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5.生徒会長
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なんでか急に、ハートマークが頭に浮かんだ。
顔を上げると教壇に立っていた女教師、江ノ本がにっこりと微笑んだ。
「今、皆さんにあるイメージをテレパシーで送りました。受信した人はタブレットに絵を描いて、先生にデータ送信してください。何も浮かばなかったって人も、想像でいいから描いてね」
超能力訓練の授業は、とても変だ。おざなりにタッチペンで手元のタブレットにハートマークを描いて送信した。すると教壇の後ろにある大きな白い電子ボードに、いくつもの画像が表示されていく。回答者の名前は表示されていないが、ハートマークを描いているのは勇を入れて三人だった。同じものを描いた人がいてホッとする。ハートマークなんか送信して間違っていたら恥すぎるところだ。残りは丸とか三角とか、花とか先生の似顔絵らしきものを描いてる奴まで多種多様だった。
「学園内には超能力の抑制装置が働いているから、少し難しかったかもしれませんね。でもこういう環境に慣れて力を使う訓練をしていけば、皆さんの 精神感応能力は今よりもずっと強くなるはずですよ」
体に重石をつけて訓練する武闘家みたいな発想だ。電子ボートの画面が消えて、真っ白になる。江ノ本はそこに、大きなハートマークを描いた。
「正解はこれです。繰り返し訓練を行えば、精度は上がっていきますからね。優れた 精神感応能力者に成長すれば、カウンセラーやアーティスト、外交官や法執行機関など、様々な分野で活躍することができます。焦らずにがんばりましょう。ではさっそく、もう一問やってみましょうか……」
その後も飽きるくらい、いろんなマークを描かされた。他人の考えたイメージを勝手に頭に流し込まれるのは不快だし、繰り返すうちに抑制装置に酔ったのか、気分も悪くなってくる。後半はもうでたらめに描いた。
先生の頭の中を当てる授業を受けたあとは、学園内にある研究棟へ移動することになっている。そこでシナプスルームという部屋に入り、ヘルメット型の装置を被って脳波を測定される。
「生徒っていうより、実験動物になった気分だ」
脳波測定を終え、中庭を歩きながらぼやくと星見が「あながち間違いじゃないかもね」と言った。
「政府が超能力者の存在を認めて、学園を創設してからまだ二十年程度だもの。どんな教育が効果的か、手探り状態なのは間違いないと思う」
「こんだけお金かけて、カウンセラーやアーティストを育ててどうするんだろう」
「外交官や法執行機関とも言ってたでしょ。本命はそっちよ。世界中で超能力者の発掘に躍起になってる。ひと昔前までは核で脅しあってたけど、今じゃどれだけ優秀な超能力者を揃えているかで国の優劣が決まるといっても過言じゃないわ」
だとしても、僕には関係のない話だと勇は思った。政治に興味はないし、国の優劣を決めるような立場になれるとも思わない。自分が才能のあるESPだったら今頃、仁の居場所なんかとっくに特定できているはずだ。
突然――頭上でけたたましい、ガラスが砕けるような音がした。
雨粒のような強化ガラスの欠片と共に、校舎から男子生徒が落ちてくる。ドサッと地面にぶつかる嫌な音がした。
「きゃあああっ」
「うわあっ」
勇と星見だけではなく、あちこちで似たような悲鳴が上がる。落ちた男子生徒は普通に考えて死んでいてもおかしくなかったが、男子生徒は脅えたように起き上がり、這いずるようにして勇の足元にしがみついた。
「たっ、助けて」
「え……っ」
「ゴラァ、逃げんなや! 日野ォッ」
割れた窓ガラスから、またしても男子生徒が飛び出してくる。三階から飛び降りたのに、まるで階段を二、三段飛び降りたかのような気軽さで着地した。
念力能力者。星見が「伊原君!」と焦ったように言う。
「まずいわ、生徒会長の 合田先輩よ。逃げなきゃとばっちりを食らうわ!」
「に、逃げなきゃって言われても」
日野という生徒は、痛いくらい勇の足首を握っていた。
「助けて、殺される」
