お弁当食べた

横槍

町内会の花壇を手入れするために、珠絵と香苗は身支度をして大通りへ向かった。
通りの向こうに見えるアーケードに、涌井の姿があった。
香苗は声をかけようと右手を上げたが、思い留まる。

若い女性が三人、取り囲むようにいたからだ。
楽しそうに笑顔で女性達は話し、涌井も口元を緩めている。
香苗は視線を外し、作業に加わった。
珠絵は町内会長に挨拶をしている。

涌井はモテる。
香苗もわかっていた。
二人で数回出かけたからといって、特別な約束はしていない。
人生を共にする相手をじっくり選んだところで誰も責めたりしない。

「香苗」

香苗の手つきが不安だったのか、珠絵が声を掛けながら手を添える。
柔らかな土をかけられ、草花も満足気に揺れている。

「焦らなくていいの」

珠絵はいつも優しい。
小さい頃は叱られたし、喧嘩もした。
それでも最後には香苗の要求が通った。
だが、涌井のことを知ってからの珠絵は、厳しくなった。
励ましながらも譲らない。
誰の前に出しても恥ずかしくないよう、香苗を躾ける。
珠絵の迫力に香苗はたじろぐ。

香苗はお嫁さんになりたかっただけだ。
金襴緞子の花嫁御寮になりたかっただけだ。
かっこいい涌井が相手なら尚更いいと思った。

珠絵は涌井さんのためにと云うが、そこまで完璧な人間でなくともよいのではないか。
むしろ、少しできないくらいの方が頼りなくて可愛らしいのではないか。

珠絵が花の苗を植えていくのをぼんやりと眺め、そしてふとアーケードの方をもう一度見た。

もう涌井はそこにはいなかった。