識る

ぬヌ

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第一話 最後の恋

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「―――ずっと前から好きでした!付き合ってください!」

震えながらも、はっきりとした、そんな声が響いたのは、紅葉が舞い散る並木道。

一直線に続く道の、ど真ん中でのことだった。

……今日の講義は終わり、大学から帰る途中だった俺は、突然後ろから呼び止められた。

振り向くと、そこに立っていたのは見知らぬ女の子。

ただ、姿や格好から、同じ大学に通う学生だということは分かった。

何の接点もない女の子にいきなり呼び止められるなんて、いったい何事かと身構えていると、やがて、緊張した面持ちでその子の口から発せられたのが、冒頭の言葉だったというわけだ。

「…………あー。」

まさか、急に告白されるとも思っていなかった俺は、現状に若干困惑しつつも、次の言葉を探す。

その間、二人の間に流れるのは静寂のみ。

一方で女の子の方はというと、『言いたいことは全て言い終えた!』と言わんばかりに、後は俺の返事待ちなのか、目をつむって祈るように肩を震わせていた。

「…………。」

西から差し込む燈の光が、木々の隙間を縫って二人を照らす。

空を焼く夕焼けの色が、目の前に立つその人の緊張を現すかのように頬を染めている。

…………うーん。

ザワザワと、風が吹くたびに音を出して揺れる紅葉の葉がやかましい。

そんな中、俺は腕を組んで首を傾げつつ、返す言葉に唸っていた。

―――『俺』こと【白雲しらくも 正揮まさき】は、家の近所の大学、【白河大学】に通う大学三年の学生。

別に、俺自身にこれといった特徴はないと思うけど、唯一挙げられるとすれば、顔が良いというところだろうか。

いや、自分で言うか?って笑われるかもしれないが、今、現在進行形で告白されているのだから、ちょっとは自信持っていいと、そう自負している。

ただ、それ以外でとなると、途端に何もない。

本当に何もない。

成績は普通(なんなら悪いくらい)だし、運動が凄くできるわけでもないし、金持ちの息子で御曹司とかいうのでもない。

……まぁ、最後に挙げた例で威張るやつはダサいと思うけど、ともかく、これまでの人生で何か意味のあることをしたかと問われても『大したことはしてこなかった』、そう答えるしかないような人生を、俺はこれまで送ってきたのだ。

だからこそ、この告白は予想外だった。

今までを振り返ってみても、見ず知らずの女性に告白されるなんて、初めてのことではないだろうか。

だからこそ―――

…………うーん。

俺は悩んでいた。

彼女なんて居らんし、目の前の女の子も凄くいい子そうで可愛いしで、何か問題があるわけではないんだけど。

―――逆に言えば、俺の中で

…………やっぱり、こうするか。

決心を付け、そこでやっと、俺は腕組を解く。

「…………!」

その様子を盗み見るようにこちらを伺っていた女の子は、びくっと肩を震わせる。

そんな、傍目から見ていると微笑ましく感じるであろう彼女を、俺は真剣にじっと見つめ―――

そして俺は…………

「―――ごめん、無理。あんまりタイプじゃない。」

きっぱりと、一切言い淀むことなく、清々しい笑顔で彼女に告げた。

「…………え?」

女の子は、俺の言葉を受けてか、まるで思考が停止してしまったかのように呆けている。

その上から畳みかけるように、俺は口を開いた。

「いや、そもそも俺は君のこと知らないし、君も俺のこと知らないでしょ?なのに好きになるって意味が分からなくない?君バカなの?あ、あと、単純に顔が好みじゃない。胸も小さいし。」

