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人材確保
しおりを挟む――――アクエリアスコロシアム 王国軍臨時医療キャンプ内。
個室になったテントで、わたしは簡易ベッドに腰掛けていた。
目論見は完全に失敗した。故郷を救えず、今では悪しきテロリストとして終焉を待つだけ。
エーテルスフィアも破壊され......っというかあの金髪と一緒に壊したんだけど、兵器を盾に政府と交渉というのはもう不可能だろう。
結局――――姉さんにも迷惑掛けちゃったな......。
わたしが後の祭りに浸っていると、テントの布越しに名前が呼ばれた。
「ミーシャ・センチュリオン、王国陸軍連隊長、アルマ・フォルティシア中佐が面会を希望している。大丈夫だな?」
任意という名の強制面会なので、たとえ嫌でも肯定の意を示す。
軍の士官がなんの用だろうか、やられるかもしれない悲痛な拷問や罵詈雑言を覚悟し、その軍人をテントへ入れた。
「面会に応じてくれたこと感謝する、王国軍のアルマ・フォルティシア中佐じゃ。まあまずは座って話そうではないか」
予想に外れてというか下回ってというか、現れたのは小柄で華奢な女性。
口調もやわらかく、とても軍人には見えない。
「それにしても可愛らしいネコミミと尻尾じゃのー、今年でいくつになる?」
「......13です」
「なるほどのー、部下からは炎魔法の使い手と聞いておるが、どの程度使えるんじゃ?」
新手の尋問だろうか......身構えていた分ホっとしてしまうが、ブラフの可能性もあるので警戒はやめない。
「炎は武器に付与したり、弓のように具現化して遠距離攻撃もできます。」
「応用も自由というわけか、やはりおぬしで決まりじゃな」
決まり? 一体なんの......。
「なーにそう身構えんでもよい。単純な話じゃ、わしの部下にならんか?」
「は?」
意味がわからなかった、敵であるわたしを部下に?
妙な策略かもしれないし、そもそも目的が意味不明すぎる。
「わたしはあなたの敵であり、テロリストですよ? 死刑か終身刑の隠語ですか?」
「隠語もヘチマもありはせん。ここで頷くか、"拷問されて牢屋へ生涯ぶち込まれるか"の2択じゃて」
背筋に嫌な悪寒が走る、心臓を握られたような感覚とはこういうことを言うんだろう。
目の前で怪しく微笑む女性士官は、硬直するわたしに続けて言い放った。
「おぬしは確かに罪を犯した、国家反逆罪を犯したテロリストとして明日にでも極刑が決まるじゃろう」
「ッ! だったら――――!!」
立ち上がった瞬間、女性士官は行動を読んでいたように両手首を抑え、わたしを後ろのベッドへ押し倒した。
天井の照明を背に、身動きの取れなくなったわたしへ問いかける。
「残念ながら王国に優秀な人材を遊ばせる余裕は無い、使えるものは何でも使い、借りられるならば汚れた猫の手も借りたいんじゃよ」
「それでわたしに......?」
「嫌なら嫌で別にかまわん、その代わりおぬしは生産性の無い肉袋として牢で一生を過ごすか、裁判で死刑となる」
"死"という単語に本能が無意識に恐怖する。
覚悟していたはずなのに怖い、この期に及んで死にたくないと体が叫ぶように震えだす。
「まだ判断材料が足りぬか? ではおぬしが今回テロに加担した理由、アラル村の安全保障についてじゃが......」
どこでそれを知ったのだろう、けれどその口から語られた内容は予想だにしていなかったもの。
「今回の事件で、世論は軍の駐屯地増設を強く望むことが予想される。同時に亜人保護区の現状を広めれば、保護区への駐屯派が多数を占めるじゃろう」
王国の人的資源が沸騰したわけでもなさそうなのに、なぜここまで押してくる?
この士官は本当にわたしをどうしたいんだ。
「お前がもしもわしの部下になるというなら、駐屯派の意見が増えるよう働きかけてやろう」
上から押さえていた腕を離し、女性士官はわたしの耳から頬までを優しく撫でた。
「なぜそこまでするの? 王国軍の人的資源が減ってるわけじゃないんでしょ?」
「おぬしのように若い芽はいつだって国の貴重な宝なんじゃよ、今回の事件を償って余りあるほどに使い潰した方が、戦略的にはプラスになるというだけじゃ」
この士官の本当の目的はわからない、けど村から魔物の脅威が去るのなら......。
たとえ利用されるとしても、知らずに利用されてた今までより、知ってて利用されるこれからの方がよっぽどマシだ。
「――――わかった、あなたの条件を呑む。その代わりアラル村の安全保障を確固たるものにしてもらいたい」
ここで変われなければそれこそ動物的、人間的な死だ。
猫の手どころか、わたしは体から魂までも差し出させられる、だけど後悔や後ろめたさは無い。
「心得た、おぬしの故郷は我々王国軍に任せよ。立場や扱いは追って伝える。改めてよろしく頼むぞ、ミーシャ・センチュリオン騎士候補生」
利害の一致、今日をもってネロスフィアからは離脱。次の就職先は魔法王国の軍隊か......。
ベッドから離れたフォルティシア中佐が、出口を前にピタリと止まった。
「ああそれと......"人的資源"という言葉は今後あまり使わんでくれ、わしの中の『最高に胸クソ悪い言葉リスト』に入っとるんじゃ」
兵士を消耗する数字として見る士官が、珍しい話だ。
肯定すると中佐は静かに退室していった。
「これからこき使われるだろうな......」
ベッドに横たわる。
元々投げ捨てた命だ、毒を食らわば皿までも。こうなったらとことん進み続けるしかないのだ。
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