拝啓ピアニスト

端喰 もず

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プロローグ

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始まりは確か妙に風の強い、
五月の晦のある日だっただろうか。

私はとあるピアニストに出会った。 


定期演奏会も終わって、
さァ夏のコンクールに向けて動こう。
と本腰を入れる頃だった。
 とは言ったが、コンクールというものに過度に力を入れる部活柄ではなかったため、
惰性でコンクールの練習をし、
惰性でコンクールに出る。
そしてすぐ敗退。引退。次の代…
という、まあ、微妙な程度の吹奏楽部だ。


そんな部活に、
何の音沙汰も噂も起こさずに
あのピアニストはこの部活にやってきた。


定期演奏会の演奏を聞いて、入りたいなって。


本当の理由も述べずに、平坦な声色で挨拶を済ませ、
彼は私たちの吹奏楽部に入部した。


1部の女子達がきゃあきゃあと黄色い声を上げ、
楽器をほっぽって彼に話し掛けに行った。


まあ、深く関わることは少ないだろう。

そう思いながら、私は夏コンの譜面と格闘する作業に戻ることにした。
あちらから聞こえてくる、甲高い媚びた女の声と、困り果てている彼の声が少し煩かった。
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