というか、理由としてはぶっちゃけ前半部分でも充分だろうとは思う。

それでも、わざわざ後半を付け足したのは、より拒絶の意を表すため。

「……俺は、君が思っているほど魅力的な人間じゃないと思うよ?良く見えたとしてもそれは外面だけで、中身はこんなんだし。」

あははー、と笑って自分を貶しながらも、最後は貼り付けた笑みを消して、俺は容赦なく言い放った。

「ほら、分かったなら回れ右して俺の視界から消えろ。二度と俺の目の前に現れんなよ。」

―――涙が、頬を伝って零れ落ちた。

もちろん俺からではない。

……目の前の彼女からだ。

「……そ、そうですよ……ね。私なんかが……迷惑、でしたよね。」

ぽろぽろと、溢れ出るそれを止められないのか、手で顔を覆うように表情を隠し、そして彼女は、この場から逃げるように俺に背を向けて走り去っていった。

「…………すみません。ごめんなさい。」

最後に、くぐもった声でそう言い残して。

……改めて、この場に静寂が流れ始めた。

「…………。」

ふと天を仰ぐ。

別に意味があるわけじゃない。

ただ何となく、夕暮れの空を見上げただけだ。

……ちょっと言い過ぎたかな。

女の子が最後に浮かべていた悲痛そうな表情を思い出し、俺の心には少々の申し訳なさが生まれる。

あそこまで一方的に振っておいて、今更何を言っているんだと呆れられるかもしれないが、俺だって何も思わないわけじゃない。

―――でもきっと、あの子のためにも、これで良かったんだと思う。

「…………。」

……それにしても、告白が失敗しただけであそこまで泣けるなんて、心が弱いというか、感受性豊かというか―――

そんなふうに、先程の出来事の余韻に浸るような、こんなことを考えていたその時だった。

「…………信じられない、最っ低。」

どこからか、吐き捨てるように呟かれた、侮蔑の入り混じった冷たい声が、俺の耳まで届いてきた。

「…………?」

声がしたのは前方。

見上げていた目線を元に戻し、再び正面を見ると、そこに居たのはまたもや女性。

黒くて長い艶やかな髪、鼻筋は綺麗に通っており、顔も小さくて顎もほっそりとした輪郭を描いている。

一目見ただけでも美人というのが分かるような顔立ちだ。

あとは、睨むように吊り上がった瞼が、本来の形であろう真ん丸な瞳に戻りさえすれば、可愛らしくなる気もする。

「……君はもしかして、さっきの女の子のお友達とか?」

俺は笑みを纏い直し、至って軽薄に彼女に尋ねる。

……恐らく、先程ここで起こったやり取りを、傍の木陰辺りから覗いていたのだろう。

その子が俺に向ける眼差しは、酷く軽蔑するような、そんな色を伺わせる。

「……そうだけど、もうそんなことはどうでもいい。」

俺の態度が気に食わないのか、彼女が吐き出す言葉には、怒りの声音が含まれていた。

「……告白を断るにしても、あんな断り方、流石に酷すぎると思うんだけど。」

俺のことを責めるように、彼女は俺を睨み続ける。

……いや、確かに、さっきのは正直やりすぎたかもしれないと思ったが、それを全くの他人に指摘されるのも、それはそれで納得がいかない。

俺だって、こう見えても色々考えてのあの断り方なのだから。

目の前の女の子はきっと友達想いで、自分は何の関係もないというのに、友達が泣かされたからという理由だけで俺に突っかかってきているのだろう。

……とは言ってもだ、その感覚は俺には分からない。

そもそも、相手のこともよく知らないのに、勝手に期待して、勝手に失望して、それで俺が悪いみたいに言われても、はいそうですかってなるわけがない。

「……それは俺の知ったことではないでしょ。傷付くのが嫌なら、初めから告白なんてしなければ良いんだし。」

「……っあなたね、仮にも好意を伝えてきてくれている人に対して、それはあまりにも―――」

―――残酷だ。

とでも言いたいのだろうか。

もちろん、この子が言いたいことは分かる。

好きな人に拒絶、或いはそれに似たような言動を取られれば、心は傷付く。

そんなことは百も承知だ。

でも、それでも―――

「―――俺はあの子に『好きになってくれ』だなんて頼んだ覚えはないよ。」

俺がこの態度を崩すことはない。

「…………。」

女の子は、言いかけていた言葉を忘れてしまったかのように、愕然とした表情で俺を見る。

まるで、信じられないものを目の当たりにしているかのような目だ。

「……まぁ、そういうことだから、あんまりさっきのことで話を掘り返すのはやめてほしいかな~。」

無言の時間がしばらく続いた後、俺は機を見てやんわりと口を開く。

