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第一章 ラトネ大森林
11話 <踏切あり>
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ラトネボアアジャラ。
額に角を持つ蛇、ボアアジャラのラトネ大森林固有種である。
普段は土中に姿を隠しており、数か月に1回腹をすかせたタイミングで地上に現れ暴食の限りを尽くす、大森林の支配者。俺が今いるラトネ大森林の土壌には、地下に眠っている巨大な"魔源石"から漏れ出た魔力が大量に溶け込んでいる。ラトネボアアジャラは土に身を潜めている期間でその肥沃な魔力を体内に貯め込み、来たる地上での食料争いに備えているのだ。
つまり、俺の目の前に居るのは休眠明けで腹をすかせた猛獣。
恐らく今この森で一番危険な存在だ。
白銀の大蛇はこちらを呑み込まんと口を開けたまま突進してきている。
まるで地獄の入り口のようにも思えるソレを前にして、俺の右手は再び自然と動いていた。
<一時停止>
誘導灯の一振りで具現化したこの標識により大蛇は動きを止めた。
それと同時にフィーラの声が響く。
「【風神の……ってアリアネちゃん、そんなこともできたの!?」
「できるけど、コレすぐ動き出しちゃうから皆取り敢えず避けてくれ!!」
あの時、暴漢たちが停止してから動き出すまでの時間は大体3,4秒だった。
一瞬、という訳でもないが悠長にもしてられない長さである。
俺の言葉を聞いた3人はそれぞれ別の方向へ散る。
「コレが例の……」ジャッジは呟いた。「コイツがまだ生きているってことは…"猟夫の目"の奴ら、まさかしくじったのか?」
「どうやらそうみたい……」フィーラはそう言いながら腰を低くして右掌を脇の下まで引く。そして「…ねっ!!」と声を出すと同時に引いた掌を前方に突き出した。するとその突きの延長線上にいた大蛇の身体が、まるで衝撃波に当てられたかのようにグニャンとへし折れた。
「グギャッ!」と喉を潰されたような悲鳴を上げた大蛇に対してユーバックは間髪入れずに追撃を加える。
「"氷槍"!!」その言葉と共に空中に現れたのは無数の氷の長槍。一本一本が白い冷気を漂わせながら浮遊している。ユーバックが腕を前方に振り下ろすと同時にソレらが大蛇目掛けて射出された。
10本近くの槍が大蛇の身体を突き刺した。大蛇は串刺しにされた痛みからか激しくのた打つ。巨体が何度も地面に叩きつけられることによって大地に亀裂が走り、支えを失くした木々は乾いた音をたてながら次々と倒れ伏してゆく。
「ちょっ…蛇さん暴れすぎ!てゆーかジャッジ!アンタ見てないで手伝いなさいよ!」
「私の魔術は法に支配されていない存在には効かん」
「はあ!?アンタ何しに来たわけ!?」
「だから"伝言符"を失くしたお前らに帰還命令を――」
「うるさい!無能!!頭でっかち!!」
ジャッジの魔術、"神判"の能力は『刑罰の具現化』
自分が今いる国の法律に基づいた刑罰を問答無用で相手に科す、という何とも"法の目"最高幹部らしい魔術だ。
不法入国を働いた俺には連邦の刑法に基づき"禁錮刑"と対応した"鎖"の具現化。
フィーラのは……確か連邦には公僕、つまり公務員に対して嘘をついたらブタ箱行き、みたいな法律があるらしいから多分それによるものだろう。
まあつまり極端なことを言うと、ジャッジの前で死刑に相当する行為をした人間は即死亡、なんてこともできる訳で……結構何でもありな魔術だ。
ただ弱点もある。ジャッジが今言った通りこの魔術は法に支配された存在、つまり人間にしか通用しない。
ラトネボアアジャラがいくら森の中で暴れたところで、ソレを裁く法律は存在しないゆえ魔術を使っても無意味、ということだ。
…ただ無能呼ばわりは少し可哀そうだけどね。
