追放令嬢に転生した交通警備のオッサン(36)、何でもありな【道路標識の効果を具現化する】魔術で無双し成り上がる

カタギのまぐろ

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第一章 ラトネ大森林

02話 <落石注意>と<一時停止>

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「アリアネ!貴様は由緒あるファンデンベルク家の威信を大きく傷つけた!今すぐこの家を去れ!」

 …………なんだこれ……思ってたんと違う……
 威信を傷つけた?この家を去れ?もしかしてこれって俗に言う……追放系ってやつでは?
 
 いやな予感を感じ取るのと同時に、一瞬頭に激痛が走る。そしてその痛みと呼応するように、俺の脳内に誰かの記憶が混ざりこんでくる感覚が生じた。
 最初は異物だと認識できたその記憶は、時間が経つにつれて元々俺のものであるように思えるまでに馴染んでゆき、徐々にその違和感もなくなっていく。

 そしてその記憶の全容を理解した瞬間、最高の転生ライフを送るという俺の夢が儚くも瓦解した。

 今の俺は、魔術の才能がないことを理由に国の重要ポストの座を逃した一族の出来損ない、"アリアネ・ファンデンベルク"という少女なのだ。彼女がその責任を問われ、今まさに追放されるという時に俺は転生してきたというわけだ。
 自分で言ってなんだが、かなり絶望的な状況である。

 今俺がいるのはヴィルデルト帝国という大国で、この国には"勅撰ちょくせん聖女"という肩書を持つ人物が存在する。勅撰聖女は皇帝や皇后に次ぐ地位であり、帝国における最高権力者の一人だ。これは世襲制ではなく、先代の勅撰聖女が亡くなったタイミングで実施される「聖女選」によって選出される。立候補する権利は「帝国出身の成人してから3年以内の女性」すべてに与えられているが、一家で2人以上立候補することはできない。

 簡単な足切りが行われた後、残った"聖女候補"をお偉いさん方が審査し、その中からただ一人を新たな"勅撰聖女"として選ぶというかたちで任命されるのだ。

 ファンデンベルク家は帝国の歴史の中で最も聖女を輩出した由緒ある家系、というよりここ200年近くの聖女はすべてこの家から任命されている。
 その理由はただ一つ、ファンデンベルク家の血をひく者が持つ"圧倒的な魔術適性"だ。
 
 聖女選において最も重視されるのは魔術の才能。他にも美しさであったり社交界のマナーであったりも審査されるのだが、魔術の才能に比べればほぼ誤差のようなものである。ゆえにファンデンベルク家は帝国の聖女選において無敵の強さを誇っていた。

 そんな家の現当主、"フィクトル・ファンデンベルク"の次女として生を受けたアリアネは、物心がついた時点で既に勅撰聖女に立候補することを運命づけられていたのである。長女のドロシーが立候補権を持つ年齢を超過するまでに先代聖女が亡くならなかった為、そのバトンが渡ってきたのだ。

 そして今日アリアネになされたのは帝国の成人年齢である16歳を迎えた者すべてに行われる"魔術適性検査"
 "勅撰聖女"になれるか否かは、すべてこの結果次第であった。

 その結果は…お察しのとおりである。ファンデンベルク家から聖女が輩出されなかったのは実に236年振り、11代続くファンデンベルク無敵神話はアリアネで途切れた。次代勅撰聖女の座は、同世代一の才能と名高い17歳のロンバード家次女「ジーナ・ロンバード」に渡る。

「だから私に立候補権を渡せと何度も言ったのに!私みたいな才能のある人間は、適性検査をする前から自然と魔術を扱えるようになっているのよ!!検査を受けて初めて魔術の適性を把握するような凡人共とは違ってね!
…そこの出来損ないは、凡人どころか魔術すら扱えない能無しのようだけど」

 赤い目をかっ開きながら銀髪のイケオジ、つまりフィクトルにそう捲し立てるのは、ファンデンベルク家三女のミナだ。父親に似てきれいな銀髪をした小柄な少女だが、その可愛らしい見た目とは裏腹に、内面はかなり狂暴である。その暴れん坊ぶりときたら、アリアネの記憶の中から彼女に関する情報を探っても、同年代からおっさんにいたるまで気に入らない輩を体術でボコボコにしていることしか分からないほど。

「ミナ…君はまだ成人していないだろう。論外だ。」

 ミナの言葉にそう返答したのは長男のメイナード。銀髪でウルフヘアの典型的な美青年といった感じである。彼は帝国一の名門、帝立ウェルテクス魔法学院を首席で卒業し、そのまま帝国魔術軍配属になったエリートだ。

「何よ!もうすぐロンバードの犬になるっていうのに、どうしてそんなに落ち着いていられるわけ?それとも既にあのアマに飼いならされちゃった?」

「…悔しいがジーナの実力は本物だ。あの若さにしておそらく1級魔術師に匹敵する力を持っている。しかも最近、鉄の神から寵愛を受けたそうじゃないか。お前が立候補権を持っていたとしても、対抗するなど不可能だったと思うが?」

「…まさか本当に飼いならされていたなんてね。いったいどこまで躾は済んでいるのかしら。」

 俺ををほったらかして喧嘩し始めたぞこいつら…。一応この集まりの主役はアリアネだというのに。

 アリアネの受けた教育は全て聖女に任命されること前提に施されたと言っても過言ではない。そのような幼少期を過ごしたのにもかかわらず急にその梯子を外されるような仕打ちを受けるのは確かに気の毒だ。まさに悲劇のヒロインそのものである。
 まあ、その煽りを受けるのは他でもない俺なんだが…。

