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小石井家

昌武

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「まっさん、結婚するって本当なの?」

「本当」

「やだぁ、ひどぉい」

「誰となのよぅ」

「内緒」

この一月、何回交わした言葉だろう。
独身貴族(こぶつき)を気取っていた私が、ついに年貢を納める時が来たのである。

「云ってみたかったんだよね、年貢の納め時」

「専務……まさか云ってみたいだけで入籍したんじゃありませんよね?」

桜木秘書が呆れている。
無論それだけではない。
長年、小石井家の胃袋を支えたお蔦婆さんの引退があったからだ。
当初、家政婦紹介所にお願いしていたのだが、息子に色目を使ったり、私に色目を使ったりするので、雇用に至らなかった。

早瀬あきら。
この掘り出し物を見つけたのは本当に偶然だった。

最愛の妻、凛が命の灯火を消した時、もう、妻は娶らないと誓った。

「妻以外愛せない。
基本遊びで!」

「鬼畜ですね」

「はるひだって俺を捨てたじゃん」

「他人を名前呼びはなさらないように。
あらぬ誤解を受けます」

「はぁい」

桜木はるひは一番長く続いた「遊び相手」だ。
他の女たちは私が複数の女性たちと平行して付き合うことに難色を示したが、彼女は違った。

中学生になったばかりの頃の麟太郎が反抗期で荒れ、お蔦婆さんも私も悩んでいた。
はるひはしばらくうちで麟太郎と過ごし、話を聞いてくれた。
麟太郎が徐々に落ち着いて来た時は、天使!と思ったものだ。

「天使というのはちょっと。
甘えたかっただけなんですよ、麟くんは」

その話をするとはるひはいつも苦笑いをする。

仕事で忙殺され不在がちな父親。
愛情はあるが家政婦という遠い立場。
母親に恋い焦がれるのも当然か。

「俺ははるひがそのまま母親になってくれると思ったんだがなぁ」

「専務……」

はるひの複雑な表情、私には真意は読み取れない。
気の利く有能な美人秘書。
だが、人に深く踏み込ませない凍てついた面もある。

一方、今度妻に迎えるあきらは、実に分かりやすい。
腹芸が出来ないと云うか、目の前の問題を取り組むので精一杯と云うか。

たまには、と乗ったバスで、おじさんや運転手をなだめる女をなんとなし眺め、これは初めてのタイプだと思った。
おばちゃんのようで小娘のようで。

身元を調べると、世間知らずなほど社会に出ていないとわかった。
利害や計算をできない、ハムスターのような嫁ぎ遅れ。

面白い。

「専務。
それはセクハラです」

「えっ、もうおっぱい揉んじゃだめなの」

「結婚なさるんでしょ。
独身でも問題アリですが」

私が唇を尖らせると、はるひは楽しそうに微笑んだ。

「万が一、離婚したら遊んであげます」

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「お、お帰りなさいませ」

引っ越しをしてきたあきらが、玄関で出迎えてくれた。
蔦の割烹着を着ている。
似合う、というより着られている様子に笑ってしまう。
あきらは困ったような顔をした。

「いや、すっごく似合ってるよ」

今度裸に割烹着というのをさせてみよう。
あ、麟太郎がいるからだめか。

「なんだよ、早いじゃん」

麟太郎はキッチンから顔を出した。
珍しいところにいるな。

「……あの、旦那様」

「ほぇっ?」

蔦以外にそう呼ばれるとは思わなかった。
変な声を出してしまった。

「お蔦さん、どうしても辞めないとだめでしょうか……」

「ああ」

初めての他人の家で、色々不安を抱えているのだろう。
味方は蔦だけだと思っているのか。

「無理させられないからなぁ」

蔦の年齢を教えると、あきらは真っ青になった。
無理なお願いだと悟ったようだ。

「晩御飯はなにかな」

キッチンに向かうあきらの尻を触りながらついていく。
あきらの身体が緊張した。



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