これ以上は、互いにとって無駄な時間だと、そう判断したからだ。

「……分かったわ。私も、もう何も言わない。」

呆れの色を覗かせる彼女の顔は俯かれ、小さなため息を零れる。

随分と暗い表情で呟かれた彼女の言葉は、揺れる木の葉の風音に掻き消されそうなほど、弱々しいものだった。

「…………あの子には、もう関わらないで。」

「……もとからそのつもりだって。」

最後、それだけを俺に言い残し、彼女は俺に背を向ける。

身を翻すと同時、絹のように滑らかな長い黒髪が風に揺られ、差し込む夕暮れを反射させた。

「…………。」

そのまま、スタスタと遠くへ歩いていく彼女。

並木道の向こうへ、赤い夕焼けに照らされた場所まで。

俺は、その背中を見送り―――

「―――あっ、ちょっと待って。」

「…………え?」

その途中で、俺は彼女を呼び止めた。

まさか呼び止められるとは思っていなかったのだろう。

その子は驚いた表情でこちらを振り返り、追ってきた俺を怪訝な目で見つめる。

「ところでさ―――」

……これは、本当にただの思い付きだった。

何も深くなんて考えず、ただちょっと気になっただけで、本心ですらなかったもの。

あくまで軽いノリ、正直に言ってあまり期待もしていなかった。

―――けれど。

その一瞬、脳裏を過ったその可能性が導くその先に。

今はまだ、誰も知らないその未来が、過去の楔を打ち消すことを。

―――底なしの渇望を埋めてしまうことを。

そんな夢想も抱かぬまま、俺は続く言葉を口にした。

「―――君、俺の彼女にならない?」

「……………………は?」












































「―――ずっと前から好きでした!付き合ってください!」

紅葉舞い散る、小さな川沿いの並木道。

緊張を孕み震えつつも、健気で可愛らしい声がそこに響く。

木々の隙間から差し込む夕日が照らすは、計三つの横顔。

夕焼けよりも、頬を赤く染める一つ。

驚いたように、表情を硬直させる一つ。

―――そして。

「…………。」

そんな二つを、かたわらの木の影から見守る私、その三つだ。

―――『私』こと【薗染そのぞめ 千冬ちふゆ】は大学三年生で、場所は【白河大学】という学校に通っている。

国立の大学の中でちょっとだけ偏差値が高い学校ではあるが、別にこれといった特色は無い、至ってシンプルな大学だ。

では、どうしてこの大学を選んだのかと聞かれると、色々と事情はあるのだが、私の住んでいるアパートに近かったからというのが主な理由だろうか。

私は今現在、自立のために一人暮らしをしており、生活費や学費等々もアルバイトして稼いでいるので、通学のためにあまりお金も時間も掛けたくなかったというのが背景にある。

……とまぁ、これ以上私の話をしても何も面白いことはないので、この辺りで切り上げるとして、今は、目の前で起こっているこの状況について話すべきなのではないかと思う。

「―――私に、頼みたいことがある?」

「う、うん!」

大学の友達である【渕宮ふちみや 美咲みさき】が、私に声を掛けてきたのは、午前の講義が終わり、昼休憩に食堂へ赴いて、空いている席に腰を落ち着かせたその時だった。

「…………。」

緊張したような面持ちで、それでいて何かを期待するような眼差しを、美咲は私に向けてくる。

そんな彼女の様子に、私は苦笑を浮かべながらも、やれやれと息を吐いて話の続きを促した。

「ありがとう~!やっぱり持つべきは友だよね!」

「……ほんと、調子良いんだから。で、どうしたの?」

「あ、あのね、実は…………」

ということで聞かされたのが、今日の放課後に、好きな人に告白するという的な話の内容だった。

美咲に、好きな人がいるということ自体初耳だった私はそのことに驚きつつも、もう告白まで考えている行動力の高さに感心する。

しかし、それと同時に、美咲の話を聞いていて少しだけ不安も覚えた。

……それは、『相手側の男に』だ。

その人の名前は【白雲 正揮】。

一方的にではあるが、私もその人のことは少しだけ知っている。

同じ大学の三年生。つまりは同級生で、彼の特徴は何と言ってもあの銀髪だろうか。

『銀』とは言っているが、どちらかと言うと雪のような『白』をイメージした髪の色で、目にはカラコンを入れているのか、薄く蒼が輝いている。

およそ学校では珍しいその格好に、周囲からの評判は賛否あるが、集団に紛れていたら浮きはするのに、彼を単体で見るとその格好には何故か違和感がなく、変な感じが全くしない。

