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1.嫌な記憶
しおりを挟む今でもたまに思い出す、嫌な記憶がある。
河川敷に転がる、水色のランドセル。蓋が開いて、地面に教科書や筆箱が半分ほど飛び出している。それから、その傍に白くて細い足が見えた。紺色のプリーツのスカートは、同じ小学校の制服だとすぐにわかる。毎日、教室で女子達がヒラヒラさせながら歩いているのを見ているから。
伊原 勇がそれを見かけたのは、学校の帰り道だった。薄暗い橋の下、ランドセルが落ちていた。それから女の子が仰向けに倒れていた。男の人が上に覆い被さり、暴れている女の子を抑えつけている。男は片手に包丁を持っていた。
たちまち、血が逆流するように指先まで冷たくなった。
「……っ」
誰か──
叫ぼうとしたけど、喉が震えて声にもならない。突っ立っていることしかできない勇の傍を、何かが通り過ぎた。
「何やってんだよ!」
一瞬、勇の大好きな特撮ヒーロー、“ブラックブレイブ・ユウ”が現れたのかと思った。古代の遺物「黒影の石」の力で変身し戦う、無敵の勇者。
だけど男にぶち当たったそれは、黒いランドセルだった。それから小柄な人影が、怯んだ男に飛びかかる。最近、同じクラスに転校してきたばかりの 宍倉 仁だ。転校してきて以来、一度も笑ったところを見たことがないし、いつも俯いていてあまり喋らないし、何よりボサボサ頭で目元が隠れて不気味なので、そのうちに誰も話しかけなくなった奴だ。
無口で暗い奴だとしか思っていなかった転校生は、呆気に取られて動けない勇の目の前で、変質者の男に噛みつき、殴り、暴れていた。
だけど、相手は大人でこっちは子供だ。敵いっこない。男が宍倉仁の胸倉を掴んで、人形みたいに地面に叩きつけた。勇は喉の奥で悲鳴を漏らした。男が包丁を振り上げている。
宍倉仁はよろけるように起き上がりながら、男を睨み付けて、そして叫んだ。
「――おまえなんか、死んじまえ!」
記憶は、そこで途切れている。
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