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3月3日 力
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稲荷様は私と恋音の服装を見比べては、驚いたように目を丸くしている。恋音は白を基調とした千早を羽織っている為分かりづらいが、その下に着ているのは以前までの恋使の服装と同じ、白衣に赤い袴の巫女服であった。稲荷様自身も同じような服装をしている。急激に変化した私の服装が異質に見えるのは、致し方ないことだろう。
「夕音、の、力か…?」
「はい?」
稲荷様が何かを呟いたが、私の耳には届かなかった。聞き返すが、稲荷様は首を横に振って小さく微笑んでみせる。
「いや、何でもない。それより伏見。お前は夕音の中で何を見て来たのだ?あんなにヒトを嫌っていた心が変わる程なのだろう?わたしはとても興味がある」
「えぇ、たくさん話がしたいです。きっと、私が宿ったのが夕音だったからこそ起こった奇跡です」
楽しそうに微笑み合う稲荷様と恋音。私は恋音の記録を辿ったからその変化の様相をある程度知っているけれど、恋音の言葉で再び聞いてみたいと思い、耳を傾けることにした。
あんなにたくさん舞っていた花びらは、いつの間にか綺麗さっぱり消えて無くなっていた。
~*~*~*~
何時間が過ぎたのだろう。こちらが恥ずかしくなるほどに詳細に私の言動を逐一稲荷様に話す恋音を見て、とても居た堪れない気持ちになった。稲荷様から"恋使"の座を奪い取った人間。それだけで心象は良くないだろうに、恋音は純粋な好意や尊敬を込めた話をしてくれる。キラキラとした朱色の瞳は夕焼けのように輝き、話を聞いている稲荷様は慈愛に満ちた表情をして頷いている。
戸惑っていると微かに、腹部から空腹を訴える音が鳴った。
「おや」
「まぁ」
稲荷様と恋音が眉を上げてこちらに視線を向けてくる。音の源であるお腹を押さえながら、私も顔を上げてぱちぱちと瞬いた。
「随分話し込んでしまったな。ヒトは数時間に1度食物を摂取しなければならないことを忘れていたよ」
「そうですね。私も宿り主の体が弱まるなんて困りますし、話の続きはまた今度ということで」
「え?」
「え?」
恋音の言葉に引っ掛かりを覚え、思わず聞き返す。目が合った恋音はきょとんとした顔をしており、首を傾げている。
「私の中に、戻るの?」
逃げる理由はなくなった筈だ。稲荷様と共にいたいのではないだろうか。そう思っての発言だったが、恋音は罰が悪そうに苦笑いをすると、「はい」と肯定の返事をして頷いた。
「恥ずかしながら私の力はまだ回復していないので、稲荷様の元にいるには足りないのです」
「稲荷様の側にいる方がたくさんの力を貰えるんじゃないの?」
「使は確かに主人様と繋がっておりますが、そこに力の供給・需要の関係があるとは限りません。特にヒトの信仰が力に関わる不安定な存在は、使とそういった縁を結ぶのは命に関わりますから」
「…なるほど…?」
「そんなわけで申し訳ないですが、あと少し分けていただきたいと思います」
恋音はそう話すと、オレンジ色の光になって私の胸元へと帰って行った。ほんのり温かい光を受け止めて、ホッと息を吐く。
「それでは私も帰りますね」
「あぁ。…ありがとう、夕音」
稲荷様がぽつりと呟いた言葉に、私は自然と笑みが零れていた。
「夕音、の、力か…?」
「はい?」
稲荷様が何かを呟いたが、私の耳には届かなかった。聞き返すが、稲荷様は首を横に振って小さく微笑んでみせる。
「いや、何でもない。それより伏見。お前は夕音の中で何を見て来たのだ?あんなにヒトを嫌っていた心が変わる程なのだろう?わたしはとても興味がある」
「えぇ、たくさん話がしたいです。きっと、私が宿ったのが夕音だったからこそ起こった奇跡です」
楽しそうに微笑み合う稲荷様と恋音。私は恋音の記録を辿ったからその変化の様相をある程度知っているけれど、恋音の言葉で再び聞いてみたいと思い、耳を傾けることにした。
あんなにたくさん舞っていた花びらは、いつの間にか綺麗さっぱり消えて無くなっていた。
~*~*~*~
何時間が過ぎたのだろう。こちらが恥ずかしくなるほどに詳細に私の言動を逐一稲荷様に話す恋音を見て、とても居た堪れない気持ちになった。稲荷様から"恋使"の座を奪い取った人間。それだけで心象は良くないだろうに、恋音は純粋な好意や尊敬を込めた話をしてくれる。キラキラとした朱色の瞳は夕焼けのように輝き、話を聞いている稲荷様は慈愛に満ちた表情をして頷いている。
戸惑っていると微かに、腹部から空腹を訴える音が鳴った。
「おや」
「まぁ」
稲荷様と恋音が眉を上げてこちらに視線を向けてくる。音の源であるお腹を押さえながら、私も顔を上げてぱちぱちと瞬いた。
「随分話し込んでしまったな。ヒトは数時間に1度食物を摂取しなければならないことを忘れていたよ」
「そうですね。私も宿り主の体が弱まるなんて困りますし、話の続きはまた今度ということで」
「え?」
「え?」
恋音の言葉に引っ掛かりを覚え、思わず聞き返す。目が合った恋音はきょとんとした顔をしており、首を傾げている。
「私の中に、戻るの?」
逃げる理由はなくなった筈だ。稲荷様と共にいたいのではないだろうか。そう思っての発言だったが、恋音は罰が悪そうに苦笑いをすると、「はい」と肯定の返事をして頷いた。
「恥ずかしながら私の力はまだ回復していないので、稲荷様の元にいるには足りないのです」
「稲荷様の側にいる方がたくさんの力を貰えるんじゃないの?」
「使は確かに主人様と繋がっておりますが、そこに力の供給・需要の関係があるとは限りません。特にヒトの信仰が力に関わる不安定な存在は、使とそういった縁を結ぶのは命に関わりますから」
「…なるほど…?」
「そんなわけで申し訳ないですが、あと少し分けていただきたいと思います」
恋音はそう話すと、オレンジ色の光になって私の胸元へと帰って行った。ほんのり温かい光を受け止めて、ホッと息を吐く。
「それでは私も帰りますね」
「あぁ。…ありがとう、夕音」
稲荷様がぽつりと呟いた言葉に、私は自然と笑みが零れていた。
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