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第一章 ラトネ大森林
10話 急襲
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アルデシリア首長国連邦は大陸南端に位置するカウディア半島の東側に領土を構える大国である。元々独立した5つの首長国群であったが、半島西側に君臨する大国"ヴィルデルト帝国"に対抗するためにそれらの国々が連邦として一つにまとまった、というのがこの国の始まりだ。
5国すべてが世襲の首長による君主制をとっており、それは連邦となった今でも変わらない。故に連邦の最高意思決定権は各国の首長――ジャッジが先ほど言っていた"連邦最高指導者たち"とはコレら5人の首長のことである――が所有しており、国を挙げての政策には3首長国以上の賛成が必要となっている。
ただ、5つの国がすべて平等な立場であるかと問われるとそうではない。連邦の最北に位置し、東西北それぞれの方角で3つの異なる大国と国境を共有している"ダグニム首長国"は国防の要であるのと同時に、連邦発足の旗振り役であったため連邦の中枢として扱われている。ゆえに連邦の中心機関もダグニムに集中しており、連邦を統べる立場の"連邦大統領"はダグニム首長が世襲で務めるのが半ば慣例化していると言って良い。
そして目とは連邦政府直轄の国家機関である。
法曹や官僚としての役割を司る<法の目>
国境付近の警備と要人警護を担当している<守人の目>
連邦における研究機関の中枢であり教育機関も兼ねる<智者の目>
主に住居地域周辺の魔獣討伐を担当している<猟夫の目>
各都市の治安維持を執り行う実力組織<秩序の目>
目は以上の5部門で構成されている。
メンバーは全員黒いスーツを身にまとっており、その姿や職務執行の際の冷徹さから"鴉"や"死神"だのと揶揄されているというのは有名な話。
そして、5つの部門を見た目で識別するためには胸元の"バッジ"を確認するしかない。
「……おい、黙っていては何も分からないぞ」
無言で記憶を探る俺に対してそう語りかける男、ジャッジ・ベイレフェルト。
彼の左胸で光るバッジに配されているのは、"法の目"の最高幹部が1人であることを表す金色の"天秤"模様。
そう、つまり彼は超お偉いさんなのだ。
ほかの2人のバッジを見てみても、中々のお歴々であることが分かる。
ユーバック・ハロウスカとフィーラ・クレーンプットのバッジには、いずれも"秩序の目"所属の証である"中心に目が描かれた正六角形"が配されている。色は"銀色"で、コレは最高幹部より1つ下の立場であるということ。
……俺、こんな人たちにタメ口聞いてたのか。いやまあ今更敬語使いだすのもおかしいから態度は特に変えないけど…。
そして3人の立場を理解したところで新たな疑問が浮かんでくる。
こういう森林地帯は"猟夫の目"の管轄であるので、普通"法の目"と"秩序の目"が出張ってくることは無いはずなのだ。
何か、管轄外の人間が来ざるを得ない非常事態でも起こったのだろうか?
と、アリアネの記憶から分かったことを脳内で整理していると
「お~い、アリアネちゃ~ん」フィーラは俺の顔の前でひらひらと掌を振り「どうしたの?難しい顔して黙っちゃって」と呼びかけてきた。
「ああ、ごめんごめん。記憶がいきなり全部戻ってきたからさ、ちょっと考え事を」
「……だからと言って私の呼びかけを無視するな」
少しムスッとするジャッジに「ごめんごめん」と平謝りしたあと、俺は例の疑問をぶつけた。
「ひとつ聞きたいんだけどさ、何で"猟夫の目"でもないアンタたち3人がこのラトネ大森林…だっけ?に来てるんだ?」
「ああ…それは」ユーバックは頭をポリポリ掻いて言った。「ちょっと話すと長くなっちゃうんですよね…。まあ、連邦上層部の面倒な権力闘争に巻き込まれたと言うか何と言うか…」
権力闘争…これまた難しそうな話題だな。今はまだ詳しく聞かない方が良さそうか。
「他国の令嬢に聞かせられるような愉快な話でもあるまい。……さあ、ボチボチ帰還するぞ」ジャッジはパンパンと掌を叩いて鳴らす。
「え、帰還ですか?偉くいきなりですね」
「いきなりも何も、私はお前らに帰還命令を出すためここに来たんだ。…どっかの馬鹿が"伝言符"を落として連絡が付かなくなったせいでな」ジャッジはフィーラを睨む。
「うそ!?」フィーラはスーツのポケットをまさぐるが、目当てのものがないと分かると「えへへ…」と気まずそうに笑いながら首筋に右手を当てた。
しかし、彼女の笑顔が急に引っ込む。いきなり真剣な表情になったフィーラは、森の奥の方を睨んだ。
他の2人も只事ではない雰囲気を醸し出しているので何事かと聞き耳をたててみると、なにやら遠くの方から地鳴りのようなモノが聞こえてきた。フィーラは腰に差した剣の柄を掴んで姿勢を落とし、冷たく引き締まった顔のまま呟く。
「……なにか来るわ」
なにかとは一体なんのことだ?と疑問を口にするよりも先に、そのなにかは正体をこちらに現わしてくれた。
大蛇だ。
白銀の鱗で全身を包み、頭部に一本の角を生やした大蛇が木々をなぎ倒しながら突っ込んできたのだ。
人一人であれば口を開けたまま突進するだけで丸呑みできそうなほど巨大である。
……もしかしなくても、この森は地獄なのかな?