周囲の生徒達は「合田だ」「やばいぞ」「逃げろ」などと叫び、慌ただしく逃げていく。合田は手近にあった、学園創設者とかいうおじさんの銅像の足を掴んだ。もしかしたら、その銅像は傷んでいて亀裂が走っていたのかもしれない──粗悪なプラスチック人形の足でも折るみたいに、簡単に左足を捥ぎ取る。近づいてくる。
どう見てもヤバイ。普通じゃない。あれで殴られたらどうなるか、想像もしたくない。学園内は能力が抑制されているはずなのに、こんなに力が使えるなんて。
「あっ、あの、ぼ、暴力は……っ」
勇が一応、抗議してみると、合田は「アァ?」と不機嫌そうに眉を寄せた。
「なんや、チビ。どけ」
「チ――」
「そこにおる日野はなあ、何度も何度も注意してやっとんのに、人様の物を盗むのが趣味でやめせんのやわ。ウチには退学っつうシステムがないから、やめさせるにはボコッてでも躾るしかない。わかるか?」
盗癖。勇は思わず足元に縋り付いている日野を見た。眼鏡を掛けたおとなしそうな男子は「ヒヒ…」と誤魔化すように笑う。ぞっとした。
「……警察に突きだしたほうが早いんじゃ」
「卒業までは、能力者の管理権限は学園側にある。つってセンセエの厳重注意だけじゃ、そいつはちーとも言うこと聞かへん。そやから俺がシメてやっとるわけ。わかったら退きや」
「お前達、何をしている!」
教師達が駆けつけてくる。合田は舌打ちして銅像の足を放り捨てた。地面を軽く蹴り、驚異的な筋力――ではなく 念力なのだろう。合田はまるで風に乗るかのように宙を舞い、校舎に向かって飛び上がった。開きっぱなしだった三階の窓枠を掴み、そのまま窓の向こうへと滑り込んで逃げる。
二人の教師が合田を追い、もう二人はこちらにやってきた。日野の腕を掴んで立たせる。
「日野、話を聞かせてもらおう」
「ボ、ボクは悪くない! 合田くんが、合田くんが」
「わかった、わかった。いいから来なさい」
教師達に引き摺られていく日野を見送っていると、星見が寄ってきた。
「伊原君、大丈夫!? 振り返ったらいないから、焦っちゃった」
「う、うん。大丈夫」
嵐が通り過ぎたみたいだ。まだ心臓がドギマギしている。
これが、超能力者――格の違いを思い知った気分だった。
顔を上げると教壇に立っていた女教師、江ノ本がにっこりと微笑んだ。
「今、皆さんにあるイメージをテレパシーで送りました。受信した人はタブレットに絵を描いて、先生にデータ送信してください。何も浮かばなかったって人も、想像でいいから描いてね」
超能力訓練の授業は、とても変だ。おざなりにタッチペンで手元のタブレットにハートマークを描いて送信した。すると教壇の後ろにある大きな白い電子ボードに、いくつもの画像が表示されていく。回答者の名前は表示されていないが、ハートマークを描いているのは勇を入れて三人だった。同じものを描いた人がいてホッとする。ハートマークなんか送信して間違っていたら恥すぎるところだ。残りは丸とか三角とか、花とか先生の似顔絵らしきものを描いてる奴まで多種多様だった。
「学園内には超能力の抑制装置が働いているから、少し難しかったかもしれませんね。でもこういう環境に慣れて力を使う訓練をしていけば、皆さんの 精神感応能力は今よりもずっと強くなるはずですよ」
体に重石をつけて訓練する武闘家みたいな発想だ。電子ボートの画面が消えて、真っ白になる。江ノ本はそこに、大きなハートマークを描いた。
「正解はこれです。繰り返し訓練を行えば、精度は上がっていきますからね。優れた 精神感応能力者に成長すれば、カウンセラーやアーティスト、外交官や法執行機関など、様々な分野で活躍することができます。焦らずにがんばりましょう。ではさっそく、もう一問やってみましょうか……」
その後も飽きるくらい、いろんなマークを描かされた。他人の考えたイメージを勝手に頭に流し込まれるのは不快だし、繰り返すうちに抑制装置に酔ったのか、気分も悪くなってくる。後半はもうでたらめに描いた。
先生の頭の中を当てる授業を受けたあとは、学園内にある研究棟へ移動することになっている。そこでシナプスルームという部屋に入り、ヘルメット型の装置を被って脳波を測定される。
「生徒っていうより、実験動物になった気分だ」
