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第一章 地球圏奪還編

月面衛星軌道会戦2

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 機動戦艦スクイード、艦橋ブリッジ・・・・・。


「・・・・ヴァルキリー小隊、全滅です・・」
 立体表示された広域探索映像で小隊の全滅を確認したクルーが呟いた。

「・・そうか」

 ヴァルキリー小隊のメンバーと、過去幾度か飲み交わしたこともあるデビッドは静かに一人言ちた。

 とりわけ親密であったわけではないが、やはり自分の顔見知りであり、何よりも部下の命を預かる身としては何度聞いても耳馴れるものではない。

 しかし、そこが戦場である以上このようなことはよく起こることである。

 何より、自分すら敵艦の攻撃を受けて死を実感するまもなく消滅することもあり得るのだ。

「ヴァルキリー小隊の無念を晴らすためにも、増援が来るまで持ちこたえよう」
「現在の戦況はどうなっている」

「はい、現状両陣営とも二割五分程度の損失です。ですが、戦闘時間が長時間に及んでいる為各艦電源を大幅に消費している模様」
「補給がままならない以上、残電源を考慮して敵艦が後退してくれればいいのですが・・・」

 そう言いながらデビッドと会話するクルーは目を伏せた。

「月面を制圧すれば補給は何とでもなる上、相手も決死の奇襲だ・・・早期撤退は皆無だろう・・」
「さらに心配なのはアーセナル宇宙港か・・」

 アーセナル宇宙港は連合国家本拠地である地球圏の最外周に存在する宇宙港であり、地球衛星軌道衛星港の次に利用者の多い宇宙港である。

 太陽系統一帝国による奇襲攻撃によりすでに制圧された拠点だが、そちらの早期の奪還も行わなければならない。

 もし、そちらの奪還がうまくいかなければ仮に今回の月面衛星軌道会戦で敵を退けても今後の戦況に大きな障害となるのは明白であった。

「アーセナル宇宙港へはスクイード級二番艦『機動戦艦姫椿ひめつばき』率いる第三艦隊と同じく三番艦『機動戦艦姫菫ひめすみれ』率いる第四艦隊が奪還の為進軍しておりましたが、そちらも交戦状態に入りました」

「篠崎重工会長の双子の孫娘か・・・」

「はい」

 対艦結晶体レーザーを搭載したスクイード級二隻が率いる二個艦隊が奪還に向かっているという話は、デビッドにとって心強いことであった。

 恐らくユーリアシス皇王陛下の指示により、あえて大々的にアーセナル奪還を匂わせたのだろう。

 月面で帝国艦隊と会敵しても、すぐに戦闘にならなかったのは帝国艦隊がアーセナルへの侵攻を察知したからと思われる。

 もしそうであれば、あの若き皇王もなかなか食えない人であるということか。

 しかし仮にそれであったとすれば、益々こちらの先制攻撃に向けて砲撃許可が下りなかったことについては疑問ではあるが・・・。

 デビッドは顎に手を当てながらそう思案した。

「ぎりぎりまで帝国への平和的停戦を持ちかけていたのか・・・・」

 開戦までの裏事情はいずれにしてもいずれ分かると結論づけたデビッドは、再び戦闘に意識を集中することにした。

「艦長! 対艦結晶体レーザー間もなく冷却完了します」

「わかった。 射線軸上の艦およびSAスレイブ・アーマーへ砲撃陣形を取るように指示してくれ」

「了解」

 薙ぎ払うように照射する結晶体レーザーはあまりにも攻撃範囲が広い為、通常の陣形であれば味方艦を巻き込んでしまう。

 結晶体レーザーは配備するのに費用がかかることも理由の一つだが、味方を巻き込まずに砲撃運用する必要がある為、あまり多数の艦に配備すると運用コストに対する撃沈率などの利点が薄くなってしまうことも問題である。

 全艦配備して連射すれば脅威となるが、汎用艦にまで配備するには結晶体レンズのコスト低下が課題であるし、連射性能の向上もまたまだ問題が多い。

 デビッドの指示により、目為メナスが補助を行いながら素早く陣形変更が行われる。

 すると、それに合わせて広域探索映像に映る帝国艦隊の陣形も変わっているのが確認された。

「艦長、帝国艦隊も陣形変更しています。 どうやら魚鱗陣形でこちらの本陣を集中的に攻撃するようです」

「・・・・この展開速度、緻密な動き・・どうやら敵の大将もなかなか頭が切れるらしい」

「ヴァルキリー小隊を屠ったエースパイロットといい、帝国には厄介な人材が多数いるようだな」

「敵艦からの集中砲撃、来ます!!」

 直後、すさまじい光条が機動戦艦スクイードの近くを貫いてくる。

 それは、近接した数隻の護衛艦が瞬時に爆散するほどの激しい砲撃であった。

 ビシュゥゥゥゥゥン!!