「ちょ、ちょっと2人とも!今はそんなこと言ってる場合じゃ……」ユーバックが呼びかけたタイミングで、ラトネボアアジャラの角の先端が光始める。
体内の魔力を角からレーザー砲のように打ち出す、ボアアジャラ種の切り札だ。
通常のボアアジャラのレーザーでさえ人体を容易く貫通する威力を持つというのに、同じ種の中でも最大級の体長と魔力保有量を誇るラトネボアアジャラがこの切り札を使った場合、どうなってしまうのか……その恐ろしさは想像に難くない。
だが、コレには長い溜めが必要。つまり隙があるということだ。
となれば話は簡単、やられる前にやるしかない。
「ほらぁ、言わんこっちゃない!!コレどうするんですか!?」
「俺に任せてくれ!」ユーバックの嘆きに対して俺は自信満々にそう答えた。
この"道路標識魔術"の概要を理解した時から、試してみたいと思っていたことがある。
コレはそれを試す絶好のチャンスだ。
「ちょっとアリアネちゃん、任せるってなに!?」
大蛇から距離をとるように駆け出す俺を見てフィーラは声を上げる。
「そのまんまの意味だよ!……ええと、立ち位置はこの辺で良いかな」
立ち止まった俺は、とある標識を頭に浮かべながら誘導灯を振る。
それは、<踏切あり>。
コレによって具現化したのは、予想通り……電車である。
何系だのと詳しいことは分からないが、よく見る長方形の電気機関車が複数車両連結した状態で空中に現れた。
「……なんだこれは?」
「ア、アリアネさん?これは一体……」
「わあ!凄いわアリアネちゃん!」
見たことの無い巨大な鉄塊の出現を見て、3人はそれぞれ反応を見せる。
しかし試したいことはコレだけではない。
俺は再び誘導灯を、今度は5回振った。
思い浮かべた標識はすべて<踏切あり>
すると、先ほど現れた<踏切あり>の標識と電車がキチンと5セット具現化したのだ。
なるほど。標識は複数同時に、少なくとも6つまでなら発動できるわけか。
そしてダメ押し。最後の試したいことは
存在しない標識の具現化。
何も<隕石注意>とか<爆発注意>みたいな素っ頓狂なものを思い浮かべているわけではない。
俺が試してみたいのは、枠組みの中でどれだけ無茶ができるか、である。
<最低速度制限>
コレは文字通り、この標識がある区間では一定のスピード以上で走行しないといけないというもの。高速道路ではよく50㎞/hの最低速度制限が設定されている。
俺の魔術の仕組みに則ればこの<最低速度制限・50㎞/h>を具現化したとすると、この標識の対象は時速50㎞以下の速度で移動することができなくなる、言い換えれば『体が勝手に時速50㎞以上の速度で移動しだす』はず。
確かにコレだけでも敏捷性を底上げするバフ魔術として考えればかなり優秀だ。
だが俺はもっとロマンを求めたい!
もし、時速○○㎞の数字部分を上限なく設定できるとすれば……
俺は期待を胸に誘導灯を振った。
現れたのは、赤く縁取られた白円の中央に"300"という数字が記された標識。数字の下には青い棒線が引かれている。
つまりこの標識は<最低速度制限・300㎞/h>
コレにより、<踏切あり>で現れた6編成の電車全てが『時速300㎞の速さで相手に突っ込む質量爆弾』へと変貌する。
魔術の発動が思惑通りに進んだことを確認した俺は「発車」と言わんばかりにもう一度誘導灯を振った。
刹那。
空気を裂く音と共に電車が大蛇へと突っ込んでゆき、火柱を上げながら爆ぜた。
木々をなぎ倒す爆風が一帯を駆け抜け、衝撃で抉り出された土がボトボトと降り注ぐ。
舞い上がった爆炎が晴れたあとには、黒く焦げた窪地しか残っていなかった。
その光景を見たフィーラは絞り出すように呟く。
「……ね?ユーバック、さっきの私の魔術なんてちっとも派手じゃなかったでしょ?」
「……はい」
◇◇◇◇◇◇◇
[Tips]