それどころか、『似合っているから良いじゃん。』という声も聞いたことがあるくらいだし、きっと美咲もその口なのだろう。

…………でも。

美咲の浮ついた顔を見ながら、私は思考に耽る。

……これは個人的な好みだけれど、付き合うなら、私は誠実な人の方が良いと思っている。

しっかりしていて、心に強い芯があって、周りの人にも分け隔てなく優しくしてくれるような、そんな人が私の理想だからだ。

それに対して白雲くんは、飄々とした性格をしてそうだし、直接話したことはないけどチャラそうだしで、私にはあまり、彼に良い印象を持っていない。

いや、もちろん憶測だけで語るのなんて、本当に失礼なことだというのは分かっているのだけど、彼に対して、どうしてもそのイメージを払拭出来ないからこそ、私は美咲のことが心配になってしまった。

「……私はあまりその人のことを知らないから、適当なことは言えないんだけど、その、大丈夫なの?」

「……?なにが?」

「……え?いや、なんと言うか、その…………」

……信頼出来るのかなぁって。

美咲は大事な友達だし、彼女の言動はできる限り尊重したいとは思っている。

しかし、大事な友達だからこそ、傷付いて欲しくないというのが本音だ。

皆がみんなそうではないということは重々承知しながらも、男性も女性も、少なからず本当に酷い人が存在するということを私は知っている。

想像で話して本当に申し訳ないけれど、私の推測では白雲くんは、どちらかと言うとその質が濃いように思うのだ。

そう思う理由の九割は、あの特殊な見た目から膨らむ勝手な想像で、何も根拠なんてものはない。

それでも、ふとした時に視界に映る彼の立ち居振る舞いや言動からは、誠実な雰囲気を感じ取れなかった。

「…………。」

人を好きになるのは良い事だと思うし、もちろんその恋を応援したい気持ちは山々なのだが、如何せん相手の素性が分からなすぎて、ちょっと踏みとどまって欲しいという気持ちが、私の胸に芽生えているのだ。

そんなふうに、首を傾げて唸っていると、私のその考えを更に助長させるように、美咲は遠い目をしながら呟く。

「いやー、それがね?私もその人のことをよく知らなくて……」

「…………はぁ?」

よくよく話を聞いてみると、たまたま白雲くんと講義の時間が被った際、偶然隣の席になって、物珍しものを見るように彼を見ていたら、なんだか胸がドキドキしてきて、それに気付いた彼が話しかけてきて、その余裕のある態度に惚れた、と。

チョロすぎる……!

私は愕然とする。

大学入学したての頃から付き合ってきた一番の友達が、まさかこんなにも落ちやすい子だったとは。

確かに昔から、色々なことに目移りして、一目惚れが激しい子だなとは思っていたのだけれど、それにしたって、ちょっと話しただけで惚れるだなんて、チョロいというレベルではない。

「……というか、そんな浅い関係値じゃ、告白したって成功しないと思うけど。」

講義の後、その人と連絡先を交換したわけでもなければ、それっきり一度も話していないということなので、どう考えても告白のタイミングは今ではない。と、私は彼女に告げるのだが…………

