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3月3日 透明化confusion
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「…伏、見………?」
驚愕の表情で、絞るような声で繰り返す稲荷様。私は何をそんなに驚いているのだろうと首を傾げていると、稲荷様が震える手を強く握り締め、きっとこちらに鋭い目を向けた。
「いるのか、伏見」
私の中で微かに揺れる気配がする。怯えたような心が、僅かに伝わってくる。
「伏見」
稲荷様は今までに見たことのない程に険しい顔をして、私の方を睨み付ける。それはただ間に立っている私からしても怖いもので、向けられている恋音さんからしたらかなりの恐怖だろう。私が桜の精霊達に、澪愛の魂に取り憑かれた時もここまでではなかった。温厚で、感情豊かだけれど物腰は柔らかで、激情を見せたことなんてほとんどなかった。それなのに、今恋音さんに明らかな激情を露わにしている。怒りなのか悲しみなのか、複雑すぎて私には読み解けないほどの激しい感情の混じり合いを、まるで葛藤などないかのように自然と表出させている。
「…嗚呼、確かにこの気配は伏見だ。どうして今まで気付かなかったのか。気付かなかったのか。自分が情けなくなるほどにお主の気配ではないか」
独り言のように述べられたそれは、自身への嘲笑と共に何か嘆いているようにも見える。挟まれただけの私では、今の状況が何なのかよくわからないのだけれど。
「あまりにも自然に溶け込んでいた。あまりにも似ていたから、気付かなかった。きっとそれが夕音の力の気配なんだと信じ切っていた。通りで似ている筈だ。お主の力なんだから」
ぶつぶつと呟かれる言葉を、必死に耳が追う。けれどいまいち意味が掴めない。私の力の気配が、恋音さんと似ている?そして、似ている理由は、そもそもこの力の源が恋音さんだから───?
では私の目も、耳も、ヒトならざるモノを感じる力の全てが恋音さんのものであるということだろうか。物心ついた時にはもう既にそれらは側にいたから、それ以前から恋音さんは私の中にいたということか。私が神隠しにあったのも、羅樹がそれを見て苦しんだのも、全部全部、恋音さんの力が影響していたということか。
『…』
沈黙を続ける恋音さんに、問い掛ける気力も湧かない。目の前に横たわるたくさんの情報が、私を混乱させて本質を掴めなくしてしまう。わからない。稲荷様がここまで感情を露わにする理由も、恋音さんが怯える理由も、私の力が何なのかさえわからない。全てが曖昧の中に溶けていって、私という存在すら何なのか、段々と訳がわからなくなっていく。
「伏見」
今、稲荷様から真っ直ぐ見つめられているのは私だ。
けれど名前を呼ばれているのは恋音さんだ。
私を透かして、恋音さんだけを見ている。まるで私はここにいないかのよう。私の存在理由が、"恋使"として過ごして来た時間が、全てなくなってしまったかのよう。
わからない。どうしてこんな気持ちになるのかも。わからなくて、怖くて、全てが暗闇の中に落ちていきそう。
私という存在が、奥底に飲まれていく感覚がした。
驚愕の表情で、絞るような声で繰り返す稲荷様。私は何をそんなに驚いているのだろうと首を傾げていると、稲荷様が震える手を強く握り締め、きっとこちらに鋭い目を向けた。
「いるのか、伏見」
私の中で微かに揺れる気配がする。怯えたような心が、僅かに伝わってくる。
「伏見」
稲荷様は今までに見たことのない程に険しい顔をして、私の方を睨み付ける。それはただ間に立っている私からしても怖いもので、向けられている恋音さんからしたらかなりの恐怖だろう。私が桜の精霊達に、澪愛の魂に取り憑かれた時もここまでではなかった。温厚で、感情豊かだけれど物腰は柔らかで、激情を見せたことなんてほとんどなかった。それなのに、今恋音さんに明らかな激情を露わにしている。怒りなのか悲しみなのか、複雑すぎて私には読み解けないほどの激しい感情の混じり合いを、まるで葛藤などないかのように自然と表出させている。
「…嗚呼、確かにこの気配は伏見だ。どうして今まで気付かなかったのか。気付かなかったのか。自分が情けなくなるほどにお主の気配ではないか」
独り言のように述べられたそれは、自身への嘲笑と共に何か嘆いているようにも見える。挟まれただけの私では、今の状況が何なのかよくわからないのだけれど。
「あまりにも自然に溶け込んでいた。あまりにも似ていたから、気付かなかった。きっとそれが夕音の力の気配なんだと信じ切っていた。通りで似ている筈だ。お主の力なんだから」
ぶつぶつと呟かれる言葉を、必死に耳が追う。けれどいまいち意味が掴めない。私の力の気配が、恋音さんと似ている?そして、似ている理由は、そもそもこの力の源が恋音さんだから───?
では私の目も、耳も、ヒトならざるモノを感じる力の全てが恋音さんのものであるということだろうか。物心ついた時にはもう既にそれらは側にいたから、それ以前から恋音さんは私の中にいたということか。私が神隠しにあったのも、羅樹がそれを見て苦しんだのも、全部全部、恋音さんの力が影響していたということか。
『…』
沈黙を続ける恋音さんに、問い掛ける気力も湧かない。目の前に横たわるたくさんの情報が、私を混乱させて本質を掴めなくしてしまう。わからない。稲荷様がここまで感情を露わにする理由も、恋音さんが怯える理由も、私の力が何なのかさえわからない。全てが曖昧の中に溶けていって、私という存在すら何なのか、段々と訳がわからなくなっていく。
「伏見」
今、稲荷様から真っ直ぐ見つめられているのは私だ。
けれど名前を呼ばれているのは恋音さんだ。
私を透かして、恋音さんだけを見ている。まるで私はここにいないかのよう。私の存在理由が、"恋使"として過ごして来た時間が、全てなくなってしまったかのよう。
わからない。どうしてこんな気持ちになるのかも。わからなくて、怖くて、全てが暗闇の中に落ちていきそう。
私という存在が、奥底に飲まれていく感覚がした。
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