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3月4日 ずっと欲しかった言葉
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潮賀くんを見送って、まだ夕飯時まで時間があることを確認する。私は家に戻ることもせず、羅樹の部屋でローテーブルに体を預けて伸びをしていた。
「…羅樹」
「うん?」
注ぎ直したお茶を啜りながら、羅樹がきょとんとした顔を浮かべる。私はそっと姿勢を正して、じっと羅樹の目を見つめた。たじろぐ様子もなく、ただ見つめ返してくれる。この躊躇いのない視線も、以前までの私は嫌だった。私は羅樹と視線を合わせる度に心臓が飛び出そうなくらいに脈打って、数秒ですら見つめ合うのが苦しかったから。頬に熱が集まって、それをどう誤魔化そうかいつも考えていたから。
「好きだよ」
でも今は、そんなこと必要ないと分かっている。微笑んで見せれば、羅樹は目を丸く見開いてはにかんだ。
「僕も好きだよ」
優しい声音が耳に心地良い。素直に聞き入れることの出来なかった羅樹の言葉も、稲荷様と恋音の記録を見た後なら本音なのだと理解することが出来る。例え本人が自覚してなかったとしても。
私はそっと羅樹の目の前へと移動する。手を掴んで握り締めると、羅樹は疑問符を浮かべながらもきゅっと握り返してくれた。その手があまりにも力強くて、糸が張ったように張り詰めていたのに初めて気付いた。
羅樹は私を掴む時、いつも痛いくらいに力を込める。それが羅樹の恐怖やトラウマを反映していたのだと、今初めて知った。
「私はね、羅樹。羅樹が嫌だって言っても離れてあげないから」
包んだ手を私の額にくっつけて、祈りを捧げるようにして話す。不器用で、本当に言いたいことは言葉に出来ない大好きな人に、諭すように笑う。
「だってね、羅樹。私が笑顔になるためには羅樹が隣にいないといけないの。羅樹が側にいないと私は幸せになれないの。だから羅樹が拒まない限り、私は絶対羅樹の元に帰って来る。羅樹の知らないところで居なくなるなんてこと、絶対しないから」
話していて凄く泣きそうになった。今までこんな怖い思いをさせて来たのかという罪悪感と、約束への覚悟として声が震える。
「だから安心して、羅樹」
顔を上げると、至近距離で視線がぶつかった。羅樹の空色の瞳の中で星が散って雫に揺れる。唇が震え、小さく開閉を繰り返す。弱々しく手から力が抜けるのを感じて、私は抱き留めるように羅樹に抱きついた。大きな背中に腕を回し、温もりを伝えるように精一杯手を伸ばす。
「"私はここにいるよ"」
羅樹は私が羅樹のトラウマを見たことを知らない。だから私の発言は全て不思議だった筈なのに、羅樹は堰を切ったように泣き出した。戸惑っている暇などなかったのだろう。
きっと、ずっと欲しかった言葉だから。
肩が涙で濡れるのを感じながら、私は羅樹を抱き締めていた。
「…羅樹」
「うん?」
注ぎ直したお茶を啜りながら、羅樹がきょとんとした顔を浮かべる。私はそっと姿勢を正して、じっと羅樹の目を見つめた。たじろぐ様子もなく、ただ見つめ返してくれる。この躊躇いのない視線も、以前までの私は嫌だった。私は羅樹と視線を合わせる度に心臓が飛び出そうなくらいに脈打って、数秒ですら見つめ合うのが苦しかったから。頬に熱が集まって、それをどう誤魔化そうかいつも考えていたから。
「好きだよ」
でも今は、そんなこと必要ないと分かっている。微笑んで見せれば、羅樹は目を丸く見開いてはにかんだ。
「僕も好きだよ」
優しい声音が耳に心地良い。素直に聞き入れることの出来なかった羅樹の言葉も、稲荷様と恋音の記録を見た後なら本音なのだと理解することが出来る。例え本人が自覚してなかったとしても。
私はそっと羅樹の目の前へと移動する。手を掴んで握り締めると、羅樹は疑問符を浮かべながらもきゅっと握り返してくれた。その手があまりにも力強くて、糸が張ったように張り詰めていたのに初めて気付いた。
羅樹は私を掴む時、いつも痛いくらいに力を込める。それが羅樹の恐怖やトラウマを反映していたのだと、今初めて知った。
「私はね、羅樹。羅樹が嫌だって言っても離れてあげないから」
包んだ手を私の額にくっつけて、祈りを捧げるようにして話す。不器用で、本当に言いたいことは言葉に出来ない大好きな人に、諭すように笑う。
「だってね、羅樹。私が笑顔になるためには羅樹が隣にいないといけないの。羅樹が側にいないと私は幸せになれないの。だから羅樹が拒まない限り、私は絶対羅樹の元に帰って来る。羅樹の知らないところで居なくなるなんてこと、絶対しないから」
話していて凄く泣きそうになった。今までこんな怖い思いをさせて来たのかという罪悪感と、約束への覚悟として声が震える。
「だから安心して、羅樹」
顔を上げると、至近距離で視線がぶつかった。羅樹の空色の瞳の中で星が散って雫に揺れる。唇が震え、小さく開閉を繰り返す。弱々しく手から力が抜けるのを感じて、私は抱き留めるように羅樹に抱きついた。大きな背中に腕を回し、温もりを伝えるように精一杯手を伸ばす。
「"私はここにいるよ"」
羅樹は私が羅樹のトラウマを見たことを知らない。だから私の発言は全て不思議だった筈なのに、羅樹は堰を切ったように泣き出した。戸惑っている暇などなかったのだろう。
きっと、ずっと欲しかった言葉だから。
肩が涙で濡れるのを感じながら、私は羅樹を抱き締めていた。
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