記憶喪失で私のことを忘れてしまった彼をまた取り戻すまでの物語

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ゴールデンウィーク 再会編

8日目 小さかった幸せ②

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考えても仕方ないと思った俺は、途方に暮れながら浜辺をとぼとぼと歩み進める。
叫んだからなのか喉はイガイガと呼吸をする度につっかえてくる感覚が残っていた。

…しばらくは大きな声を出したくない
体も疲れ果ててボロボロだ
これ以上自分の体を無下にするのはやめよう
そんなの、昔と何も変わらない。

砂だらけのスニーカーに汗でペタ着くTシャツ、風呂にもしばらく入れていないのもあり髪もベタベタな状態がずっと続いている。
風呂は嫌いだが、このままの状態はさすがに嫌だ。
最低限の清潔感
これがこれから必要になるニートの常識だと俺は思っている。

俺はとりあえず自分の知っている場所に出ないかと身体に無理をかけないよう歩いていくことにした。
浜辺は無限に思えるほど長く続いており、よく見てみると所々浜辺を出れる階段が見て取れる。

階段を上がればこの辺に詳しい人がいるかもしれない
最初はそう考え登ろうたと考えていたが…
そんな希望を打ち砕くほど急で段数のある階段は、俺に登る気力をかき消していった。

俺に残った選択肢は浜辺を歩き続ける
そして、その中から得られた情報で場所を特定して自宅に戻ること…

…いや…きつくね????

場所が分からない上に…情報は階段を登らないと分からない
人はさっきまで浜辺を歩いていた人を頼るくらいしか…っておもっていたのだが
俺が叫んだせいかどこかに行ってしまっている。

…1人浜辺を歩く、汚らわしいクタクタのニート
助けたいと思う人も少ないだろう。
なんなら警察に通報されるんじゃないか??叫んでたし
…あ、でもされた方が俺帰れる可能性あるししてもらった方がいいのでは…?
なんなら俺が自分のこと通報して………って…なんでこんなことでま警察のお世話にならないといけないんだ、とをしていない
なんなら働いてきた偉い大人だぞ

…まぁ

…………そんな偉い俺を助けてくれる人は…今のところいないんだけど…ね…



…いやだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
こんなところで干からびて死ぬなんて!!!!嫌だ!!!!
嫌だァァァァァァァァァ!!!!!

もちろん声に出して叫ぶのは自殺行為なため、これは心の叫びである。

5月だと言うのにジリジリと体を照らす太陽の光がとても不快に感じる。
今日は暑い
多分浜辺だから暑いって言うのも関係してるのだが、初夏に近い暑さが肌をこがす。

タラタラと流れ出る汗はこれまでの老廃物にまじり少し粘り気のようなものを感じる。

「…このまま死ぬか、歩いて生きる希望を捨てないか…か」

……歩こう。

俺は嫌な汗を拭い、歩き進めることを決めた。
なんで日本でこんな窮地に陥っているのかを考えながら。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一方その頃…

兎の家付近の最寄り駅に集まっていた。
ゴールデンウィークということもあり、キャリーケースを持ち歩いている人も多々いるものの、初日では無いためそこまで人は多くなかった。

僕は冬華さんに一秋から送られてきたメッセージを見せ、準備が出来次第集まろうと話を進め結果今に至る。

駅に着く頃には鳴海さんに一秋くん
そして、舞さんが既に集まっていた。

集合場所的には兎の家よりも駅の方が近いためそれも気を使ってのことだろう。

…にしても、ノアがいなくなったって…なにが…

「ノアちゃんが居ないってどういうこと!?」

すると冬華さんは俺の考えていることを代弁してくれるかのようにみんなに伝えてくれた。

「いやまぁ…ちょっと色々あったんだけど、これは車の中で説明するからよ、早く乗ってくれ」

「お前が運転するわけじゃねぇだろ」

ベチンッ!

「イテッッ!」

一秋の隣には鳴海さんが座っており
キレのあるツッコミと頭を叩く音が車内に響いた。

運転席には舞さんが座っていることから、この車は舞さんのものだと分かる。

車は大人数乗れるまさかの黒のワゴン車
なんでこんなに大きな車を持っているのかは分からないし、便利だからなんだろうけど想像以上のサイズ感に驚きだ。

そして、車の後ろの扉が開き綺麗な車内へと招き入れられる。
しっかりと清掃が行き届いていることもあり、まだ乗ったばかりだが乗り心地はとてもよい。
ノアの心配もあり強ばっていたからだも少しだけ安らいだ気がした。

「2人とも突然呼んじゃってごめんね…また迷惑かけちゃって…今度うちのご飯安くするから」

おっとりはしているものの、元気の無い舞さんの声
バックミラーには舞の表情が写っており、そこには普段の笑顔が写っていなかった。

「いえいえ大丈夫ですよ、わざわざ車まで運転してもらっちゃってて…。とりあえずノアちゃんを探しに…」

「…そうね、とりあえず場所には思い当たる節がいくつかあるから、そこに行きましょ」

「よし!お前らこの車でノアを探しに行くぞ!」

「だからお前の車じゃないだろって」

ベチンッ!!!

再び長年の付き合いが無ければなし得ないと思われる程の痛快な音が車内に響く。

「イテッ…これ以上バカになったらどうするつもりだ!?」

「0は0のまんまだから大丈夫よ、バカがバカになるだけ」

「酷くない!?彼氏にそこまで言う!?」

「はいはい、とりあえず舞さんの言う思い当たる節のところに行きましょ」

「…そうだな」

そんなやり取りを終えた僕達はノアを探しに駅を後にした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…こんなところまで来ちゃった」

夜通し走り続け、私はとある場所に来ていた。
外はとっくに明るくなっており、体には疲労とここまで走ってきた達成感で溢れている。

私はその場所にあるとある階段に腰をかけ大きく深呼吸をした。

「…すぅ…………ふぅ……………」

不思議と息切れは無い
しかし、足りなくなっていた酸素を補給しようと息は深く深く体の中に入っていった。
緑の爽やかな香りの中には潮の香りが混ざっており、近くに海があるのがすぐに分かる。

サラサラと聞こえる波の音は何も変わらない。
あの時から…何も

「…………ただいま、こうちゃん」

私は誰もいないはずの隣に向かって聞こえるように、涙を我慢しながらそう呟いた。
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