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森林突破戦

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 ――――森の入り口付近。

 待機中だった魔導戦車は再びエンジンを唸らせ、いよいよ無理無茶無謀の行動に出ようとしていた。

「操縦は?」
「問題ありません、どんな悪路でも突破できますよ」

 念入りに、戦車のコンディションを乗組員に確認していく。
 ルクレール2曹が戦車長にあって、欠かすことのできない作業だ。

「弾は?」
「対戦車榴弾をいつでも発射可能ッス!」

 答えは通常にして最高のそれ、各員の報告を受け、ルクレール戦車長は速やかに判断を下した。

「よし、これより我々は孤立した友軍の救援へ向かう! 火事の恐れから許可あるまで主砲の使用は禁止。オーガを射程に据えるまでは《魔導機関砲》を撃ちまくれ!」

 森林地帯の突破、オーガに76ミリ砲をブチ当ててやるため、この血税の塊を動かすのだ。

「戦車前進ッ!!」

 履帯が湿原をひっくり返し、怪物のような轟音が響いた。
 眼前に広がる森林へ突っ込み、小川を頼りに北の海岸を目指す。
 最初こそ順調だったものの、障害はすぐに現れた――――

「前方! フードプラント・エルフ多数! 行く手が阻まれています!」
「報告にあった触手野郎か、戦車の前に立ちふさがるとは良い度胸だ! その心意気に答えるぞ!!」

 ルクレール戦車長が上部の魔導機関砲、セリカが砲塔同軸のそれを動かし、前方の触手群へ向けた。

「撃てッ!!」

 青色の弾幕が張られ、触手はノコギリを振り回されたかのように引き裂かれていく。

 上級魔道士にすら匹敵する火力に加え、超重の車体が地面ごと踏みつぶしていくのだ。
 その光景はさながら"伐採"と"整地"、小川を砕き下りる様は、オーガ顔負けと言って良い。

「こんな川下りもなかなかねえぞ! 今日の風呂はさぞ染みるだろうなあ!!」
「染みるってアザじゃないですかそれぇ! 下手に喋ったら舌を噛みそうッス!」
「優秀な操縦手とヘルメットに感謝しろよ! 飛ばせとばせ!!」

 激しい振動に揺られ、魔法弾をばら撒きながら戦車は突き進む。
 途中、何度もフードプラント・エルフに阻まれるが、そのことごとくが引き裂かれるか踏み潰され、土へと還される。

 潮の香りが鼻を触った辺りで、ルクレール戦車長は通信を行う

「こちら戦車! 海岸へ接近した、信号弾で場所を教えられよ、送れ」

 しばしの交信の後、上空高くに赤色の信号弾が打ち上げられた。
 方角は北北東、もうすぐそこだ。

「操縦手! オーガを補足したら一瞬でいいから停止。合図は俺が肩を蹴ったらだ」
「了解」
「聞いたなセリカ? 戦車が一瞬停まったその隙に撃て! 一発で仕留めろよ」
「難しいッスね~、でもまっ――――当ててご覧にいれますよ」

 戦車というのは動きながら撃っても当たらないのだ。
 チャンスは少ない、僅かな停車の瞬間が許された攻撃時間だった。

 ◇◇

 咆哮を上げながら追撃してくるオーガを背に、わたしたちは無我夢中で走っていた。
 必死に、とにかく距離を詰められないように小川を蹴る。

「支援はまだなのですか!? このペースではもうすぐ追いつかれてしまいます!」

 汗を浮かべるナーシャさんが、並走しながら聞いてくる。

「既にこちらへ向かっています! 我々はこのまま海岸の方へ――――ッ!?」

 こちらの進路を塞ぐように、フードプラント・エルフが壁を作る。
 魔王がいないのに魔物がここまで連携するなんて、聞いたことがない。
 けどそれは後、詠唱を開始したナーシャさんが前へ出た。

「任せてください! 『ファイアボール』!!」

 火炎に包まれる植物群、でも水辺のせいか全てを燃やし切れず目標は健在。
 粘液まみれの触手が槍のように突っ込んできた。

「クロエっ!!」
「了解ティナ!!」

 闇ギルドとの実戦でレベルが一気に上がったこともあり、触手の動きがとても遅く見える。
 大量の触手の壁をさばき、開いた道にクロエが勢いよく突撃。

「開け――――――――ろぉッ!!!」

 クロエ渾身の右ストレートが炸裂し、触手の本体を殴り飛ばした。
 これでもレンジャー騎士と格闘徽章持ち、壁を崩すくらいなら十分だ。

 《こちら戦車! 海岸へ接近した、信号弾で場所を教えられよ、送れ》

 やっと来た! 間に合いそうな希望に、わたしは喜々として通信を取る。

「これより信号弾を発射し、直進します! 正直もうギリギリです!」
 《了解、位置を確認して全速で駆けつけよう!!》

 ナーシャさんから貰った信号弾を真上へ掲げ、引き金を引く。
 真っ赤な信号弾が輝き、わたしたちの位置をさらけ出した。

「ゴアアアアアアアアァァァァッッ!!!!!」

 咆哮が背中を叩く。
 わたしたちは小さな滝を飛び降り、とうとう森を抜けた。
 僅かに直進した先に待っていたのは、しかし想像よりも厳しい現実。

「嘘でしょ......」

 そこは大洋に面した断崖絶壁、わたしたちは完全に追いつめられた。
......いや! それでもまだ可能性はある。

「クロエ、合図で飛び降りるから泳ぐ準備して。ナーシャさんもです」
「えっ、マジ!? ここから飛び降りるの!?」

 真っ先に嫌がったのはクロエ。
 確かに高いし怖い、けれどもう選択肢なんて残ってない。

「大丈夫よ、今は夏に近いからまだ温かいはず」
「いや、でも......わたし浅いプールくらいでしか泳げないんだよ!? もし溺れたら――――」

 陸軍では泳げない者が多い。
 承知の事実だ、それでも悲劇的な最後を待つよりはマシだ。
 わたしはクロエの震える手を握りしめ、叫んだ。

「わたしが必ず助ける!! ペアとして、友達として! クロエがわたしを守ってくれるように―――――――わたしもクロエを必ず助けるから!!!」

 潮風が強く吹き、お互いの髪をなびかせた。
 説得している間にも、オーガは森を抜けてこちらへ迫ってくる、もう時間が無い!

「クロエさん! ティナさんを信じてあげてください! 同じ騎士として、ティナさんの想いを!!」

 途端、わたしの手は温かい手に思いっ切り握り返された。
 黒髪を揺らしたクロエが、覚悟を決めたのだ。

「いくわよ! ――――3ッ!」

 一斉に踏み出す。

「2ッ! ――――――――1!!」

 蒼天に、おそろいのドッグタグを下げ、手を繋ぎながら一緒に飛び降りる。

「今ッ!!!」

 オーガの拳が絶壁を叩き壊した。
 ほぼ同じタイミングで森から飛び出した魔導戦車が、砲塔をオーガへ向ける。

『撃てッ!!!』

 オーガの右側面に走り出た戦車が、突き出た76ミリ砲から対戦車榴弾を轟音と共に撃ち出した。
 オーガの魔法すら弾く巨体が、上半身ごと一発で消し飛んだ。

 戦闘の終了を見届けた直後、わたしの体は吸い込まれるように海中へと沈んだ。

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