魔源石。魔力が含まれた朱色の石。大昔に死んだ魔獣に残っていた魔力が土や岩と共に固まったもの。現実世界で言う化石燃料で、多くの魔力が宿っているほど色が濃くなり大きさも増す。
額に角を持つ蛇、ボアアジャラのラトネ大森林固有種である。
普段は土中に姿を隠しており、数か月に1回腹をすかせたタイミングで地上に現れ暴食の限りを尽くす、大森林の支配者。俺が今いるラトネ大森林の土壌には、地下に眠っている巨大な"魔源石"から漏れ出た魔力が大量に溶け込んでいる。ラトネボアアジャラは土に身を潜めている期間でその肥沃な魔力を体内に貯め込み、来たる地上での食料争いに備えているのだ。
つまり、俺の目の前に居るのは休眠明けで腹をすかせた猛獣。
恐らく今この森で一番危険な存在だ。
白銀の大蛇はこちらを呑み込まんと口を開けたまま突進してきている。
まるで地獄の入り口のようにも思えるソレを前にして、俺の右手は再び自然と動いていた。
<一時停止>
誘導灯の一振りで具現化したこの標識により大蛇は動きを止めた。
それと同時にフィーラの声が響く。
「【風神の……ってアリアネちゃん、そんなこともできたの!?」
「できるけど、コレすぐ動き出しちゃうから皆取り敢えず避けてくれ!!」
あの時、暴漢たちが停止してから動き出すまでの時間は大体3,4秒だった。
一瞬、という訳でもないが悠長にもしてられない長さである。
俺の言葉を聞いた3人はそれぞれ別の方向へ散る。
「コレが例の……」ジャッジは呟いた。「コイツがまだ生きているってことは…"猟夫の目"の奴ら、まさかしくじったのか?」
「どうやらそうみたい……」フィーラはそう言いながら腰を低くして右掌を脇の下まで引く。そして「…ねっ!!」と声を出すと同時に引いた掌を前方に突き出した。するとその突きの延長線上にいた大蛇の身体が、まるで衝撃波に当てられたかのようにグニャンとへし折れた。
「グギャッ!」と喉を潰されたような悲鳴を上げた大蛇に対してユーバックは間髪入れずに追撃を加える。
「"氷槍"!!」その言葉と共に空中に現れたのは無数の氷の長槍。一本一本が白い冷気を漂わせながら浮遊している。ユーバックが腕を前方に振り下ろすと同時にソレらが大蛇目掛けて射出された。
10本近くの槍が大蛇の身体を突き刺した。大蛇は串刺しにされた痛みからか激しくのた打つ。巨体が何度も地面に叩きつけられることによって大地に亀裂が走り、支えを失くした木々は乾いた音をたてながら次々と倒れ伏してゆく。
「ちょっ…蛇さん暴れすぎ!てゆーかジャッジ!アンタ見てないで手伝いなさいよ!」
「私の魔術は法に支配されていない存在には効かん」
「はあ!?アンタ何しに来たわけ!?」
「だから"伝言符"を失くしたお前らに帰還命令を――」
「うるさい!無能!!頭でっかち!!」
ジャッジの魔術、"神判"の能力は『刑罰の具現化』
自分が今いる国の法律に基づいた刑罰を問答無用で相手に科す、という何とも"法の目"最高幹部らしい魔術だ。
不法入国を働いた俺には連邦の刑法に基づき"禁錮刑"と対応した"鎖"の具現化。
フィーラのは……確か連邦には公僕、つまり公務員に対して嘘をついたらブタ箱行き、みたいな法律があるらしいから多分それによるものだろう。
まあつまり極端なことを言うと、ジャッジの前で死刑に相当する行為をした人間は即死亡、なんてこともできる訳で……結構何でもありな魔術だ。
ただ弱点もある。ジャッジが今言った通りこの魔術は法に支配された存在、つまり人間にしか通用しない。
ラトネボアアジャラがいくら森の中で暴れたところで、ソレを裁く法律は存在しないゆえ魔術を使っても無意味、ということだ。
…ただ無能呼ばわりは少し可哀そうだけどね。
「ちょ、ちょっと2人とも!今はそんなこと言ってる場合じゃ……」ユーバックが呼びかけたタイミングで、ラトネボアアジャラの角の先端が光始める。
体内の魔力を角からレーザー砲のように打ち出す、ボアアジャラ種の切り札だ。
