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小石井家

麟太郎 15歳 二

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小石井家は閑静な住宅地にある。
家自体は五十年近く経っているが、必要に応じて修理しているので、不便を感じさせない。
キッチンを改装したのも、IHや太陽光発電を導入したのも、お蔦婆さんの手腕だ。

「ホントに辞めるの?
お蔦さん」

麟太郎は、幼少期より世話をしてくれた老婆との別れが辛い。
髪は真っ白でも姿勢は良い、和服に割烹着の小柄なお蔦婆さんは、歯並びの良い口許で笑った。
入れ歯なのである。

「これでも昭和一桁ですからね。
老体に鞭打つのも限度があります。
新しい奥様は気立ての良い方だそうで、蔦は安心して引退できます」

「気立ての……」

親父よ。
そこ以外、褒めるところはなかったのか。

「奥様は十年以上もお父様の介護をされていたそうですよ。
それで嫁ぎ遅れたとか」

「ああ、それは聞いたよ」

計算が合わない、と思ったら、秘書課の桜木さんより年上だった。
若く見えたな。

「ま、必要なことはこの蔦がしっかりと申し送りしておきますからね。
ご懸念なく」

「うん、お願い」

あの卵焼きは伝授してほしい。
麟太郎は強く願った。

引っ越しトラックが来た。
身の周りの物だけ、というだけあって、荷物は少ない。
タンスも、どうやって運ぶのかと思ったが、二つに別れるとは驚いた。
それをひょいと持ち上げるあきらにも。

「あ、あの」

「大丈夫です、中身は空なので運べますから」

あきらはにっこりと応じた。
蔦があきらを部屋へ案内する。
昌武は仕事で留守だ。
あきらも頼まなかったらしい。

あきらは、見合いの時とは違い、小花模様の半袖シャツにジーンズという出で立ちだ。
髪を一つにまとめ、てきぱきと動く姿は、別人のようだった。

「可愛らしい方ですね」

お蔦婆さんの楽しそうな声が、麟太郎の耳を打った。
スーツを着ていた時はわからなかったが、あきらはメリハリのあるいい身体をしていた。
秘書課の桜木さんより胸はないけど。
あのダイナマイトボディはそうそうお目にかかれるものではない。
比べる方が酷というものだ。

運転手と麟太郎の働きで、搬入は簡単に終わった。

トラックの運転手に、あきらは缶コーヒーを手渡し、お礼を云っていた。
料金は支払うんだからそんなことまでしなくても、と麟太郎には不思議だ。

「気は心、ですから」

「コーヒーアレルギーだったらどうするの」

麟太郎の言葉に、さっと血の気が引くあきら。

「どどどどうしよう、それは想定していませんでした」

「坊っちゃま、奥様で遊ばないでください」

蔦のげんこつが麟太郎の頭に落ちる。
舌を出して麟太郎が笑うと、あきらは安堵の表情を浮かべた。

蔦があきらをキッチンへ連れていく。
小石井家の味を伝授するのだろう。

「割烹着、いいですね」

「奥様もいかが?」

「いいんですか?
ぜひ」

「はい、ではこれを」

蔦が割烹着をあきらに着せている。
胸やら尻やらが隠れてしまい、麟太郎は肩を落とす。
それでも、キッチンの椅子に腰掛け働く二人を眺めた。

あきらは、蔦の説明を熱心に聞き、ノートに記している。
きびきびと動き、料理の手解きを受けている。
あの日と違い、生き生きとしていた。
これが本来のあきらなのだろう。

「いかがでしょうか、麟太郎さん」

あきらは麟太郎の前に卵焼きを出した。
指でつまんで口へ運ぶ。
嬉しい味だ。
麟太郎は蔦の手料理で成長した。

「合格ですね。
これで蔦は安心して引退できます」

あきらはそんな蔦を泣きそうな顔で引き留めた。

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