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2月12日 "ありがとう"
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今年のバレンタインは日曜日であるため、明日、土曜日に私の家で作ることになった。
「材料も買わなきゃだから、午前から来た方が良いかな。前日でも売ってるかな」
「大丈夫、だと思う」
相変わらず痛々しい傷跡が残っているが、明本人は元気なようだ。私がバレンタインについて誘うと、瞳の奥を少しだけ好奇に輝かせて喜んでいるように見えた。
「それじゃあ、また明日」
「うん…あ、待って」
「ん?」
帰ろうとしたところで、明が私を呼び止めた。躊躇いがちに口を開いたり閉じたりをしているが、私はそれを遮らない。明が出してくれたせっかくの勇気を、無駄にしたくない。微笑みを浮かべ、明の言葉を待つ。すると安心したようで、明は前よりも早く言葉を紡げるようになった。
「あの、怪我した時に、ね」
一瞬背筋が凍る。明が話しているのは、男に暴力を振るわれた日のこと。私が、過剰に力を使ってしまった日のこと。何を言われるのかと、冷や汗が伝う。
しかし明は目を伏せると、思い出に瞳を瞬いてぎこちなく微笑んだ。
「助けてくれて、ありがとう」
「…っ!」
普段笑顔が苦手な子が笑ってくれて。
私の不安だった気持ちを拭ってくれて。
心からお礼を言ってくれた。
その事実が嬉しくて、思わず泣きそうになってしまう。しかしここで泣いたらただのおかしな人だ。頭を横に振って、思考を切り替える。涙に滲む視界を無理やり見開いて、一生懸命笑ってみせた。
「どういたしまして!」
私が精一杯の笑顔で答えると、明も安心したような表情を浮かべる。きっと気掛かりだったのだろう。明はやはり素直で、優しくて、とても良い子だ。その優しさが疎ましい人もいるのだろうけど、少なくとも私にとっては大事な友達であり、幸せになって欲しい人の1人である。
だから、バレンタインが明にとって心に気付くきっかけになれば良い。
心の底からそう思いながら、明と別れの挨拶を交わした。
羅樹のところへ向かおうと、隣のクラスを訪れる。しかしそこには目当ての人影はおらず、ポツポツと残っている生徒がいるだけだった。その中の1人である鹿宮くんが私に気付き、顔を強張らせる。そんな顔をされるとは思ってなかったので、戸惑いがちにお辞儀をすると、我に返った鹿宮くんは慌てて私の元に駆け寄った。
「すみませんっ!えっと、ら、羅樹っすか?」
「え、う、うん」
「羅樹なら提出物を出しに行ったっす。数学なんで、捕まると長いかもしれないっすけど」
「なるほど、了解」
携帯を確認するが、羅樹からメッセージはない。すぐに行ってすぐに帰ってくるつもりだったのだろう。少し待つか、と4組の中に入れてもらう。
「鹿宮くんは、部活?」
「え、まぁ、はい。…いや、今日は休みっす」
戸惑ったように告げる鹿宮くんに、私が戸惑う。
気まずい沈黙が、私と鹿宮くんの間に流れた。
「材料も買わなきゃだから、午前から来た方が良いかな。前日でも売ってるかな」
「大丈夫、だと思う」
相変わらず痛々しい傷跡が残っているが、明本人は元気なようだ。私がバレンタインについて誘うと、瞳の奥を少しだけ好奇に輝かせて喜んでいるように見えた。
「それじゃあ、また明日」
「うん…あ、待って」
「ん?」
帰ろうとしたところで、明が私を呼び止めた。躊躇いがちに口を開いたり閉じたりをしているが、私はそれを遮らない。明が出してくれたせっかくの勇気を、無駄にしたくない。微笑みを浮かべ、明の言葉を待つ。すると安心したようで、明は前よりも早く言葉を紡げるようになった。
「あの、怪我した時に、ね」
一瞬背筋が凍る。明が話しているのは、男に暴力を振るわれた日のこと。私が、過剰に力を使ってしまった日のこと。何を言われるのかと、冷や汗が伝う。
しかし明は目を伏せると、思い出に瞳を瞬いてぎこちなく微笑んだ。
「助けてくれて、ありがとう」
「…っ!」
普段笑顔が苦手な子が笑ってくれて。
私の不安だった気持ちを拭ってくれて。
心からお礼を言ってくれた。
その事実が嬉しくて、思わず泣きそうになってしまう。しかしここで泣いたらただのおかしな人だ。頭を横に振って、思考を切り替える。涙に滲む視界を無理やり見開いて、一生懸命笑ってみせた。
「どういたしまして!」
私が精一杯の笑顔で答えると、明も安心したような表情を浮かべる。きっと気掛かりだったのだろう。明はやはり素直で、優しくて、とても良い子だ。その優しさが疎ましい人もいるのだろうけど、少なくとも私にとっては大事な友達であり、幸せになって欲しい人の1人である。
だから、バレンタインが明にとって心に気付くきっかけになれば良い。
心の底からそう思いながら、明と別れの挨拶を交わした。
羅樹のところへ向かおうと、隣のクラスを訪れる。しかしそこには目当ての人影はおらず、ポツポツと残っている生徒がいるだけだった。その中の1人である鹿宮くんが私に気付き、顔を強張らせる。そんな顔をされるとは思ってなかったので、戸惑いがちにお辞儀をすると、我に返った鹿宮くんは慌てて私の元に駆け寄った。
「すみませんっ!えっと、ら、羅樹っすか?」
「え、う、うん」
「羅樹なら提出物を出しに行ったっす。数学なんで、捕まると長いかもしれないっすけど」
「なるほど、了解」
携帯を確認するが、羅樹からメッセージはない。すぐに行ってすぐに帰ってくるつもりだったのだろう。少し待つか、と4組の中に入れてもらう。
「鹿宮くんは、部活?」
「え、まぁ、はい。…いや、今日は休みっす」
戸惑ったように告げる鹿宮くんに、私が戸惑う。
気まずい沈黙が、私と鹿宮くんの間に流れた。
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