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2月26日 苦痛
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「坊っちゃま!」
先程お茶を入れてくれたお手伝いらしき女性が、悲鳴を上げながら駆け寄って来るのがわかる。わかるけれど体が動かない。呼吸はしづらくなって、気道がきゅっと狭まっていく。クラクラする頭で酸素を求めて動けば、足がもつれて青海川くん同様地面に倒れ込んでしまった。目の前に青緑色の影が揺れて、意識を保つのがやっとである。青海川くんに駆け寄った女性が私の様子にも気付き、甲高い悲鳴を上げた。人を呼びに行こうか迷っているらしいが、最初にこの家には今誰もいないと教えられていた。つまり本邸に戻っても誰もいないということだ。助けも見込めない。けれど自分1人で2人を運ぶなんて難しい。女性の動揺が心の声を聞かずともわかった。
『仕方ないわね』
ふわりと、耳元で声がした。軽やかに鈴が鳴るような、落ち着いた声。しゃらん、しゃらんっと鉄の輪が擦れる音が聞こえる。
「こ…………さ……」
恋音さん、と呼び掛ける声が掠れる。今にも地面に這いつくばってしまいそうな程、私の中の酸素が奪われ続けていた。
『半分頂戴。呪いでも毒でも、私に害を及ぼすものなら同じもので制してあげる』
彼岸花を髪に飾った狐の使いが、優しく笑う。私は真っ白に変わりゆく視界の中で、ふわふわと境界線が曖昧になる感覚を味わっていた。恋音さんが私の体から僅かに乖離して、頬に手を添える。すり抜けなかったのは、恋音さんと私の波長が合ったおかげか、私がそちらに近付いているからかは分からない。分からないが、額を合わせた途端に酸素が口いっぱいに流れ込んで来た。思わず吸い過ぎて、かひゅっと喉から音が鳴る。そのまま額を合わせていると、苦しみは先程の半分程度にまで治まっていた。
これくらいなら、1人で歩ける。
ふらつきながらも立ち上がると、女性が驚いた顔をこちらに向ける。その表情もしっかりと私は認識出来る。視界の霞みも、今は大丈夫そうだ。
「すみませんが、青海川くんは、お願いします」
まだ気怠さと気持ちの悪さは存在する。荒い息のままそう伝えれば、女性はしっかりと頷いて青海川くんの肩を担いだ。
「こちらに…っ!」
少し苦しそうだが、一生懸命青海川くんを運ぶ女性に着いて行く。
『毒じゃないわね。これは、私の管轄じゃない…』
恋音さんが私の中で小さく呟く。毒でも呪いの類でもない。この苦しみはそういった人為的な苦痛とは異なるということだ。管轄でないなら、分け与えられた恋音さんも苦しいだろう。心の中で心配する声を上げれば、ばかね、と微笑まれる気配がした。
『こちらの世のモノが、そちらの世のもので苦しむわけないじゃない』
少しだけ息の混ざった声で、恋音さんはそう呟いた。
先程お茶を入れてくれたお手伝いらしき女性が、悲鳴を上げながら駆け寄って来るのがわかる。わかるけれど体が動かない。呼吸はしづらくなって、気道がきゅっと狭まっていく。クラクラする頭で酸素を求めて動けば、足がもつれて青海川くん同様地面に倒れ込んでしまった。目の前に青緑色の影が揺れて、意識を保つのがやっとである。青海川くんに駆け寄った女性が私の様子にも気付き、甲高い悲鳴を上げた。人を呼びに行こうか迷っているらしいが、最初にこの家には今誰もいないと教えられていた。つまり本邸に戻っても誰もいないということだ。助けも見込めない。けれど自分1人で2人を運ぶなんて難しい。女性の動揺が心の声を聞かずともわかった。
『仕方ないわね』
ふわりと、耳元で声がした。軽やかに鈴が鳴るような、落ち着いた声。しゃらん、しゃらんっと鉄の輪が擦れる音が聞こえる。
「こ…………さ……」
恋音さん、と呼び掛ける声が掠れる。今にも地面に這いつくばってしまいそうな程、私の中の酸素が奪われ続けていた。
『半分頂戴。呪いでも毒でも、私に害を及ぼすものなら同じもので制してあげる』
彼岸花を髪に飾った狐の使いが、優しく笑う。私は真っ白に変わりゆく視界の中で、ふわふわと境界線が曖昧になる感覚を味わっていた。恋音さんが私の体から僅かに乖離して、頬に手を添える。すり抜けなかったのは、恋音さんと私の波長が合ったおかげか、私がそちらに近付いているからかは分からない。分からないが、額を合わせた途端に酸素が口いっぱいに流れ込んで来た。思わず吸い過ぎて、かひゅっと喉から音が鳴る。そのまま額を合わせていると、苦しみは先程の半分程度にまで治まっていた。
これくらいなら、1人で歩ける。
ふらつきながらも立ち上がると、女性が驚いた顔をこちらに向ける。その表情もしっかりと私は認識出来る。視界の霞みも、今は大丈夫そうだ。
「すみませんが、青海川くんは、お願いします」
まだ気怠さと気持ちの悪さは存在する。荒い息のままそう伝えれば、女性はしっかりと頷いて青海川くんの肩を担いだ。
「こちらに…っ!」
少し苦しそうだが、一生懸命青海川くんを運ぶ女性に着いて行く。
『毒じゃないわね。これは、私の管轄じゃない…』
恋音さんが私の中で小さく呟く。毒でも呪いの類でもない。この苦しみはそういった人為的な苦痛とは異なるということだ。管轄でないなら、分け与えられた恋音さんも苦しいだろう。心の中で心配する声を上げれば、ばかね、と微笑まれる気配がした。
『こちらの世のモノが、そちらの世のもので苦しむわけないじゃない』
少しだけ息の混ざった声で、恋音さんはそう呟いた。
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