神様自学

天ノ谷 霙

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夕音の言葉

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熱が巡る。心臓がどくどくと音を上げて身体中に血液を巡らせ、その下から熱が這い出して来る。冷静になった頭でも、先程の怒りは消えなくて。言葉にならない感情だけが脳を焼いた。
「私、は」
はくはくと空を噛んでいた唇から、精一杯の震えた声を出す。掠れたような聞き取りにくい声だったけれど、気にしている暇なんてなかった。
「稲荷様に、力を奪われ別れを告げられた時に。必死に縋り付きました。持って行かないでほしい、私と貴方の繋がりを、無かったことにしないでほしい。そう、叫びました」
怖かった。急に抜け行く力と、降り注ぐ別れの言葉と、消え行く視界の中で。ぽつんと世界に独りで取り残されたような、そんな不安を抱えた。
「どうして急にこんなことになったのか分からなかった。貴方が告げた言葉が何一つ、理解出来なかった。理解したくなかった。やっと他人ヒトと同じ人になれたのかもしれないけど、私はそれをちっとも喜べなかった。それよりも貴方に会えなくなる苦しさの方が、ずっとずっと上だった」
心臓が握り潰されるように痛い。目の奥からじわじわと滲み出す感覚がする。熱源が肌を伝うのが、堪らなく苦しかった。
恋音こいねさんもいつの間にかいなくなっていて。今、稲荷様の隣に居るってことは、稲荷様と共謀したということでしょう」
「違っ」
「違わない!」
稲荷様が慌てて否定しようとするが、その言葉を否定する。まるで子供の駄々のようだと、客観的な私が嗤った。
「私に相談一つなく、恋音さんは消えていた。ずっと一緒にいたのに。声を掛ければ返って来る関係だったのに。私は蚊帳の外で。それが凄く、寂しかった。私だけ除け者にされた理由が、分からなかった」
溢れた涙を指先で拭う。鼻を啜り、嗚咽混じりに声を出す。こんな顔見られたくないけれど、巡った熱が止められそうになかった。
「ヒトだから?恋音さんの代わりだったから?そんなの知らない。知りたくもない。私は私で、稲荷様と関係を築いて来たつもりだった。稲荷様もそうしてくれてたんでしょう?だって、稲荷様は恋音さんを使ツカイにするために神々の禁忌ギリギリのことはするけど、私のためにはしないだろうって、そう、思ってるんだから」
覗いた心を盾に出す。それで傷付いたつもりもないけれど、区別するなら最後まで区別して欲しかった。都合の良い時だけ重ね合わせていたと謝罪しないで、私だから離した理由を正確に教えて欲しかった。
「貴方の言葉で聞きたかった。貴方がどうしてこうしようと決めたのか、目の前で言葉を紡いで聞かせて欲しかった。その上で私の気持ちを返すから、その先はふたりで話し合って、尊重して、納得のいく形を見つけたかった」
私がずっと出来なかったこと。一方的に決め付けて巻き込むまいと意気込むのは自己陶酔でしかなくて。だから私は今回やっと、羅樹と話し合った末連れて来るという選択肢で、先に進めたのだ。納得する形を見つけられたのだ。それを、私は稲荷様にも望んでいる。された方の傷を、稲荷様に理解してほしいと叫んでいる。
「稲荷様に会いたかった。会って、話したかった」
ぼろぼろと溢れた涙が、透明な影を作ってまた一つ流れていった。
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