脳波測定を終え、中庭を歩きながらぼやくと星見が「あながち間違いじゃないかもね」と言った。
「政府が超能力者の存在を認めて、学園を創設してからまだ二十年程度だもの。どんな教育が効果的か、手探り状態なのは間違いないと思う」
「こんだけお金かけて、カウンセラーやアーティストを育ててどうするんだろう」
「外交官や法執行機関とも言ってたでしょ。本命はそっちよ。世界中で超能力者の発掘に躍起になってる。ひと昔前までは核で脅しあってたけど、今じゃどれだけ優秀な超能力者を揃えているかで国の優劣が決まるといっても過言じゃないわ」
だとしても、僕には関係のない話だと勇は思った。政治に興味はないし、国の優劣を決めるような立場になれるとも思わない。自分が才能のあるESPだったら今頃、仁の居場所なんかとっくに特定できているはずだ。
突然――頭上でけたたましい、ガラスが砕けるような音がした。
雨粒のような強化ガラスの欠片と共に、校舎から男子生徒が落ちてくる。ドサッと地面にぶつかる嫌な音がした。
「きゃあああっ」
「うわあっ」
勇と星見だけではなく、あちこちで似たような悲鳴が上がる。落ちた男子生徒は普通に考えて死んでいてもおかしくなかったが、男子生徒は脅えたように起き上がり、這いずるようにして勇の足元にしがみついた。
「たっ、助けて」
「え……っ」
「ゴラァ、逃げんなや! 日野ォッ」
割れた窓ガラスから、またしても男子生徒が飛び出してくる。三階から飛び降りたのに、まるで階段を二、三段飛び降りたかのような気軽さで着地した。
念力能力者。星見が「伊原君!」と焦ったように言う。
「まずいわ、生徒会長の 合田先輩よ。逃げなきゃとばっちりを食らうわ!」
「に、逃げなきゃって言われても」
日野という生徒は、痛いくらい勇の足首を握っていた。
「助けて、殺される」
周囲の生徒達は「合田だ」「やばいぞ」「逃げろ」などと叫び、慌ただしく逃げていく。合田は手近にあった、学園創設者とかいうおじさんの銅像の足を掴んだ。もしかしたら、その銅像は傷んでいて亀裂が走っていたのかもしれない──粗悪なプラスチック人形の足でも折るみたいに、簡単に左足を捥ぎ取る。近づいてくる。
どう見てもヤバイ。普通じゃない。あれで殴られたらどうなるか、想像もしたくない。学園内は能力が抑制されているはずなのに、こんなに力が使えるなんて。
「あっ、あの、ぼ、暴力は……っ」
勇が一応、抗議してみると、合田は「アァ?」と不機嫌そうに眉を寄せた。
「なんや、チビ。どけ」
「チ――」
「そこにおる日野はなあ、何度も何度も注意してやっとんのに、人様の物を盗むのが趣味でやめせんのやわ。ウチには退学っつうシステムがないから、やめさせるにはボコッてでも躾るしかない。わかるか?」
盗癖。勇は思わず足元に縋り付いている日野を見た。眼鏡を掛けたおとなしそうな男子は「ヒヒ…」と誤魔化すように笑う。ぞっとした。
「……警察に突きだしたほうが早いんじゃ」
「卒業までは、能力者の管理権限は学園側にある。つってセンセエの厳重注意だけじゃ、そいつはちーとも言うこと聞かへん。そやから俺がシメてやっとるわけ。わかったら退きや」
「お前達、何をしている!」
教師達が駆けつけてくる。合田は舌打ちして銅像の足を放り捨てた。地面を軽く蹴り、驚異的な筋力――ではなく 念力なのだろう。合田はまるで風に乗るかのように宙を舞い、校舎に向かって飛び上がった。開きっぱなしだった三階の窓枠を掴み、そのまま窓の向こうへと滑り込んで逃げる。
二人の教師が合田を追い、もう二人はこちらにやってきた。日野の腕を掴んで立たせる。
「日野、話を聞かせてもらおう」
「ボ、ボクは悪くない! 合田くんが、合田くんが」
「わかった、わかった。いいから来なさい」
教師達に引き摺られていく日野を見送っていると、星見が寄ってきた。
「伊原君、大丈夫!? 振り返ったらいないから、焦っちゃった」
「う、うん。大丈夫」
嵐が通り過ぎたみたいだ。まだ心臓がドギマギしている。
これが、超能力者――格の違いを思い知った気分だった。
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