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零の前の話 稲荷
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これは夕音が恋使になる数百年も前の話。
これはわたしの遠い記憶。
「稲荷様、姉様が…」
わたしの付き人からの報告。わたしはため息を吐きたくなる。
神の地と呼ばれるこの世界でも、人間界と同じように言語もあるし、関係もある。姉様というのは龍神様のことである。わたしと龍神様は親しい関係のため、姉様と呼んでいる。その姉様は、最近人間に恋情を抱いた。神であることを隠し人間界へ降りた時に恋情を抱いてしまった。幸か不幸か、相手も同じように恋情を抱いたらしい。しかし人間と神という違いは、姉様を悩ませるには十分だった。悩んだ姉様は自室にこもり、考え事をし続けるようになってしまった。たまに考えすぎて叫び声をあげることがある。そういう時、わたしへ報告が来るのだ。
「姉様は…まだ考え中か…」
わたしの使いであり、姉様との連絡役の伏見が、怯えた目でわたしを見た。
伏見は、人間と仲を深めようとしたが、人前でキツネに化けてしまったことから恐れられ、一度脚を打たれたことがある。それから人間を恐れ、嫌っている。神の地にいれば、人間と関わることはそうそう無いが、大事にしていた姉様が人間に惚れてしまったために、更に人間を嫌うようになった。
わたしは、人間の言動について調べる役目があったため、人間への使いとして伏見を使っていた。打たれたことがあってから、やめさせていたが、ここまで嫌うと神の地でも役目に困る。そのためもう一度慣れされようとしてみた。
「伏見、お主…もう一度、使いとして人間界へ行かぬか」
窓に手を置いたまま振り返り、まっすぐに伏見の目を見つめる。伏見は絶句したように目を見開いた。
「稲荷様…っなん…」
「このまま人間界へ降りれぬ、人間の様子を見ることもできぬとなると、お主の役目が無くなる。わたしは、そうしたくない」
伏見は、ガタガタと震えた。そして、首を横に振った。
「伏…」
「稲荷様、やめてください!!」
伏見が叫び、あたりの物が震え落下する。大きく目を見開いて、耳を押さえる。全身で拒絶する。
「伏見…やめ、ろ…」
「どうして…、どうしてそんなこと言うの…役目が無いのは、理解してます!ならば、ここから去ります…っ!!」
伏見は瞳いっぱいに涙を溜め、出て行ってしまった。わたしは、そこから動くこともできず、窓に当てたままの手を、桟におろし、握りしめるしかなかった。
「…稲荷…?」
聞きなれた声が聞こえたので、振り返ると姉様がいた。不安げに瞳を揺らし、わたしを見つめる。
「…伏見が、ここを去ると申しました。わたしに、止める権利はありませぬ。申し訳ありません…」
「伏見、どうしたの…?」
「わたしのせいです。…わたしが、あんなことを言わなければ…」
視界が揺れる。姉様は何も咎めずにわたしを抱きしめた。わたしは苦しくて、辛くて、涙をこぼし、声をあげて泣いた。
これはわたしの遠い記憶。
「稲荷様、姉様が…」
わたしの付き人からの報告。わたしはため息を吐きたくなる。
神の地と呼ばれるこの世界でも、人間界と同じように言語もあるし、関係もある。姉様というのは龍神様のことである。わたしと龍神様は親しい関係のため、姉様と呼んでいる。その姉様は、最近人間に恋情を抱いた。神であることを隠し人間界へ降りた時に恋情を抱いてしまった。幸か不幸か、相手も同じように恋情を抱いたらしい。しかし人間と神という違いは、姉様を悩ませるには十分だった。悩んだ姉様は自室にこもり、考え事をし続けるようになってしまった。たまに考えすぎて叫び声をあげることがある。そういう時、わたしへ報告が来るのだ。
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わたしは、人間の言動について調べる役目があったため、人間への使いとして伏見を使っていた。打たれたことがあってから、やめさせていたが、ここまで嫌うと神の地でも役目に困る。そのためもう一度慣れされようとしてみた。
「伏見、お主…もう一度、使いとして人間界へ行かぬか」
窓に手を置いたまま振り返り、まっすぐに伏見の目を見つめる。伏見は絶句したように目を見開いた。
「稲荷様…っなん…」
「このまま人間界へ降りれぬ、人間の様子を見ることもできぬとなると、お主の役目が無くなる。わたしは、そうしたくない」
伏見は、ガタガタと震えた。そして、首を横に振った。
「伏…」
「稲荷様、やめてください!!」
伏見が叫び、あたりの物が震え落下する。大きく目を見開いて、耳を押さえる。全身で拒絶する。
「伏見…やめ、ろ…」
「どうして…、どうしてそんなこと言うの…役目が無いのは、理解してます!ならば、ここから去ります…っ!!」
伏見は瞳いっぱいに涙を溜め、出て行ってしまった。わたしは、そこから動くこともできず、窓に当てたままの手を、桟におろし、握りしめるしかなかった。
「…稲荷…?」
聞きなれた声が聞こえたので、振り返ると姉様がいた。不安げに瞳を揺らし、わたしを見つめる。
「…伏見が、ここを去ると申しました。わたしに、止める権利はありませぬ。申し訳ありません…」
「伏見、どうしたの…?」
「わたしのせいです。…わたしが、あんなことを言わなければ…」
視界が揺れる。姉様は何も咎めずにわたしを抱きしめた。わたしは苦しくて、辛くて、涙をこぼし、声をあげて泣いた。
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