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2月26日 追想suffering
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浮かんだ疑問を舌の上に転がしたまま、喉をごくりと鳴らす。軋む体をゆっくりと動かして、青海川くんの枕元に寄った。苦しそうに喘ぐ青海川くんに手を伸ばし、静かに目元を覆う。
記憶を辿ることは、しない。
ただ、伝わってくる言葉を聞くだけ。
"彼女の従者が、彼女の訃報を教えてくれた。表向きは火事によって酷い火傷を負い、人前に出るのを嫌うようになったと説明されて。本当はもう帰らぬ人となったことを、国の重要機密を、おれにだけは教えてくれた。おれは人付き合いが得意な方ではなかったし、独り森の奥の離れに引き篭もるような性格だった。だから他人に重要機密を漏らすようなことはしない。出来ない。けれど、だからこそおれの中で消化も整理も出来ないままその事実が燻り、重くのしかかって来た。かつて想い合った彼女はもうこの世にはいない。
火災の原因は、叛逆を企てた臣下にあった。長いこと此の国の頂点に君臨する女王が、目障りで憎らしかったとのこと。自身が長になるべきだと信じてやまなかったこと。そんな自分本位でくだらない理由で、城に火を付けた。精神面はそんなに幼いくせに、脳みそは無駄に優秀だったらしく、計画は実行まで誰にも露見しなかった。
別に彼女が長のままでも国は安寧であったし、元あった格差も少しずつ改善されていたところだった。民で文句を言うのは、まだその手が伸ばせない場所にあった人だけだ。誰も彼もを同時に救うことは出来ない。その皺寄せがいく相手がいることも、彼女は分かって政を実行していた。その被害が最小限に収まるように、先回り先回り調整を繰り返し、政略結婚の夫を支え、此の国の為に尽くして来た。その終わりは、城から全ての使用人を逃がし、被害を自分だけに抑えた城との共倒れ。他に死亡者は誰も出なかった。あぁ勿論、表向きは彼女の従者が亡くなり、彼女は生き残ったことにされていたけれど。そうやって少しずつ改変された世間の認知とおれの認識は、取り返しのつかないほどに異なっていて。誰にも話せない孤独感と最愛の人を失った苦しみが、同時に重く背中にのしかかって来ていた。
忘れられない。
忘れられるはずがない。
あんなに人を愛したのは初めてだった。後にも先にもあの人だけだった。誰も彼もを惹きつけてやまないのに、おれに想いを返してくれた奇跡を、忘れることなんて出来なかった。
だからこそ、雪が降ると思い出す。いつも以上に鮮明に、外が白く染まる中聞いた話を。貴方が亡くなった状況から理由まで、その全てを。立派に勤め上げた最期を。なまじ良い想像力で貴方の結末を思い描いてしまう。それが余計に苦しみを生むことなんて分かっている。それでも、それが酷く悲しく、辛い出来事だと分かっていても。
貴方の存在をおれの中から消すことは、出来なかった。"
記憶を辿ることは、しない。
ただ、伝わってくる言葉を聞くだけ。
"彼女の従者が、彼女の訃報を教えてくれた。表向きは火事によって酷い火傷を負い、人前に出るのを嫌うようになったと説明されて。本当はもう帰らぬ人となったことを、国の重要機密を、おれにだけは教えてくれた。おれは人付き合いが得意な方ではなかったし、独り森の奥の離れに引き篭もるような性格だった。だから他人に重要機密を漏らすようなことはしない。出来ない。けれど、だからこそおれの中で消化も整理も出来ないままその事実が燻り、重くのしかかって来た。かつて想い合った彼女はもうこの世にはいない。
火災の原因は、叛逆を企てた臣下にあった。長いこと此の国の頂点に君臨する女王が、目障りで憎らしかったとのこと。自身が長になるべきだと信じてやまなかったこと。そんな自分本位でくだらない理由で、城に火を付けた。精神面はそんなに幼いくせに、脳みそは無駄に優秀だったらしく、計画は実行まで誰にも露見しなかった。
別に彼女が長のままでも国は安寧であったし、元あった格差も少しずつ改善されていたところだった。民で文句を言うのは、まだその手が伸ばせない場所にあった人だけだ。誰も彼もを同時に救うことは出来ない。その皺寄せがいく相手がいることも、彼女は分かって政を実行していた。その被害が最小限に収まるように、先回り先回り調整を繰り返し、政略結婚の夫を支え、此の国の為に尽くして来た。その終わりは、城から全ての使用人を逃がし、被害を自分だけに抑えた城との共倒れ。他に死亡者は誰も出なかった。あぁ勿論、表向きは彼女の従者が亡くなり、彼女は生き残ったことにされていたけれど。そうやって少しずつ改変された世間の認知とおれの認識は、取り返しのつかないほどに異なっていて。誰にも話せない孤独感と最愛の人を失った苦しみが、同時に重く背中にのしかかって来ていた。
忘れられない。
忘れられるはずがない。
あんなに人を愛したのは初めてだった。後にも先にもあの人だけだった。誰も彼もを惹きつけてやまないのに、おれに想いを返してくれた奇跡を、忘れることなんて出来なかった。
だからこそ、雪が降ると思い出す。いつも以上に鮮明に、外が白く染まる中聞いた話を。貴方が亡くなった状況から理由まで、その全てを。立派に勤め上げた最期を。なまじ良い想像力で貴方の結末を思い描いてしまう。それが余計に苦しみを生むことなんて分かっている。それでも、それが酷く悲しく、辛い出来事だと分かっていても。
貴方の存在をおれの中から消すことは、出来なかった。"
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