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3月9日 力になりたい
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暦の上で春になってから1ヶ月経つとはいえ、まだまだ水は冷たい。キンと芯から冷えるような冷たさも、泣き腫らしたであろう爽の目には心地良いようで、私はホッと息を吐いた。取り出したハンドタオルでゴシゴシと擦ろうとする爽の手を止めて、優しく拭ってやる。トントンと水滴だけを吸い取るような手付きに、爽は戸惑いながらされるがままだ。
「あんまり擦るともっと腫れちゃうよ」
「…ん」
苦笑いで言えば、爽は気まずそうに目を逸らした。少しだけ赤みの落ち着いた顔にひとまず安心して、教室の中へと戻る。人の流れは落ち着いて、先程までまばらにいた生徒もほとんどがその姿を消している。爽はまた自分の席に戻ったので、私は目の前にしゃがんだ。
「…爽、話さなくてもいいけれど、私はいつでも爽の話を聞くからね」
「…何もないってば」
「うん、でもごめんね。そんな泣き腫らした顔で言われても、説得力ないんだ」
「…っ」
「その赤い目は、北原くん関係?」
私が確信を持って告げると、爽はバッと顔を上げた。驚いて丸く見開かれた瞳は、幼子のように不安と緊張に揺れている。どうして、とでも言いたげだ。
「もう1つ謝りたいことがあるんだけど」
「…何?」
「先週、確かお菓子戦争で盛り上がってた日。私、爽が北原くんと言い争いしてるところを聞いちゃったんだ」
申し訳なくて、少し顔を伏せる。爽がどんな顔をしているのかは分からないが、机に置いた手がピクっと震えたのが分かった。
「争いっていうか、爽が怒ってるところ?何を言ってるかまでは聞こえなかった。最初は誰か分からなかったし。喧嘩なら止めようと思って窓から見たら、爽が北原くんを引き寄せたところだった。逆光で、何してるのかは見えなかったけど、2人でいるところは見ちゃったから。だから、ごめんね」
「…なんで、謝るの」
「見られたくなかったかなって思って」
「何してるか分からなかったのに?」
「うん。でも、ちゃんと見えなかったけど、キスしたように見えたから」
私の言葉に、爽が固まる。私は顔を上げて、爽を真っ直ぐ見つめた。爽は俯いていて視線は合わないけれど、図星なのではないかと感じた。
「勘違いかもしれないけど、そう感じてしまったこと、そう見てしまったことは謝りたくて。ごめん、爽」
「…」
爽はふるふると首を横に振った。訳が分からないけど反射的に動いたというように見える。
「爽が何もないって言うなら聞かない。けど知っちゃった私なら、話しても何も変わらないかもしれない。勿論知らなかったとしても力になるけどね。だから爽、私がいつでもそばにいること、忘れないでほしいんだ」
潮賀くんが北原くんに向けたのと同じ気持ちを、私も爽に。
「あんまり擦るともっと腫れちゃうよ」
「…ん」
苦笑いで言えば、爽は気まずそうに目を逸らした。少しだけ赤みの落ち着いた顔にひとまず安心して、教室の中へと戻る。人の流れは落ち着いて、先程までまばらにいた生徒もほとんどがその姿を消している。爽はまた自分の席に戻ったので、私は目の前にしゃがんだ。
「…爽、話さなくてもいいけれど、私はいつでも爽の話を聞くからね」
「…何もないってば」
「うん、でもごめんね。そんな泣き腫らした顔で言われても、説得力ないんだ」
「…っ」
「その赤い目は、北原くん関係?」
私が確信を持って告げると、爽はバッと顔を上げた。驚いて丸く見開かれた瞳は、幼子のように不安と緊張に揺れている。どうして、とでも言いたげだ。
「もう1つ謝りたいことがあるんだけど」
「…何?」
「先週、確かお菓子戦争で盛り上がってた日。私、爽が北原くんと言い争いしてるところを聞いちゃったんだ」
申し訳なくて、少し顔を伏せる。爽がどんな顔をしているのかは分からないが、机に置いた手がピクっと震えたのが分かった。
「争いっていうか、爽が怒ってるところ?何を言ってるかまでは聞こえなかった。最初は誰か分からなかったし。喧嘩なら止めようと思って窓から見たら、爽が北原くんを引き寄せたところだった。逆光で、何してるのかは見えなかったけど、2人でいるところは見ちゃったから。だから、ごめんね」
「…なんで、謝るの」
「見られたくなかったかなって思って」
「何してるか分からなかったのに?」
「うん。でも、ちゃんと見えなかったけど、キスしたように見えたから」
私の言葉に、爽が固まる。私は顔を上げて、爽を真っ直ぐ見つめた。爽は俯いていて視線は合わないけれど、図星なのではないかと感じた。
「勘違いかもしれないけど、そう感じてしまったこと、そう見てしまったことは謝りたくて。ごめん、爽」
「…」
爽はふるふると首を横に振った。訳が分からないけど反射的に動いたというように見える。
「爽が何もないって言うなら聞かない。けど知っちゃった私なら、話しても何も変わらないかもしれない。勿論知らなかったとしても力になるけどね。だから爽、私がいつでもそばにいること、忘れないでほしいんだ」
潮賀くんが北原くんに向けたのと同じ気持ちを、私も爽に。
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