闇の覇王と無垢な花嫁

満姫プユ

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不運

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   全く反対方向へと向かう祐羽を止めるものは誰もいない。
   さ迷う祐羽に、先程から明らかに大人の男が声を掛けてくる。

「どうしたの?」 

「ひとりなの?」

「どこ行くの?」

  そして最後に必ず言う台詞は「これから良いところに連れていってあげようか?」だった。

  良いところって、どんな所だろうか?
  そんな興味も一瞬沸いたが、当然怪しいと思い誘いに首を横に振って逃げた。

  この街は大きすぎた。
  普段来ることの無い街。
  それも夜ともなれば、日本ではない別の世界に来たようにも感じる。

「…ここ、どこだろう?」

  完全に迷子になっていた祐羽はキョロキョロと周囲を見回しながら歩いていた。

「…っ」

  足早に通り過ぎる人と、ぶつかりそうになり祐羽は慌てて避けた。

ドンッ

「痛ってーな、ゴラッ!」

「わっ!?」

  通行人を避けた祐羽は、運悪く反対に居た男にぶつかってしまったのだ。
  そして、慌てて謝ろうと頭を下げかけた祐羽の謝罪を男が遮る。

「おーい、まさか頭下げて、はい終わりじゃぁねぇだろうな~?」

「おいおいおい。そんなんで世の中まかり通ると思ってんのか?」

  次々と男たちに罵られる。
  周囲は関わりたくないといった様子で、祐羽達を避けて通りすぎていく。
  質の悪い男が三人。
  どう考えても不利だった。
 
どうしようっ、どうしようっ!

  こんな状況は生まれて初めてで、どうしていいか分からずパニックになる。
  地面に視線を落としたまま、流れる冷や汗を感じながら打開策を考えても全く思い付かない。

「治療費貰わねぇと、治療費~!」

  ぶつかった男だろう。
  治療費を寄越せと言い放ってくる。
  使い古された脅し文句だが、今の祐羽には十分に効力があった。
 
  お金を払えば解放してくれるんだろうか。
 
   祐羽は、財布の中身を渡して謝って許してもらおうと結論づけた。

  震える体を叱咤して頭を下げ、声を振り絞る。

「あ、あのっ。本当に、…ぼ、僕の不注意で、すみません、でした…」

  オズオズと鞄から財布の中身を取り出すと、震える手で差し出した。
  全財産の千円札を三枚だ。

「はぁっ…!?ふざけてんのか~あぁっ!?」

「…‼」

  頭上から乱暴な言葉を浴びせられる。
  祐羽は、恐怖から全身を凍りつかせた。

「お前、こんなシケタ金で俺の肩が治るわけねぇだろがっ!」

「うっ…、ごっ、ごめんなさい…ッ…」

  とうとう恐怖のあまり、祐羽は涙を浮かべた。
  そして、情けない顔で相手の様子を窺った。
 
  どこからどう見ても、タチの悪いチンピラだった。
  センスの悪い服を着崩していて、偉そうにふんぞり返っている。
  そんな男達が、祐羽を見て表情を一変させた。
  目を見開いて、次にはお互いニヤニヤと下品な笑いを溢す。

「本当に、ごめんなさい…あっ、う、すみませんでした…っ」

  祐羽は、もう一度頭を下げた。
  それから男達を見上げる。

  許して欲しいと本気で思いながら、視線に熱を込めて。

  祐羽の黒目がちな瞳でウルウルと見詰められ、男の喉がゴクリと鳴った。

  すると男は態度を一変させた。

「おぉっ…。ま、まぁ反省してるなら許してやってもいいかな~?」

「えっ…あ、ありがとうございますっ!」

  男の言葉に、祐羽は次の瞬間笑顔で礼を述べた。
  この場合、理不尽な事を言っているのは相手なのだが、疎い祐羽には分からない。
  許して貰えたと安堵の溜め息をついた。
 
  だが、祐羽は全く理解出来ていなかった。

  許して欲しいと上目遣いに潤んだ目を向けられて、男達は金よりも面白く満足出来る事があると閃いたのだ。
 
  本当にお子様としか言いようがない一般人を前に、この先の展開を想像して楽しくて仕方がないといった表情を少しも男達は隠さない。

「さて、その三千円を受け取るから示談の書類を作ってお前に渡さなくちゃな!」

「…示談の書類?」

  何の事か、さっぱりな祐羽は首を傾げる。

「あ~ッ…領収書みてぇなもんだ。お前から金を確かに受け取ったっていう証拠だ。後から受け取ってないからまた払えって言われたらお前も困るだろ?」

「わ、分かりました」

  証拠なら絶対に残して貰っておいた方がいいだろう。
  祐羽はコクンと頷いた。

「ここには紙もペンも判子も無いからな~。会社が近くなんだ。悪いが着いてきてくれ」

  そう言われれば、断るわけにもいかず。

「はい」

  祐羽は再び素直に頷いたのだった。
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