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虫が苦手だ。

幼稚園の遠足で、シートの上に弁当を直置きしてしまい、蟻の大群にその弁当が襲われた。
黒くなった卵焼きを見て大声で泣いてしまった。

そして今。
新入社員の最初の仕事だとばかりに、花見の場所取りを仰せつかった。
朝の早いうちから備品のブルーシートを持参し、程よい場所に広げる。
後は就業時間になり全員が揃うのを待つだけ。

この公園は桜の名所で、毎年花見客で賑わう。
仕事を終え、会社ぐるみで夜桜見物をするところもある。
眺めのいい場所は早い者勝ちだ。

流石に泣きはしないが、地面にブルーシートを敷いただけのところに座るのは抵抗がある。
仕事仕事、と云い聞かせて耐える。
ちなみに、蟻もブルーシートの上を歩いている。
ご馳走がないので素通りだ。
たまに足を登ってくるやつもいて、指で弾くように排除する。
人目がある、悲鳴など上げられない。

時計を見る。
一分も経っていない。
ただ待つだけ、というのは思ったよりきつい。
桜は五分咲きで、まだ肌寒い。
座っている足や尻も痛くなる。

……何か持ってくればよかったな。

本でもなんでも、暇つぶしになるものを持参すべきだった。
この場を離れて取りに帰ったりしたら、別の誰かにこの場所を取られてしまうだろう。
それは避けなくてはならない。

座り直し、なんとなくため息をついてしまう。
まだ一時間経っていない。

「ずいぶん早くに来たんだな」

顔を上げると、眞島さんが歩いてくるところだった。
立ち上がって頭を下げる。
眞島さんは大きな風呂敷包を抱えていた。

「足、辛くないか」

大きな風呂敷を広げると、座布団が三枚出てきた。
遠慮すると「汚れても大丈夫なやつだから」と手渡された。
正直、寒さと痛みで限界がきていたので、ありがたく使わせていただく。

「五年前の俺を見ているようだわー。
何も知らないからブルーシートだけ持って来ちゃったんだよな」

ホットの缶コーヒーとおにぎりを渡される。
そしてベンチコート。
涙が出そう。

「後四時間、頑張れよ」

昼時になればパートの佐久間さんが交代してくれる予定なのだ。

コーヒー、沁みる。
おにぎり、おいしい。

梅の入ったおにぎりはアルミホイルに包まれて、明らかに手作りだ。
早起きして作ってくれた…。
眞島さん…。
俺のために…。

「ああ、気にしないで。
毎年やってるから」

……ですよね。

暇つぶしにと渡された本は、坂口安吾だった。




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