 機動戦艦スクイードのEBシールドにもすさまじい数の砲撃が被弾して激しい閃光と音を立てる。

「・・・・くっ! これでは砲撃の為にシールドを解除できない」

 機動戦艦スクイードの重力式跳弾装甲は強固であるが、このまま砲撃しようとしている無防備な状態で被弾すればひとたまりもない。

 砲撃する前に敵の魚鱗陣形を崩さないといけない事態にデビッドは軽く舌打ちをした。

「くそ!陣形両翼展開!帝国艦隊の魚鱗陣形に攻撃を振って陣形を崩すぞ!」

「了解!」

 どうやら帝国も圧倒的に不利である結晶体レーザーへの対策を考え始めたらしい・・。

 円錐陣形を取ることも全体的な攻撃バランスが乱れる為、自軍にとって不利になる点は多々あるが、どうやら帝国艦隊はそれを捨ててでも結晶体レーザーを載せている艦を先に沈める戦法で進めるようだ。

 こうなると戦況はますますこちらにとって不利になるばかりであった。

「ジェスの艦隊が到着するまで、おそらくあと二時間くらい・・・・持ちこたえてくれよ」

 ジェス率いるシルバーフォースが到着して援護してもらえば、一転して大きくこちらに戦況が転がってくる可能性が高い。

 敵の円錐陣形を切り崩すために両翼を扇形に展開して集中砲撃を開始する。

 しかし帝国艦隊の両翼からの砲撃も苛烈で陣形をなかなか切り崩せなかった。

 魚鱗陣形を取り配置艦の密度を上げることにより、通常陣形よりも側面からの攻撃に対する防御性能が上がっている為、両翼からの攻撃がなかなか通じないのだ。

「艦長、このままでは本艦のシールドが持ちません!」

「・・・・仕方ない!砲撃陣形解除して迎撃に専念せよ!」
「・・・やむを得ないが本艦は一度後退する!」

「了解!」

「とにかく通常攻撃で援軍がくるまで耐えるしかないな・・・・」
「結晶体レーザー用の使い捨てラジエーターユニットも残り僅かだ・・」

 機動戦艦スクイードの周囲艦隊が陣形を解除したことで、それを見計らうかのように帝国艦隊も迎撃陣形へと艦隊を動かす。

 数万もの船が即座に動く姿は、まるで一体の大きな生き物のようであった。

 いままでデビッドはシミュレーターも含めて多数の艦隊戦を経験してきたが、このようなタイプは一番やりにくい相手であった。

 もし帝国艦隊全体がこれほど迅速に統率されている動きが可能であるならば、これからの連合国家において大きな脅威となるのは明白であった。

「艦長! 帝国艦隊のSAスレイブ・アーマーが接近しております!」

「迎撃レーザー用意!周囲の艦に残存しているSAスレイブ・アーマーは迎撃装備で出撃!」

 長時間の戦闘で何度か離着艦を繰り返しているSAスレイブ・アーマー操縦者マスターも心身ともに疲労しているはずだ。

 帝国軍がアーセナル宇宙港の戦いにも気を取られているのは事実だが、相対超光速度航法跳躍が使える可能性がある以上、突如の増援も否定できない。

 何せ、向こうは短期決戦を望んでいるはずだからだ。

「か、艦長!!」

 デビッドが思案していたその時、更にあわてた様子のクルーが駆け付けた。

「どうした!」

 おもわずデビッドも浮遊座席から立ち上がる。

「本艦隊後方二万キロで重力反応!立体半径七千キロ!相対超光速度航法跳躍と思われます!」

「なんだと!?」

「対象、間もなく物質化マテリアライズします!!」

「くそ!なんてことだ!?どうやら帝国は本気で畳み掛けるらしい!」

 デビッドの願いも虚しく、悪夢のように次々と真紅の艦隊が姿を現マテリアライズした。
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