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9.生徒会室
しおりを挟む才覇学園、生徒会室。
最上階の角部屋に位置するその部屋の前は、いつもがらんとして人通りがない。用もなく迂闊に近づいて、会長に目をつけられたら無事じゃすまないからだ。
拾ったスマホを返すだけ、拾ったスマホを返すだけ……。勇は何度もそう自分に言い聞かせながら、生徒会室のドアの前に立っていた。勇気を振り絞って、控えめに木目のドアをノックする。中から「どうぞ」と返事があった。
「失礼します……」
灰色の絨毯が敷かれたその一室には、会議用だろうか長方形のテーブルが一つ、奥の壁はガラス張りになっていて、陽射しが心地よく降り注いでいる。その傍にはハンモックが天井から吊してあって、合田会長が気持ちよさげに横になっていた。
どこのセレブだよ……とたじろいでいると、テーブルの椅子に腰掛けていた眼鏡の男子生徒が「何かご用でしょうか」と聞いてきた。
「あ、の僕……一年の伊原と言います。合田会長のスマホを拾ったんですが」
男子生徒は「ああ、そうなんですか。どうも」と勇からスマホを受け取り、合田に向かって掲げて見せる。
「会長。これって会長のですか?」
眼鏡の男子生徒が尋ねると、合田は「あぁ…?」と眠そうに瞼をこすり、スマホを眺めた。そして勢いよく起き上がると、それを奪い取る。
「ほんまや! 俺のやん。どこにあった?」
「一年生が拾ってきてくれたみたいで。会長、島内じゃ圏外なのにスマホ持ち歩いてるんですか?」
「ダウンロードしたゲームとか漫画が入っとんやもん。一年! ありがとな」
合田会長が二カッと笑うので、勇は「あ、いえ…」と気が抜けた。思っていたより、怖い人じゃないんだろうか。しかし話を聞いていたらしい女子生徒が「ちょっと待って」と言った。
「キミ、なんでこれが会長のだってわかったの?」
勇は「えっ」と狼狽えた。何て言おう。
「えーと……実は、拾ったのは日野先輩で……」
合田会長が「日野ォ?」と怪訝そうに言う。
「彼に盗られたのね。気づかなかったの?」
「よっしゃ。殴ってくる」
「やめなさいってば。相手にするだけ、日野君の思うツボよ。あの人は誰かに構って欲しくてやってるんだから……」
「わかっとるわ。けど相手してやらんと、そのうちコソ泥じゃすまんなる」
「そうね。でもいっそ、私達の手を離れた方が手っ取り早いんじゃない?」
「あんなぁ、藤野。生徒会が生徒投げ出してどうすんねん」
『私達の手を離れる』ってなんだろう。警察も介入しないのに。
怯えた日野の顔が、脳裏を過った。ダメ元で聞いてみる。
「それって『白服』の話ですか」
三人が、ぎょっとしたように勇を振り向いた。やった。アタリかハズレかはともかく、彼らも『白服』について知っているらしい。合田が「おまえ、それどこで…」と言いかけ、舌打ちする。
「くそ、日野やな」
「って、会長。日野君に白服のこと話したの?」
「や、だってあいつ、全然言うこと聞かんし。せやから、ちょっと脅したったんや。『このままやったら俺より怖い連中に消されるで』言うて……」
「まったくもう。生徒に余計なストレスを与えたくないから、他言するなって先生にも言われたでしょう」
藤野という女子生徒に叱られて、合田は「別にええやんか、それくらい」とむくれたように言い訳をする。
「『白服』って何なんですか?」
勇がたまりかねて尋ねると、合田は「うっさいなあ」と本当に鬱陶しそうに言った。
「スマホ届けてくれたことには感謝するけど、おまえには関係ない話や」
「なんなのか教えてくれなければ、人に聞いて回ります」
「あぁ!?」
すごまれたって、今は怖いとすら思わなかった。仁の行方の手掛かりになるかもしれないのだ。ぶっ飛ばされようがどうしようが、ここで退いていられない。
困り果てたように眼鏡の男子生徒が言った。
「君。好奇心は身を滅ぼすよ。去年、遊びで白服を探りにいった生徒がいたけど、いまだに行方不明のままなんだから」
「え……」
「宮君まで。あれは、白服の仕業かどうかわからないでしょ?」
藤野が言うと、眼鏡の生徒――宮が「でも」と反論した。
「この島の中でいなくなって、こっち側にいないなら、あっち側が原因としか言えないじゃないですか」
「海に落ちたとか、森で遭難したとか」
「二人とも優秀な 念力能力者だったんですよ。ありえない」
何の話かわからないけど、行方不明という言葉は聞き捨てならなかった。勇は声を張り上げる。
「その話、詳しく教えていただけませんか」
「あのねえ、伊原君だっけ? 好奇心が強いのはいいことだけど――」
「僕の友達も行方不明なんです」
藤野に怒られそうになって、勇は急いで言い募った。事情を説明すると、三人は戸惑ったように顔を見合わせる。宮が言った。
「会長、何か聞いてます?」
「知らん」
「でも、確かに妙な話ね。再検査したら適性がなかった、だなんて。そもそも入学の時に再検査なんかしてないでしょ」
藤野の意見に、勇も「そうなんです」と賛同した。
「そんなのなかったし、僕はあいつが島にいるって感じるんです。だから手掛かりになることなら、なんでも知りたいんです。その白服っていうのが、関係あるのかどうかはわからないけど……」
合田が唸りながら、ガシガシと金髪頭を乱暴に掻く。
「言うても、俺らもそんな知らんで。生徒会長んなった時、向こうのエライさんが挨拶しに来て、ちょっと話聞いただけや」
「会長」
藤野がたしなめるが、合田は肩を竦めた。
「別にええやろ、これくらい。俺らみたいに、一部の生徒は知らされてる程度のことやし。……ええか、『白服』っちゅーんは、軍の対超能力者特殊部隊のことや。超能力者が問題を起こした時に取り締まる……まぁ、秘密警察みたいなもんか。とにかく組織についても活動についても、軍の秘密なんや」
軍。秘密警察。想像していたより政治くさい存在に勇は戸惑った。宮が言う。
「仮に、君の友達が白服にスカウトされたとしても、学校側は言えないでしょうね。構成員も機密事項ですから」
「……どんな人が、スカウトされるんですか?」
「さあ。ぼくらも、今回みたいに新入生がいなくなるなんてケースは初めて聞いたから」
生徒会のメンバーでさえ、困惑している様子だった。藤野が俯きがちに呟く。
「挨拶に来たのは将校の人だったけど……思い出してもゾッとする。うまく言えないけど、すごく怖い感じがしたの」
「そういや藤野、えらい怖がってたなあ。ま、確かに腹黒そうなヤツやったけど」
仁――大丈夫なんだろうか。もし本当に、そんなのに連れて行かれたんだったら、もう二度と、会えないんじゃ……。
「藤野?」
合田が怪訝そうに呼びかける。藤野は気分悪そうに口元を抑えていた。つらそうな顔で勇を見る。
「キミ……少し、感情を抑えてくれる? 頭が痛い……」
「え、と……僕、何も」
「無自覚でこれなの?」
これと言われても、何のことだかわからない。それに白服について聞きたいことはまだ、たくさんある。合田が言った。
「ほら、もう帰れ。スマホはありがとーな」
そう追い出すように言われてはもう、出て行くしかなかった。
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