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番外編
とおる、婚約者になる2
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津田山邸で生活することになり、会社でもある程度の業務を任されるようになった。
人事から正式に辞令を受けた。
いつまでも津田山翁のお抱えと云う訳にもいかないそうだ。
一人だと食事も適当になるので、徳嶋多江の食事はありがたい。
「最近はとおるちゃんも作ってるのよ」
「そうなの?」
「正式に津田山のおうちに入ったでしょ。
今までは遠慮があったみたいね。
栄養士の勉強もして、健康面も気にかけたいって」
「ほんとの親子みたいだな」
「あんたも入れば?」
多江はからかうようないたずらっぽい笑顔を浮かべた。
多江は津田山翁ととおるのことを知らないのだろうか。
「多分、このうちを二人に引き継いでほしいと思ってる」
「まさか」
「あの方はね、人を見る目はあるわよ」
多江はにんまりと笑った。
「女好きだけどね」
庭には芝が植えてあり、時々徳嶋が芝を刈っている。
石楠花が人より高くなると、ここへ来て知った。
池にはお高くはないが鯉。
水琴窟もあるのだと教えてくれたのはとおるだ。
なぜこんなところに桶と柄杓が、と不思議に思っていた。
柄杓で水を注ぐと、何ともいえない音が聞こえる。
妙なる調べに耳を済ませる、贅沢な時間。
「麟太郎さん」
とおるが俺を呼ぶ。
えっ、と俺はとおるを二度見た。
「お饅頭買ってきたの、お茶にしません」
「い、今」
「あ、もう家族なんだから名前で呼ぼうってお父さんが。
すごく画数多いのね、麟太郎さん。
何度か練習したのよ、書くの」
庭を見渡せる和室に、津田山翁はいた。
俺たち二人を微笑ましく眺めている。
俺は赤い顔をしていないだろうか。
頬をぺちぺちと叩く。
とおるに誘われて縁側に腰かける。
「まだ提出はできないけど」
にこにこととおるが広げたのは婚姻届。
俺は目を丸くした。
とおるが不安げになる。
「勝手にして、ごめんなさいね?」
「入り婿でもマスオさんでも、好きな方を選べ」
ここで素直に喜べない俺を誰か叩いてくれ。
「でも、とおる、昨日」
「だって、初めて本音で接してくれたでしょ?
壁のない麟太郎さん、嬉しかったの」
愛情かどうか、自信なはないけど、家族になりたい。
とおるはそう云った。
「バツイチだけど……」
「そ、そんなの関係ない!
俺が好きなのは今のとおるだし!」
とおるは微笑んだ。
初めて会った時は、こんな笑顔が見られるとは思わなかった。
今すぐ押し倒したい。
「婚約者がいるんだから、もう父親と添い寝はできないな?」
「心臓が弱いから、何があるかわからないって、お父さんが」
「んなわけあるか!
いい加減セクハラやめろよ、翁!」
二人が目を見合わせててへへと笑っている。
こ、こいつら。
「からかったのか」
「余裕のない麟太郎を見たいと娘が云うので、つい。
望みはなんでも叶えてやりたい」
「心臓が弱いのは本当ですよ、私へのいたずらもほどほどにしてね」
「腹上死は男のロマンなんだがな」
離婚してから吹っ切れたようなとおると、翁の会話に俺は青筋を立てていた。
「いい加減にしろっ」
そして婚姻届を懐にしまい、いつ提出をしようか考えを巡らせた。
人事から正式に辞令を受けた。
いつまでも津田山翁のお抱えと云う訳にもいかないそうだ。
一人だと食事も適当になるので、徳嶋多江の食事はありがたい。
「最近はとおるちゃんも作ってるのよ」
「そうなの?」
「正式に津田山のおうちに入ったでしょ。
今までは遠慮があったみたいね。
栄養士の勉強もして、健康面も気にかけたいって」
「ほんとの親子みたいだな」
「あんたも入れば?」
多江はからかうようないたずらっぽい笑顔を浮かべた。
多江は津田山翁ととおるのことを知らないのだろうか。
「多分、このうちを二人に引き継いでほしいと思ってる」
「まさか」
「あの方はね、人を見る目はあるわよ」
多江はにんまりと笑った。
「女好きだけどね」
庭には芝が植えてあり、時々徳嶋が芝を刈っている。
石楠花が人より高くなると、ここへ来て知った。
池にはお高くはないが鯉。
水琴窟もあるのだと教えてくれたのはとおるだ。
なぜこんなところに桶と柄杓が、と不思議に思っていた。
柄杓で水を注ぐと、何ともいえない音が聞こえる。
妙なる調べに耳を済ませる、贅沢な時間。
「麟太郎さん」
とおるが俺を呼ぶ。
えっ、と俺はとおるを二度見た。
「お饅頭買ってきたの、お茶にしません」
「い、今」
「あ、もう家族なんだから名前で呼ぼうってお父さんが。
すごく画数多いのね、麟太郎さん。
何度か練習したのよ、書くの」
庭を見渡せる和室に、津田山翁はいた。
俺たち二人を微笑ましく眺めている。
俺は赤い顔をしていないだろうか。
頬をぺちぺちと叩く。
とおるに誘われて縁側に腰かける。
「まだ提出はできないけど」
にこにこととおるが広げたのは婚姻届。
俺は目を丸くした。
とおるが不安げになる。
「勝手にして、ごめんなさいね?」
「入り婿でもマスオさんでも、好きな方を選べ」
ここで素直に喜べない俺を誰か叩いてくれ。
「でも、とおる、昨日」
「だって、初めて本音で接してくれたでしょ?
壁のない麟太郎さん、嬉しかったの」
愛情かどうか、自信なはないけど、家族になりたい。
とおるはそう云った。
「バツイチだけど……」
「そ、そんなの関係ない!
俺が好きなのは今のとおるだし!」
とおるは微笑んだ。
初めて会った時は、こんな笑顔が見られるとは思わなかった。
今すぐ押し倒したい。
「婚約者がいるんだから、もう父親と添い寝はできないな?」
「心臓が弱いから、何があるかわからないって、お父さんが」
「んなわけあるか!
いい加減セクハラやめろよ、翁!」
二人が目を見合わせててへへと笑っている。
こ、こいつら。
「からかったのか」
「余裕のない麟太郎を見たいと娘が云うので、つい。
望みはなんでも叶えてやりたい」
「心臓が弱いのは本当ですよ、私へのいたずらもほどほどにしてね」
「腹上死は男のロマンなんだがな」
離婚してから吹っ切れたようなとおると、翁の会話に俺は青筋を立てていた。
「いい加減にしろっ」
そして婚姻届を懐にしまい、いつ提出をしようか考えを巡らせた。
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