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2月10日 そんな君だから
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翌日、明は普通に登校して来た。前後の記憶が曖昧であり、怪我を負った時の話は出来ないらしい。強烈な痛みに気を失ったこともあって、私が恋使の姿を解いた時のことも覚えていないようだった。もしかしたら最初から見ていないのかもしれない。
男の方は停学処分だ。どのくらいかは分からないが、しばらく学校には来られないという。少し小耳に挟んだ話では、昨日のことを激しく後悔し、未だ謝罪と懺悔を繰り返している様子だという。もしかしたら精神的トラウマとなっているのかもしれない。明に暴力を振るったことは到底許せることではないが、だからといって私が仕返しをするのは違ったかもしれない。過剰だった自覚はある。重苦しい罪悪感が胸中に立ち込めるが、誰にも相談出来ない。信じてもらえないだろうし、仮に信じてもらえたとしても私がそんな人だと知られるのは嫌だ。相変わらず臆病で、逃げ腰である。
「…どうしたら、良かったのかな」
明を庇って飛び出すだけで良かった?
男が逃げないように押さえ込むだけで良かった?
分からない。考える程分からなくなっていく。
「何が?」
「わっ!?」
口に出てしまっていたらしい。いつの間にか隣にいた羅樹が私に問い掛けて来た。私は言葉に詰まり、逡巡する。視線が泳いでしまって、まともに答えられそうにない。長い付き合いである羅樹はそれで察してしまったのか、私に言葉の続きを促すことはなく目の前を向いた。
「夕音は昔からヒーローみたいだよね」
「え?」
ポツリと呟かれた言葉に、意図が読めず問い返す。羅樹は組んだ指を目の前に伸ばし、思いっきり伸びをした。
「悪いことが許せなくて、正義感が強くて。普段はあんまり前に出ないのに、ここぞというときには怯えずに前に出る」
何かを思い出すように目を細め、羅樹が笑う。私の方を振り向くと、水色の瞳に私の姿が写った。
「格好良いと思うよ、夕音」
きっと、昨日明とあの人の言い争い現場に突撃したことを言っているのだろう。私が明の怪我を阻止出来なかったことを、悔やんでいると思っているのだろう。微妙に違うのだが、それでも羅樹の言葉は私の心に優しく響いた。
その優しさに甘えて、少しだけ弱音を吐く。
「でも、私が責めるのは違ったかもしれない」
友達のためだという大義名分を掲げて、ストレス発散に使っていたのかもしれない。怒りがいつの間にか別のものに変わっていたのかもしれない。違うと言える保証は、何処にもない。
そんな風に呟く私に、羅樹はパチパチと瞳を瞬いた。やがて弾けるように笑い出した。
「ちょ、ちょっと!?何!?」
「あははっ、ごめんごめん。ふふっ、そっか、そうだね」
羅樹はその瞳に夕焼けを映して、楽しそうに呟く。
「夕音は優しいね」
「え?」
「だって、自分の友達だけじゃなくて相手のことも考えてる。責任を全部押し付けたって誰も怒らないのに、自分で気付いて自分で反省してる。それって偉いことだと思うよ?」
そうやって、欲しい言葉をくれる。
悩んでたのに、怖かったのに、羅樹の言葉1つで救われてしまう。ずるい。そんなの、もっと好きになってしまう。
「…ありがと」
「どういたしまして」
残り少なくなった帰路で、私は羅樹の方をあまり見ることが出来なくなった。
男の方は停学処分だ。どのくらいかは分からないが、しばらく学校には来られないという。少し小耳に挟んだ話では、昨日のことを激しく後悔し、未だ謝罪と懺悔を繰り返している様子だという。もしかしたら精神的トラウマとなっているのかもしれない。明に暴力を振るったことは到底許せることではないが、だからといって私が仕返しをするのは違ったかもしれない。過剰だった自覚はある。重苦しい罪悪感が胸中に立ち込めるが、誰にも相談出来ない。信じてもらえないだろうし、仮に信じてもらえたとしても私がそんな人だと知られるのは嫌だ。相変わらず臆病で、逃げ腰である。
「…どうしたら、良かったのかな」
明を庇って飛び出すだけで良かった?
男が逃げないように押さえ込むだけで良かった?
分からない。考える程分からなくなっていく。
「何が?」
「わっ!?」
口に出てしまっていたらしい。いつの間にか隣にいた羅樹が私に問い掛けて来た。私は言葉に詰まり、逡巡する。視線が泳いでしまって、まともに答えられそうにない。長い付き合いである羅樹はそれで察してしまったのか、私に言葉の続きを促すことはなく目の前を向いた。
「夕音は昔からヒーローみたいだよね」
「え?」
ポツリと呟かれた言葉に、意図が読めず問い返す。羅樹は組んだ指を目の前に伸ばし、思いっきり伸びをした。
「悪いことが許せなくて、正義感が強くて。普段はあんまり前に出ないのに、ここぞというときには怯えずに前に出る」
何かを思い出すように目を細め、羅樹が笑う。私の方を振り向くと、水色の瞳に私の姿が写った。
「格好良いと思うよ、夕音」
きっと、昨日明とあの人の言い争い現場に突撃したことを言っているのだろう。私が明の怪我を阻止出来なかったことを、悔やんでいると思っているのだろう。微妙に違うのだが、それでも羅樹の言葉は私の心に優しく響いた。
その優しさに甘えて、少しだけ弱音を吐く。
「でも、私が責めるのは違ったかもしれない」
友達のためだという大義名分を掲げて、ストレス発散に使っていたのかもしれない。怒りがいつの間にか別のものに変わっていたのかもしれない。違うと言える保証は、何処にもない。
そんな風に呟く私に、羅樹はパチパチと瞳を瞬いた。やがて弾けるように笑い出した。
「ちょ、ちょっと!?何!?」
「あははっ、ごめんごめん。ふふっ、そっか、そうだね」
羅樹はその瞳に夕焼けを映して、楽しそうに呟く。
「夕音は優しいね」
「え?」
「だって、自分の友達だけじゃなくて相手のことも考えてる。責任を全部押し付けたって誰も怒らないのに、自分で気付いて自分で反省してる。それって偉いことだと思うよ?」
そうやって、欲しい言葉をくれる。
悩んでたのに、怖かったのに、羅樹の言葉1つで救われてしまう。ずるい。そんなの、もっと好きになってしまう。
「…ありがと」
「どういたしまして」
残り少なくなった帰路で、私は羅樹の方をあまり見ることが出来なくなった。
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