本日3体目の化け物を前に、俺は今さらそう気づくのであった。
◇◇◇◇◇◇
[Tips]
目の各部門の最高幹部はそれぞれ5人でバッジの色は金色。副幹部は13人でバッジは銀色。通常の構成員は銅製のバッジを身に着けている。
5国すべてが世襲の首長による君主制をとっており、それは連邦となった今でも変わらない。故に連邦の最高意思決定権は各国の首長――ジャッジが先ほど言っていた"連邦最高指導者たち"とはコレら5人の首長のことである――が所有しており、国を挙げての政策には3首長国以上の賛成が必要となっている。
ただ、5つの国がすべて平等な立場であるかと問われるとそうではない。連邦の最北に位置し、東西北それぞれの方角で3つの異なる大国と国境を共有している"ダグニム首長国"は国防の要であるのと同時に、連邦発足の旗振り役であったため連邦の中枢として扱われている。ゆえに連邦の中心機関もダグニムに集中しており、連邦を統べる立場の"連邦大統領"はダグニム首長が世襲で務めるのが半ば慣例化していると言って良い。
そして目とは連邦政府直轄の国家機関である。
法曹や官僚としての役割を司る<法の目>
国境付近の警備と要人警護を担当している<守人の目>
連邦における研究機関の中枢であり教育機関も兼ねる<智者の目>
主に住居地域周辺の魔獣討伐を担当している<猟夫の目>
各都市の治安維持を執り行う実力組織<秩序の目>
目は以上の5部門で構成されている。
メンバーは全員黒いスーツを身にまとっており、その姿や職務執行の際の冷徹さから"鴉"や"死神"だのと揶揄されているというのは有名な話。
そして、5つの部門を見た目で識別するためには胸元の"バッジ"を確認するしかない。
「……おい、黙っていては何も分からないぞ」
無言で記憶を探る俺に対してそう語りかける男、ジャッジ・ベイレフェルト。
彼の左胸で光るバッジに配されているのは、"法の目"の最高幹部が1人であることを表す金色の"天秤"模様。
そう、つまり彼は超お偉いさんなのだ。
ほかの2人のバッジを見てみても、中々のお歴々であることが分かる。
ユーバック・ハロウスカとフィーラ・クレーンプットのバッジには、いずれも"秩序の目"所属の証である"中心に目が描かれた正六角形"が配されている。色は"銀色"で、コレは最高幹部より1つ下の立場であるということ。
……俺、こんな人たちにタメ口聞いてたのか。いやまあ今更敬語使いだすのもおかしいから態度は特に変えないけど…。
そして3人の立場を理解したところで新たな疑問が浮かんでくる。
こういう森林地帯は"猟夫の目"の管轄であるので、普通"法の目"と"秩序の目"が出張ってくることは無いはずなのだ。
何か、管轄外の人間が来ざるを得ない非常事態でも起こったのだろうか?
と、アリアネの記憶から分かったことを脳内で整理していると
「お~い、アリアネちゃ~ん」フィーラは俺の顔の前でひらひらと掌を振り「どうしたの?難しい顔して黙っちゃって」と呼びかけてきた。
「ああ、ごめんごめん。記憶がいきなり全部戻ってきたからさ、ちょっと考え事を」
「……だからと言って私の呼びかけを無視するな」
少しムスッとするジャッジに「ごめんごめん」と平謝りしたあと、俺は例の疑問をぶつけた。
「ひとつ聞きたいんだけどさ、何で"猟夫の目"でもないアンタたち3人がこのラトネ大森林…だっけ?に来てるんだ?」
「ああ…それは」ユーバックは頭をポリポリ掻いて言った。「ちょっと話すと長くなっちゃうんですよね…。まあ、連邦上層部の面倒な権力闘争に巻き込まれたと言うか何と言うか…」
権力闘争…これまた難しそうな話題だな。今はまだ詳しく聞かない方が良さそうか。
「他国の令嬢に聞かせられるような愉快な話でもあるまい。……さあ、ボチボチ帰還するぞ」ジャッジはパンパンと掌を叩いて鳴らす。
「え、帰還ですか?偉くいきなりですね」
「いきなりも何も、私はお前らに帰還命令を出すためここに来たんだ。…どっかの馬鹿が"伝言符"を落として連絡が付かなくなったせいでな」ジャッジはフィーラを睨む。
「うそ!?」フィーラはスーツのポケットをまさぐるが、目当てのものがないと分かると「えへへ…」と気まずそうに笑いながら首筋に右手を当てた。
しかし、彼女の笑顔が急に引っ込む。いきなり真剣な表情になったフィーラは、森の奥の方を睨んだ。
他の2人も只事ではない雰囲気を醸し出しているので何事かと聞き耳をたててみると、なにやら遠くの方から地鳴りのようなモノが聞こえてきた。フィーラは腰に差した剣の柄を掴んで姿勢を落とし、冷たく引き締まった顔のまま呟く。
「……なにか来るわ」
なにかとは一体なんのことだ?と疑問を口にするよりも先に、そのなにかは正体をこちらに現わしてくれた。
大蛇だ。
白銀の鱗で全身を包み、頭部に一本の角を生やした大蛇が木々をなぎ倒しながら突っ込んできたのだ。
人一人であれば口を開けたまま突進するだけで丸呑みできそうなほど巨大である。
……もしかしなくても、この森は地獄なのかな?
本日3体目の化け物を前に、俺は今さらそう気づくのであった。
◇◇◇◇◇◇
[Tips]
目の各部門の最高幹部はそれぞれ5人でバッジの色は金色。副幹部は13人でバッジは銀色。通常の構成員は銅製のバッジを身に着けている。
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