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ガラスの割れる音がする
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暗い中を落ちて、堕ちて、墜ちた先に、私は倒れ込む。体を反転させた記憶もないのに、腹の方からうつ伏せに何かに落ちた。その床らしき何かに、記憶から構成された記録が展開される。ステンドグラスが描く多場面のように反時計回りに描かれた物語は、ずっと昔私が羅樹を避けるようになったあの時の話だ。
「夕音ちゃん、羅樹くんのこと好きなの?」
「え?」
「オサナナジミって言ってるけど、いつも一緒にいるよね?」
「ずるくない?羅樹くんのことヒトリジメしてるんでしょ」
「やめてよ。羅樹くんにツキマトウの」
「羅樹くんカワイソウ」
私の中でキーワードとして拾われていく言葉が、描かれる度に割れて私に突き刺さる。何度も私の奥でガラスが割れる音がして、痛くて堪らない。血なんて出る筈がないけれど、きっとそんな風に可視化されるなら年齢制限が必要な程ズタボロでぐちゃぐちゃになっているのだろう、とどこか他人ごとのように思った。
「羅樹は…」
「言い訳?そういうのいらない」
「どーでもいいよ。夕音ちゃん、誰に対してもそうでしょ」
「男好きみたい。そういうのやめた方がいいよ」
目の合わない女の子達に囲まれて、突き刺さっていく言葉たち。パリン、パリン、パリン、ガシャン。欠片が砕け散る音が騒がしくて、もはやその子達の言葉なんて聞き取れなかった。
私が羅樹といるから、心が割れる。
私が羅樹に近付かなければ、もうこの音を聞かなくて済む。
痛い。この音は痛くて怖い。耳を塞いでしゃがみ込んでも脳内を反響するガラスの割れる音は、煩すぎて他の音が聞こえない。
そうしたら、羅樹の声が聞こえない。
私は約束したんだ。羅樹の「助けて」を聞いたら、必ず飛んでいくと。私は羅樹のヒーローになるんだ。羅樹が「ヒーローみたいだね」って言ってくれたから、羅樹の憧れる私でありたかったんだ。
───どうして?
羅樹の言葉を聞き逃したくないのは、
羅樹のヒーローになりたいのは、
羅樹の憧れる自分でいたいと願ったのは、
───羅樹が、好きだから。
過去の私から、金と桃と赤の混ざった小さなハートが生まれる。羅樹の声を聞く為に距離を置いた先で、羅樹の側にいたいと願う自分の気持ちに気付いてしまった。羅樹の近くにいたらまたガラスの音で声なんて聞こえなくなってしまうのに、羅樹の苦しみをわかってあげられなくなってしまうのに、それでも側にいたいと強く願ってしまう。
ゆっくりと起き上がった私を、暗闇が嘲笑う。
『そうやっていつまで自分のために生きるの?』
『いつも羅樹を苦しめて、それでも自分の幸せを取るの?』
そうだね。私は自分勝手で、羅樹の幸せを願いながら眼前の私の幸せに手を伸ばしてしまう愚か者だ。そんな自分がどうしようもなく嫌いで、どうしようもなく憎い。
吐き気を催す程の強い嫌悪と憎悪に苛まれ、顔を覆う。嗚咽を漏らして獣のように叫べば、暗闇がくすくすと笑いながら唆す。
『ハートを壊しちゃいなよ』
『そうしたら羅樹も』
『夕音に囚われることなく、生きていけるよ』
『だってあれは、夕音と羅樹を縛るものだから』
耳の中で聞こえるような騒がしい言葉に、私は虚な瞳を下ろす。いつの間にか掌には金槌が握られていて、恋心を砕き割るのにちょうどいい。
ぼんやりと続く囁きに突き動かされるように、私はそれを振り下ろした。
「夕音ちゃん、羅樹くんのこと好きなの?」
「え?」
「オサナナジミって言ってるけど、いつも一緒にいるよね?」
「ずるくない?羅樹くんのことヒトリジメしてるんでしょ」
「やめてよ。羅樹くんにツキマトウの」
「羅樹くんカワイソウ」
私の中でキーワードとして拾われていく言葉が、描かれる度に割れて私に突き刺さる。何度も私の奥でガラスが割れる音がして、痛くて堪らない。血なんて出る筈がないけれど、きっとそんな風に可視化されるなら年齢制限が必要な程ズタボロでぐちゃぐちゃになっているのだろう、とどこか他人ごとのように思った。
「羅樹は…」
「言い訳?そういうのいらない」
「どーでもいいよ。夕音ちゃん、誰に対してもそうでしょ」
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私が羅樹といるから、心が割れる。
私が羅樹に近付かなければ、もうこの音を聞かなくて済む。
痛い。この音は痛くて怖い。耳を塞いでしゃがみ込んでも脳内を反響するガラスの割れる音は、煩すぎて他の音が聞こえない。
そうしたら、羅樹の声が聞こえない。
私は約束したんだ。羅樹の「助けて」を聞いたら、必ず飛んでいくと。私は羅樹のヒーローになるんだ。羅樹が「ヒーローみたいだね」って言ってくれたから、羅樹の憧れる私でありたかったんだ。
───どうして?
羅樹の言葉を聞き逃したくないのは、
羅樹のヒーローになりたいのは、
羅樹の憧れる自分でいたいと願ったのは、
───羅樹が、好きだから。
過去の私から、金と桃と赤の混ざった小さなハートが生まれる。羅樹の声を聞く為に距離を置いた先で、羅樹の側にいたいと願う自分の気持ちに気付いてしまった。羅樹の近くにいたらまたガラスの音で声なんて聞こえなくなってしまうのに、羅樹の苦しみをわかってあげられなくなってしまうのに、それでも側にいたいと強く願ってしまう。
ゆっくりと起き上がった私を、暗闇が嘲笑う。
『そうやっていつまで自分のために生きるの?』
『いつも羅樹を苦しめて、それでも自分の幸せを取るの?』
そうだね。私は自分勝手で、羅樹の幸せを願いながら眼前の私の幸せに手を伸ばしてしまう愚か者だ。そんな自分がどうしようもなく嫌いで、どうしようもなく憎い。
吐き気を催す程の強い嫌悪と憎悪に苛まれ、顔を覆う。嗚咽を漏らして獣のように叫べば、暗闇がくすくすと笑いながら唆す。
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『そうしたら羅樹も』
『夕音に囚われることなく、生きていけるよ』
『だってあれは、夕音と羅樹を縛るものだから』
耳の中で聞こえるような騒がしい言葉に、私は虚な瞳を下ろす。いつの間にか掌には金槌が握られていて、恋心を砕き割るのにちょうどいい。
ぼんやりと続く囁きに突き動かされるように、私はそれを振り下ろした。
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