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2月9日 意思と否定
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パチン、と高い音が鳴り響く。明は目の前の男から顔を背け、その片頬を赤く染めていた。男は明に侮蔑の視線を送る。
「そんなこと知ってる奴はさぁ、いなかったわけよ。お前はただ黙ってれば良かったの。俺と付き合えて幸せですって顔してれば良かったわけ。今更声上げて何になるわけ?はぁ…もう少し頭良いと思ってたんだけどな」
明は唇を噛み、それでも顔を上げて真っ直ぐ目を合わせた。
「幸せじゃ、ない。幸せになんか、なれない。だって事実じゃない、から!嘘吐きと付き合いたくなんてない!」
明は自分の意思をはっきり告げる。怯むことなく声を出すが、それは余計男を苛立たせた。
「は?」
酷く冷淡な声。空気が冷えるような、こちらを人とも思っていないような見下した目。噂を流した本人らしい、下卑た姿であった。
「何、ソレ。誰のこと?嘘吐きって、へぇ、俺のこと言ったの?」
「貴方以外に誰がいるの」
「ふぅん」
男は冷めた目で明に近付くと、目で追えない速さで明の腹を膝蹴りした。苦痛に表情が歪んだのも一瞬で、次の瞬間には誰にも使われていない小屋へと突き飛ばされていた。倒れ込んだ明に慌てて駆け寄ると、気を失いかけていた。ぐったりとした様子で瞳を虚ろに開いている。
一瞬、火花が散った。
「痛ッ!?」
再度近付こうとしていた男が怯んだ。振り向く気も起きず、ただ明の名前を呼ぶ。脈拍を測り生きていることを確認する。泣き叫ぶように声を掛けるが、袴が視界に入り届いているか分からないことに気付く。観察者がいることすら気にせず、私は手を振り下ろして"恋使"の姿を解いた。
「………は!?」
急に何もない空間から現れた私を見て、狼狽する声が聞こえて来る。どうでもいい。許さない。再度明に声を掛けるが、反応はない。完全に気を失っている。誰か人を。救急車を。誰に言えば良い?誰を呼べば良い?混乱してくる頭の中で、冷静な声が響く。
『まず救急車を呼んで。演劇部がまだ残ってる。由芽とかいう子なら携帯を持ってるかもしれないわ』
その声に急激に思考が冷えていく。まるで侵食されるように、するりと行動に移ることが出来た。救急車を呼び、由芽に電話をして先生を呼んでもらい、それぞれの対応を待つことになった。呼び掛けを続けようとしたところで、ハッと後ろを振り返る。私の急な対応に戸惑っていた男が、犯人にされると気付いて慌てて逃げ出そうとしていた。その瞬間、彼に向かって強風が吹く。
「うわぁ!?」
驚いて転んだ瞬間、ゴロゴロと風に煽られ元の位置へと戻って来た。その表情には戸惑いが混ざっている。私は男に近付き、その顔を見下す。私の姿に何故か怯えた男は、恐怖が最高潮に達したのか腕を振り上げた。酷くがむしゃらな動きだ。明を壁に突き飛ばしたあたり腕力はあるのだろう。ガタイも悪くない。
だが、それは私には届かなかった。
「そんなこと知ってる奴はさぁ、いなかったわけよ。お前はただ黙ってれば良かったの。俺と付き合えて幸せですって顔してれば良かったわけ。今更声上げて何になるわけ?はぁ…もう少し頭良いと思ってたんだけどな」
明は唇を噛み、それでも顔を上げて真っ直ぐ目を合わせた。
「幸せじゃ、ない。幸せになんか、なれない。だって事実じゃない、から!嘘吐きと付き合いたくなんてない!」
明は自分の意思をはっきり告げる。怯むことなく声を出すが、それは余計男を苛立たせた。
「は?」
酷く冷淡な声。空気が冷えるような、こちらを人とも思っていないような見下した目。噂を流した本人らしい、下卑た姿であった。
「何、ソレ。誰のこと?嘘吐きって、へぇ、俺のこと言ったの?」
「貴方以外に誰がいるの」
「ふぅん」
男は冷めた目で明に近付くと、目で追えない速さで明の腹を膝蹴りした。苦痛に表情が歪んだのも一瞬で、次の瞬間には誰にも使われていない小屋へと突き飛ばされていた。倒れ込んだ明に慌てて駆け寄ると、気を失いかけていた。ぐったりとした様子で瞳を虚ろに開いている。
一瞬、火花が散った。
「痛ッ!?」
再度近付こうとしていた男が怯んだ。振り向く気も起きず、ただ明の名前を呼ぶ。脈拍を測り生きていることを確認する。泣き叫ぶように声を掛けるが、袴が視界に入り届いているか分からないことに気付く。観察者がいることすら気にせず、私は手を振り下ろして"恋使"の姿を解いた。
「………は!?」
急に何もない空間から現れた私を見て、狼狽する声が聞こえて来る。どうでもいい。許さない。再度明に声を掛けるが、反応はない。完全に気を失っている。誰か人を。救急車を。誰に言えば良い?誰を呼べば良い?混乱してくる頭の中で、冷静な声が響く。
『まず救急車を呼んで。演劇部がまだ残ってる。由芽とかいう子なら携帯を持ってるかもしれないわ』
その声に急激に思考が冷えていく。まるで侵食されるように、するりと行動に移ることが出来た。救急車を呼び、由芽に電話をして先生を呼んでもらい、それぞれの対応を待つことになった。呼び掛けを続けようとしたところで、ハッと後ろを振り返る。私の急な対応に戸惑っていた男が、犯人にされると気付いて慌てて逃げ出そうとしていた。その瞬間、彼に向かって強風が吹く。
「うわぁ!?」
驚いて転んだ瞬間、ゴロゴロと風に煽られ元の位置へと戻って来た。その表情には戸惑いが混ざっている。私は男に近付き、その顔を見下す。私の姿に何故か怯えた男は、恐怖が最高潮に達したのか腕を振り上げた。酷くがむしゃらな動きだ。明を壁に突き飛ばしたあたり腕力はあるのだろう。ガタイも悪くない。
だが、それは私には届かなかった。
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