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8.屋上
しおりを挟むガチャリとドアノブをまわして屋上へ出ると、むわっとした夏の熱気と潮風の匂いがした。
「あ……」
屋上には先客がいた。ベンチに座り込んでいた彼は、勇に気づいて慌てたように、何かをポケットに突っ込んだ。
「……また、何か盗んじゃったんですか?」
勇が声をかけると、日野はビクッと脅えたように縮こまった。
合田会長と日野先輩の盗癖騒ぎは、もう何度も見かけた。本当に普通だったら、とっくに退学だろう。というかあれほど合田先輩に叱られているのに、まだ続ける気概は凄いとしか言いようがない。
日野は「べ、別に」と誤魔化すように言った。
「落ちてたから、拾っただけで……」
星見のように直感に優れていなくても、嘘だと見抜けるほど日野はオドオドしていた。勇が「何を拾ったんですか」と聞くと、ポケットからそれを取り出す。
赤いカバーのついたスマホだった。
「……どこに落ちてたんですか」
「ご、合田くんのカバンの中」
「えぇ……?」
もしかして日野先輩は、かなり厄介な嗜好の持ち主なのだろうか。死ぬほど怒られることは目に見えているだろうに、進んで火中に飛び込もうとするとは。
日野はちらちらと勇を見た。
「ね、ねえ。ボクって、すごい?」
「え……」
「合田くんのスマホ、盗んじゃうボクってすごいと思う?」
勇は質問の意味が理解できずに「はい…?」と聞き返した。その反応がつまらなかったようで、日野は失望したように俯く。
「……ボクが物を盗むと皆、すごいって褒めてくれるのに。普段はボクのこと無視してる奴らも……度胸があるって言ってくれるんだ」
「……だから、物を盗むんですか?」
「うん。だって……これは神様が、ボクにくれた力だから。万引きに失敗すると、中学では友達に怒られてたんだ。なんでもっとうまくやれないんだって。そんな時に、急に力が使えるようになったんだ。誰にも見つからない速度で、一瞬で物を盗れちゃうの。いくらでもスれちゃうの。皆、ボクのことすごいって。友達もたくさんできたんだよ」
「……先輩。それ、合田会長に返したほうがいいですよ。自分から返せば、会長も先輩のこと、見直してくれるんじゃないかな……」
まあ、多少怒られはするだろうけれども。しかし日野は「嫌だよ」とスマホを隠すようにポケットにしまった。
「合田くんはボクが何をしても、怒るに決まってるんだ」
「僕は、悪いことをしたら叱ってくれる人が、本当の友達だと思いますよ」
自分も、仁には何かと叱られたものだった。今だって授業をサボったことがバレたら「何やってんだ」と呆れられるかもしれない。
勇は溜め息をついて、空いているベンチに座った。日野がちらちらと落ち着かない様子で視線を寄越す。
「な、なんか、元気ないね」
「……友達が行方不明なんです」
この人に話してもしょうがないのに、もう抱えきれなくて勇は悩みをこぼした。
「一緒にこの島に来たのに……入学した途端、いなくなっちゃって。先生達は適性がなかったから島から帰ったって言うけど、そんなはずない。近くにいるって感じるのに」
「それなら『白服』に選ばれたんじゃない?」
日野が何でもないように答えるので、勇は驚いて振り向いた。
「白服?」
聞き返すと、日野はハッと慌てたように青ざめた。
「あ、えっと。なんでもない」
「教えて下さい。なんですか、白服って」
「ボク、お腹痛くなってきちゃった。トイレ」
日野は逃げるように出口に向かう。その白くて太い腕を、勇はがしりと掴んだ。たちまち、ざあっと冷たい恐怖が流れ込んでくる。思わず手を離すと、日野は怯えたように言った。
「『白服』の話は、しちゃいけないんだ。消されるかもしれない」
「消されるって……」
「じゃあね!」
日野が腕を振り払って走り出す。カシャンと何かが落ちた。赤いケースのスマホ。拾って顔を上げた時にはもう、日野の姿はなかった。そして、放課後を告げるチャイムがのんびりと鳴り響いた。
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