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3月3日 極彩色orderly
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「ふはぁっ!」
随分長いこと、呼吸が上手く出来ていなかったような気がする。肺いっぱいに空気を吸い込めば、真っ暗闇に包まれていた視界が色付いていく。光が舞って、使命のような何かが胸元で煌めいているような気がした。
「な、夕…!?」
稲荷様が目を大きく見開いて、あんぐりと口を開けている。"恋使の赤い袴は金と赤と桃色の混ざり合った不思議なものとなり、狐を模した耳と尻尾は黄金色の毛先が赤く変化する。そして先程は変化しなかった筈の白衣までもが空色に変わって行く。星が散るような眩い光と共に、私が作り出していた大きな魔法陣が霧散した。
「夕音…!?」
再び名を呼ばれて、私は稲荷様を真っ直ぐに見つめる。
「恋音」
まるで鈴の音が鳴り響くように、私の声が辺りに響き渡った。私の胸元でオレンジの光が震える。その光を包み込むように手で覆い隠して、言葉を届ける。
「見ていたでしょう、恋音。恐らく私の意識がない間も。稲荷様の過去を、貴方のここまでの輪廻転生を。分かったでしょう、稲荷様が恋音を忘れたことなどないと。どれだけ想われているかを」
震えたオレンジ色の光から、泣き声が聞こえて来る。何かに苦しむような嗚咽、混乱、罪悪感。
「恋音は元ヒトだった。稲荷様が彼方の世の理を破ろうとしてまで救おうとした、悲しき運命の下に生まれたヒトだった。繰り返すごとに此方の世よりも彼方の世に引き摺られ、ヒトとしての幸せを掴みにくくなってしまった。それに気付いた稲荷様達は、神の世界に恋音を転生させ"幸せ"を与えようとした」
見て来たものを要約すればそういうことだ。稲荷様も驚いた様子で私の話を聞いている。私が見て来たように話すから。否、実際に見て来たのだけれど。
「けれど今までの輪廻を消すことは出来ない。その因果の分まで今世でヒトのことを嫌いになってしまった。けれど使として存在する為にはヒトとの関わりが必須となる。特に豊穣を司る稲荷様の下では。だから少しずつ慣れさせる為にヒトの世へ降りてみないかと提案した。しかし魂からヒトを憎み嫌う恋音にはあまりにも残酷な言葉だった。そうして逃げ出した先は、運悪くヒトの世だった」
何が悪かったのか、どうしてすれ違ったのか。はっきりと伝える為に直接的な言葉を選ぶ。稲荷様がハッとしたような顔をして、オレンジ色の光からは動揺が伝わって来た。
「恋音、貴方は私の中で何を見て来たの?」
きっと変化している感情を、理解させなければ先には進めない。意を決して、私は恋音にそう問い掛けた。
随分長いこと、呼吸が上手く出来ていなかったような気がする。肺いっぱいに空気を吸い込めば、真っ暗闇に包まれていた視界が色付いていく。光が舞って、使命のような何かが胸元で煌めいているような気がした。
「な、夕…!?」
稲荷様が目を大きく見開いて、あんぐりと口を開けている。"恋使の赤い袴は金と赤と桃色の混ざり合った不思議なものとなり、狐を模した耳と尻尾は黄金色の毛先が赤く変化する。そして先程は変化しなかった筈の白衣までもが空色に変わって行く。星が散るような眩い光と共に、私が作り出していた大きな魔法陣が霧散した。
「夕音…!?」
再び名を呼ばれて、私は稲荷様を真っ直ぐに見つめる。
「恋音」
まるで鈴の音が鳴り響くように、私の声が辺りに響き渡った。私の胸元でオレンジの光が震える。その光を包み込むように手で覆い隠して、言葉を届ける。
「見ていたでしょう、恋音。恐らく私の意識がない間も。稲荷様の過去を、貴方のここまでの輪廻転生を。分かったでしょう、稲荷様が恋音を忘れたことなどないと。どれだけ想われているかを」
震えたオレンジ色の光から、泣き声が聞こえて来る。何かに苦しむような嗚咽、混乱、罪悪感。
「恋音は元ヒトだった。稲荷様が彼方の世の理を破ろうとしてまで救おうとした、悲しき運命の下に生まれたヒトだった。繰り返すごとに此方の世よりも彼方の世に引き摺られ、ヒトとしての幸せを掴みにくくなってしまった。それに気付いた稲荷様達は、神の世界に恋音を転生させ"幸せ"を与えようとした」
見て来たものを要約すればそういうことだ。稲荷様も驚いた様子で私の話を聞いている。私が見て来たように話すから。否、実際に見て来たのだけれど。
「けれど今までの輪廻を消すことは出来ない。その因果の分まで今世でヒトのことを嫌いになってしまった。けれど使として存在する為にはヒトとの関わりが必須となる。特に豊穣を司る稲荷様の下では。だから少しずつ慣れさせる為にヒトの世へ降りてみないかと提案した。しかし魂からヒトを憎み嫌う恋音にはあまりにも残酷な言葉だった。そうして逃げ出した先は、運悪くヒトの世だった」
何が悪かったのか、どうしてすれ違ったのか。はっきりと伝える為に直接的な言葉を選ぶ。稲荷様がハッとしたような顔をして、オレンジ色の光からは動揺が伝わって来た。
「恋音、貴方は私の中で何を見て来たの?」
きっと変化している感情を、理解させなければ先には進めない。意を決して、私は恋音にそう問い掛けた。
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