黒そうなヤツやったけど」

 仁――大丈夫なんだろうか。もし本当に、そんなのに連れて行かれたんだったら、もう二度と、会えないんじゃ……。

「藤野?」

 合田が怪訝そうに呼びかける。藤野は気分悪そうに口元を抑えていた。つらそうな顔で勇を見る。

「キミ……少し、感情を抑えてくれる? 頭が痛い……」
「え、と……僕、何も」
「無自覚でこれなの?」

 これと言われても、何のことだかわからない。それに白服について聞きたいことはまだ、たくさんある。合田が言った。

 「ほら、もう帰れ。スマホはありがとーな」

 そう追い出すように言われてはもう、出て行くしかなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

処理中です...