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俳句scene 星空
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おれの家には両親と兄、祖父母が暮らしている。祖父は厳しい時もあるけれど、いつも優しくて、かっこいい。祖母はおっとりしていて、お茶と苺が好き。おれと一緒に苺を食べると、顔をしわくちゃにして笑う。父は会社勤めで、いつも大変そう。へとへとになっていても、母の手料理を食べたり、おれの成績向上を聞いたり、兄の近況報告を聞いたりすると疲れが回復した、と言って嬉しそうに笑う。母は面白い。根っからの天然のようで、電波的なことを言う。放っておくとどこかに行ってしまいそうだけど、帰ってくるような安心感のある人だ。兄は空太という。理科の先生で、3組の担任をしている。薬全般が得意で、何か作っては生徒に飲ませて問題を起こしている。安全面に配慮し、99%大丈夫よりも安全じゃないと飲ませないらしい。大学生の頃から表彰ものだと教授に言われていたそうだが、いつも「俺の作る薬は争いしか生み出さない」と拒否しているらしい。
おれは、俳句が好き。綺麗な風景を見たり、生き物の神秘に触れた時、すごく詠みたくなる。そうして、思い浮かんだ時に必ず何か記憶が蘇る。一瞬だけ、写真のように映る情景が連続で頭の中をよぎる。
竹林の中。
大雨の降る橋の上。
赤い女物の着物。
暗い青の服に身を包んだ従者。
筆や紙。
木造の建物。
そして、強く光る赤いもの。
赤い、紅い、炎。
時代は現在ではなく、ずっと遠い昔。江戸時代と言われても納得がいく風景。
何故おれは覚えているのだろう。いや、正確にはその風景を知っているのだろう、か。
「…前世…とか、かな……」
ぼそりと一人、呟く。自分の部屋なので聞く人はいない。その風景は、いつでもどこでも、俳句が浮かぶと同時に現れる。そしてそれは、いつの間にか消えている。何事も無かったかのように。けれど、おれにヒントを与えるかのように少しずつはっきりしていく。
炎の中に、長くみずみずしい黒髪が見えた。赤の中に広がる黒。誰かの叫ぶ声。やがて雨が降る。暗い青の服が、泥まみれになって濡れる。
おれは誰が叫んでいるか確認する直前で途切れる。
くらくらしてきた頭の中を整理し、そっと目を瞑る。
紅の 中に伸ばした 手の先に かすりともせぬ 貴方の玉の緒
とっさに浮かんだ俳句。しかし記憶は蘇らない。ただ、動悸がする。苦しくて辛くて、悲しい。
これはどういう気持ちなのだろうか。
おれは、記憶について知りたいと思った。
おれは、俳句が好き。綺麗な風景を見たり、生き物の神秘に触れた時、すごく詠みたくなる。そうして、思い浮かんだ時に必ず何か記憶が蘇る。一瞬だけ、写真のように映る情景が連続で頭の中をよぎる。
竹林の中。
大雨の降る橋の上。
赤い女物の着物。
暗い青の服に身を包んだ従者。
筆や紙。
木造の建物。
そして、強く光る赤いもの。
赤い、紅い、炎。
時代は現在ではなく、ずっと遠い昔。江戸時代と言われても納得がいく風景。
何故おれは覚えているのだろう。いや、正確にはその風景を知っているのだろう、か。
「…前世…とか、かな……」
ぼそりと一人、呟く。自分の部屋なので聞く人はいない。その風景は、いつでもどこでも、俳句が浮かぶと同時に現れる。そしてそれは、いつの間にか消えている。何事も無かったかのように。けれど、おれにヒントを与えるかのように少しずつはっきりしていく。
炎の中に、長くみずみずしい黒髪が見えた。赤の中に広がる黒。誰かの叫ぶ声。やがて雨が降る。暗い青の服が、泥まみれになって濡れる。
おれは誰が叫んでいるか確認する直前で途切れる。
くらくらしてきた頭の中を整理し、そっと目を瞑る。
紅の 中に伸ばした 手の先に かすりともせぬ 貴方の玉の緒
とっさに浮かんだ俳句。しかし記憶は蘇らない。ただ、動悸がする。苦しくて辛くて、悲しい。
これはどういう気持ちなのだろうか。
おれは、記憶について知りたいと思った。
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