通常のボアアジャラのレーザーでさえ人体を容易く貫通する威力を持つというのに、同じ種の中でも最大級の体長と魔力保有量を誇るラトネボアアジャラがこの切り札を使った場合、どうなってしまうのか……その恐ろしさは想像に難くない。
だが、コレには長い溜めが必要。つまり隙があるということだ。
となれば話は簡単、やられる前にやるしかない。
「ほらぁ、言わんこっちゃない!!コレどうするんですか!?」
「俺に任せてくれ!」ユーバックの嘆きに対して俺は自信満々にそう答えた。
この"道路標識魔術"の概要を理解した時から、試してみたいと思っていたことがある。
コレはそれを試す絶好のチャンスだ。
「ちょっとアリアネちゃん、任せるってなに!?」
大蛇から距離をとるように駆け出す俺を見てフィーラは声を上げる。
「そのまんまの意味だよ!……ええと、立ち位置はこの辺で良いかな」
立ち止まった俺は、とある標識を頭に浮かべながら誘導灯を振る。
それは、<踏切あり>。
コレによって具現化したのは、予想通り……電車である。
何系だのと詳しいことは分からないが、よく見る長方形の電気機関車が複数車両連結した状態で空中に現れた。
「……なんだこれは?」
「ア、アリアネさん?これは一体……」
「わあ!凄いわアリアネちゃん!」
見たことの無い巨大な鉄塊の出現を見て、3人はそれぞれ反応を見せる。
しかし試したいことはコレだけではない。
俺は再び誘導灯を、今度は5回振った。
思い浮かべた標識はすべて<踏切あり>
すると、先ほど現れた<踏切あり>の標識と電車がキチンと5セット具現化したのだ。
なるほど。標識は複数同時に、少なくとも6つまでなら発動できるわけか。
そしてダメ押し。最後の試したいことは
存在しない標識の具現化。
何も<隕石注意>とか<爆発注意>みたいな素っ頓狂なものを思い浮かべているわけではない。
俺が試してみたいのは、枠組みの中でどれだけ無茶ができるか、である。
<最低速度制限>
コレは文字通り、この標識がある区間では一定のスピード以上で走行しないといけないというもの。高速道路ではよく50㎞/hの最低速度制限が設定されている。
俺の魔術の仕組みに則ればこの<最低速度制限・50㎞/h>を具現化したとすると、この標識の対象は時速50㎞以下の速度で移動することができなくなる、言い換えれば『体が勝手に時速50㎞以上の速度で移動しだす』はず。
確かにコレだけでも敏捷性を底上げするバフ魔術として考えればかなり優秀だ。
だが俺はもっとロマンを求めたい!
もし、時速○○㎞の数字部分を上限なく設定できるとすれば……
俺は期待を胸に誘導灯を振った。
現れたのは、赤く縁取られた白円の中央に"300"という数字が記された標識。数字の下には青い棒線が引かれている。
つまりこの標識は<最低速度制限・300㎞/h>
コレにより、<踏切あり>で現れた6編成の電車全てが『時速300㎞の速さで相手に突っ込む質量爆弾』へと変貌する。
魔術の発動が思惑通りに進んだことを確認した俺は「発車」と言わんばかりにもう一度誘導灯を振った。
刹那。
空気を裂く音と共に電車が大蛇へと突っ込んでゆき、火柱を上げながら爆ぜた。
木々をなぎ倒す爆風が一帯を駆け抜け、衝撃で抉り出された土がボトボトと降り注ぐ。
舞い上がった爆炎が晴れたあとには、黒く焦げた窪地しか残っていなかった。
その光景を見たフィーラは絞り出すように呟く。
「……ね?ユーバック、さっきの私の魔術なんてちっとも派手じゃなかったでしょ?」
「……はい」
◇◇◇◇◇◇◇
[Tips]
魔源石。魔力が含まれた朱色の石。大昔に死んだ魔獣に残っていた魔力が土や岩と共に固まったもの。現実世界で言う化石燃料で、多くの魔力が宿っているほど色が濃くなり大きさも増す。
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