 フィクトルがエリート兄妹の喧嘩を眼光で黙らせると、再び口を開く。 

「というわけで貴様はこの家から追放だ。今から転移術式を刻んだ魔法陣を展開する。それに乗り、二度と戻ってくるな。」

 "というわけで"で娘を追い出す父親がいるなんて驚きだ。いくら伝統を途切れさせたとはいえ、この仕打ちはあんまりだろう。どうやら親として備わるべき当然の倫理観が欠如しているらしい。
 ただ他の国に引っ越せるなら好都合だ。この腐った家族と同じ屋根の下で暮らすのは、正直耐えられる気がしない。

「何か言い残すことはないの?姉ちゃん。もう会うことないだろうし一言くらいなら聞いてあげるよ。」

 四男のアーヴィンが意地悪く語りかける。今まで騒いでいた家族とは違い、母親譲りの青髪が特徴の中性的な少年だ。

「…いや、言い残すことはない。さっさと準備してくれよ。」

 こんな愛情のない集団と関わるなんてこっちから願い下げだ。精神がアリアネのままであったなら家族に無慈悲に捨てられた絶望などから多少騒いだのかもしれないが、俺はこいつらに関する記憶があるだけで未練は無い。クソ親父の言う通り、さっさと離れることにしよう。

 すると、この反応が意外だったのか家族全員が一瞬ポカンと間抜け面を浮かべる。

「貴様、本当にいいのか?見知らぬ地で、支援なく一人生きていくことになるんだぞ?そんなこと貴様のような者に――」

「だからもう良いって言ってんだろ!早くその魔法陣とやらを用意してくれ!」

 おそらく大声を出すアリアネを初めてみたのだろう。皆一様に困惑している様子だ。ただ一人、今まで静観していた長女のドロシーがあからさまな嫌悪を顔に浮かべ

「不快だから急に大きな声を出さないでくれる!?お父様?お望み通りさっさと送ってあげましょう?こんな穀潰し、居ても何の役にも立ちませんもの。」

 そう言い終わると同時に、ドロシーは床に手をかざす。すると俺の足元に青白く光る魔法陣が現れ、ほどなくして俺の周りを光の粒が取り囲んだ。

「じゃあ、さようなら。」

 スッキリしたような笑みをこぼしながらドロシーがそう呟くと、俺の視界が白一色に染まる。
 なるほど、コレが異世界ではお馴染みの"魔術"というやつか。
 転移術式?がどうこうとか言ってたな。つまり俺はコレにより何処かへ放り出されるのだろう。

 追放された時点で"最高の転生ライフ"なんてものは絶望的だが、切り替えて前世のような"及第点くらい"の人生を送れるように努力するか…。
 いや、自らの決意をあの家族にを変えられるというのはだいぶ癪だな。是が非でも成り上がって、いつの日かギャフンと言わせてやる!人並みに収まってたまるか!
 なんてことを考えていると徐々に視界が戻っていく。するとそこに広がっていたのは


「…森?」

 まさか森林地帯に転送されるとは思わなかった。いくら娘が憎いとはいえ、ふつう都市部とか、せめて文明があるような場所に送るだろといった不満を感じていると、木の陰から数人の屈強な男たちが顔を出した。

「おいお前ら!やっとお嬢様が送られてきやがったぜ!」

「よっ!待ってました!」

 胸糞系18禁漫画の竿役として出てくるような、典型的な巨漢である。

 …あの家族がここまで腐っているとは思わなかった。実の家族を、娘を、暴漢に売りつけるような真似をするなんてまともな倫理観を持った人間のできることじゃない。恐らく転送された時点で逃げ場はなかったのだろう。気づいたときには既に四方を男たちに囲まれていた。

「お前ら止まれ。まずは俺だ。頭をぶんなぐって抵抗する気を完全に削いでからやろう。ピーピー騒がれながらっていうのは趣味じゃない。」

 近づいてきたリーダー格の男が、馬鹿デカいこん棒をを振りかぶる。
 …いっそのこと殴られた拍子に死ねないだろうか。なんてことを考えてながら、俺は諦めて目を閉じた。



――――おそらく、本能による反射のようなものなのだろう。熱い鍋に誤って触れた手を、考えるよりも先に引っ込めるのと同じように、俺はいつの間にか握っていた誘導灯を前方に掲げていてた。その動きと呼応するように、赤い三角形の中に「止まれ」の3文字が記された図形が俺の目の前に現れる。


「一時停止…?」


 そう、それは見慣れた<一時停止>の道路標識とほとんど同じであった。違うところと言えば、半透明である点と、大きさが二回りほど大きい点だろうか。

「な、なんだ…!?動けない!ふざけるな!こいつは魔術を扱えないはずだろ!?あの女騙しやがったのか!」

 この現象にあっけにとられて気づくのに遅れたが、こん棒を振りかぶった暴漢は彼が発する言葉通り完全に動きが止まっていた。それだけじゃない、周りの仲間たちも同じように直前の体勢のまま固まっている。

 逃げるなら今しかない。40年近く操作してきた身体とは体格も性別も違うので足は覚束おぼつかないが、必死に暴漢たちから距離をとっていく。しかし、<一時停止>の効果が切れたのだろうか。後ろから大量の足音と、憤慨の混じった叫び声が近づいてくる。

 一度できたことがもう一度できない道理はない。そんな都合の良い考えに縋って俺は再び男たちに向かって誘導灯を振る。すると今度現れたのは、黒い三角形から小さな四つの丸い物体が滑り落ちている様子が描かれた黄色いひし形の図形。<落石注意>の標識である。

 
 その刹那、肉をつぶしたような音を立てながら巨大な岩が数個、目の前に落下する。


 暴漢たちがそれによって全員圧殺されたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
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