「……で、でも、白雲くんに好きだってこと伝えたいんだもん。それに、もし無理でも友達から始められたりなんてことも無きにしも非ずだし?」

あくまで告白するのは決定事項なのか、多分ここから彼女の考えを改めさせるのは不可能だろう。

「……以前から面識があったならまだしも、ほぼ初対面に近い形で告白して、断られたとしても友達から始めたいって、それはそれでハードル高いと思うけど。」

「……うっ、そ、そうかもしれないけど、でも、やってみなきゃ分からないでしょ!」

―――ということで、私は現在、美咲が白雲くんに告白している様を見せられている。

「……一人で行くのはやっぱり怖いし付いてきて欲しい。離れたところで見守っててよ。」

美咲からそんな頼みを受けて、私は思わず頷いてしまったが、実際その場面を目の当りにしてから、そのことを少しだけ後悔していた。

もちろん、告白が成功したら万々歳、私もそっちの方が嬉しいに決まっている。

……しかし、今回のこれはどちらかと言うと『賭け』に近いものだ。

失敗する確率は高いし、そうなれば必然的に、私が美咲の慰め要員になるということ。

……勘弁してほしいんだけどなぁ。

美咲は、悲しいこととか辛いこととか、マイナスな感情はいつまでも引きずることが多いので、奮起させるのに、いつもそれ相応の励ましが必要である。

しかも今回の場合は恋愛絡み、その上、以外にも『初恋』ときたものだ。

もしその恋が破れたりなんかしたら、ダメージは相当なものになることが予想される。

……だから心配だし、見守りに来たっていうのもあるんだけどね。

やがて、どれだけ時間が経ったのだろうか。

美咲の告白を受けて、悩む素振りを見せていたその人は、やっと返事を決めたのか、真剣な表情で美咲を見つめる。

あんな顔もするんだ…………。

学校でたまに見かける際は、いつも眠そうだったり、ヘラヘラしていたりで、締まらない表情の人だと思っていたけれど、今、美咲を捉える瞳は真っ直ぐ正面を向いており、どこまでも澄んでいるような、そんな蒼色を覗かせていた。

……そんな彼の、吸い込まれそうになるほど深い眼の色を、私は『綺麗だ』と素直にそう思ってしまった。

―――人に抱く印象なんてものは案外直ぐに変わってしまうもので、ただ彼の真剣な表情を見ただけで、私の中にあった彼の悪いイメージも無意識のうちにあっさりと払拭されていく。

……もしかして、あまり悪い人じゃないのかも。

―――だからいとも簡単に、そうやって騙されてしまう。

「―――ごめん、無理。あんまりタイプじゃない。」

…………え?

次の瞬間、真っ直ぐと美咲を見ていたはずの彼の瞳は薄らと細まり、軽薄な笑みを目の前の彼女に向ける。

それは、いっそ清々しくも思える笑みで、何の躊躇いもないように残酷な言葉が吐き出された。

「いや、そもそも俺は君のこと知らないし、君も俺のこと知らないでしょ?なのに好きになるって意味が分からなくない?君バカなの?あ、あと、単純に顔が好みじゃない。胸も小さいし。」

自分が言われているわけでもないのに、その一言一句が棘のように心臓を刺激する。

真正面から直接その言葉の羅列を、しかも好きな人から浴びせられている美咲の辛さは、最早もはや計り知れない。

……嘘、でしょ、あの人。

私は、目の前で起こっているその光景が、現実であるのかを一瞬疑ってしまった。

告白を断られること自体は、確かに私も予想していたけれど、でもあれは違う。

……あれは、ただの侮辱だ。

この時、確かに私は怒りを感じていたと思う。

当然、目の前で友達が貶されているこの状況にだ。

……しかし、それ以上に、彼の言葉の数々が私には衝撃で、私は怒ることを忘れ、呆然とその光景をただ眺めることしか出来なかった。

「……すみません。ごめんなさい。」

美咲が彼に背を向けて、逃げるように私の真横を過ぎ去って行ったその時まで。

「……っ。」

すれ違い様に見えたのは、溢れんばかりの涙を目元に溜めて走り去る彼女の表情。

ただ『悲しみ』を表現するしかないような、そんな、彼女の瞼を濡らす雫を視界の隅に捉えた瞬間、思い出したかのように、私の胸の内側には怒りが込み上げてきた。

……彼に抱く印象は、事が起こる前よりずっと地の底に陥落。

間接的であろうと、もう二度と彼とは関わりたくないと、私はそう思った。

……だからこそ、なのだろうか。

どうせ二度と関わることも無いのだし、最後にあの男にボロくそ言ってやろうと、そんな考えが脳裏を過ぎった。

……いや、流石に暴言を吐いたりすれば、私もあの人と同類ということになってしまうので、あくまで、『先程の行いを後悔するまで責める』程度に抑えて。

別に、美咲にそんなことを頼まれたわけでもないし、彼のことを責める権利が私にあるとも思えないけど、それでも、言われっぱなしというのは癪だった。

……『美咲のため』だなんて言わない。これは、あくまで私個人の問題。

そして私はその場から一歩踏み出して、彼に向かって吐き捨てるのだ。

―――『あなたは最低な人だ』と。

結論から言うと、この時に取った私の行動は、私の人生の中で間違いなく一番の選択だった。

あの日、あの時、あの行動を取っていなければ、私の人生はもっと平坦で、何の面白みもないものになっていたと思う。

……しかし、それは今だからこそ言えることであって、そんなことは露も知らない当時の私は、この時の行動を人生で最も後悔していた。

…………だって。

「―――君、俺の彼女にならない?」

「……………………は?」

……その日から、訳の分からない男に絡まれる地獄のような日々が幕を開けてしまったのだから。
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