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2月2日 言葉を遮らないで
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帰って来て早々、明を部屋に招く。ベッド前にローテーブルを用意して、向かい合うように座った。とりあえずは腹ごしらえだと告げ、遅めのおやつの時間を始める。私はショートケーキ、明はチョコレートケーキを選んだ。
「美味しい!」
「うん…っ」
明はフォークを口に運ぶと、一瞬目を丸く見開いた。じっくり観察すれば感情表現はしっかりと見て取れる。この姿も知らないで噂に踊らされている人達とは、やはり相容れない。無口で無表情だからといって、感情がないわけではないのだ。意見や意思がないわけではないのだ。そう思うと、今回のやり方は非常に卑怯だと分かる。明があまり口を開かないのを分かっていながら、噂で外堀を埋めていくやり方。恋話に煩い女子を扇動した、正攻法とは思えない逃げ道を塞ぐ行為。恋愛は戦だと比喩されることもあるが、今回の行為は敗戦しておきながら、勝利したと嘯くようなもの。敵の情けで生き延びることができたのに、恩を仇で返すような行為。どうしたって許すことなんてできない。
「夕音…?」
無意識のうちに手に力が入っていたようで、ハッと我に返る。力を抜くように手を振って「何でもない」と誤魔化すと、明は悲しそうに笑った。普段動かさない口角を無理やり上げて、ぎこちない笑顔を作る。私は一瞬、明が何をしたのか分からなかった。すぐにいつもの表情に戻ると、視線を落としてポツリと呟く。
「…私、断ったの」
「え?」
反射的に聞き返してから、今日の噂の話だと気付く。慌てて口を噤むと、明は眉尻を下げたまま続けた。
「私を好きだという男の人は、皆、怖くて。だから、断ったの。でも、付き合ってることにされてた」
相槌代わりに頷いて、続きを待つ。言葉を紡ぐのが遅いなら待てば良い。ゆっくりと、彼女が何を言いたいのか耳を傾ければ良い。それが出来なければ誤解が広がるだけだ。話し出す前に口を挟めば、事実を捻じ曲げるだけだ。今日の出来事と同じ。
「違うって、言いたかった。でも、言えなくて。言ったら、何されるんだろう…って、怖くて」
途切れ途切れに紡がれる明の言葉。静かな部屋に、ポツポツと響く。
「…痛いのは、嫌…」
そう言って、明は顔を歪めた。左手で自分の右手をぎゅっと掴む。俯くその姿は痛々しくて、苦しみがひしひしと伝わって来た。文化祭の時に見た記憶が脳裏を過ぎる。"美人な明"に惚れ、思い通りの返事でないと分かるとすぐに暴力を振るった男。あの時もう既に明は泣かなくなっていたので、その時既に似たような経験があったのだろう。好意は簡単に裏返るから。
「あか…」
震える明に声を掛けようとして、すぐに止まる。まだ明の口は動こうとしている。私は首を横に振って、前のめりになっていた姿勢を戻した。相槌を戻し、黙って待つ。明はチラリと視線を上げて私の方を確認すると、唇を大きく震わせた。
それは明と恋の間に軋轢が生まれた、最初のきっかけ。
震えながら話し始めた彼女の言葉を聞き漏らさないよう、しっかりと耳を傾けた。
「美味しい!」
「うん…っ」
明はフォークを口に運ぶと、一瞬目を丸く見開いた。じっくり観察すれば感情表現はしっかりと見て取れる。この姿も知らないで噂に踊らされている人達とは、やはり相容れない。無口で無表情だからといって、感情がないわけではないのだ。意見や意思がないわけではないのだ。そう思うと、今回のやり方は非常に卑怯だと分かる。明があまり口を開かないのを分かっていながら、噂で外堀を埋めていくやり方。恋話に煩い女子を扇動した、正攻法とは思えない逃げ道を塞ぐ行為。恋愛は戦だと比喩されることもあるが、今回の行為は敗戦しておきながら、勝利したと嘯くようなもの。敵の情けで生き延びることができたのに、恩を仇で返すような行為。どうしたって許すことなんてできない。
「夕音…?」
無意識のうちに手に力が入っていたようで、ハッと我に返る。力を抜くように手を振って「何でもない」と誤魔化すと、明は悲しそうに笑った。普段動かさない口角を無理やり上げて、ぎこちない笑顔を作る。私は一瞬、明が何をしたのか分からなかった。すぐにいつもの表情に戻ると、視線を落としてポツリと呟く。
「…私、断ったの」
「え?」
反射的に聞き返してから、今日の噂の話だと気付く。慌てて口を噤むと、明は眉尻を下げたまま続けた。
「私を好きだという男の人は、皆、怖くて。だから、断ったの。でも、付き合ってることにされてた」
相槌代わりに頷いて、続きを待つ。言葉を紡ぐのが遅いなら待てば良い。ゆっくりと、彼女が何を言いたいのか耳を傾ければ良い。それが出来なければ誤解が広がるだけだ。話し出す前に口を挟めば、事実を捻じ曲げるだけだ。今日の出来事と同じ。
「違うって、言いたかった。でも、言えなくて。言ったら、何されるんだろう…って、怖くて」
途切れ途切れに紡がれる明の言葉。静かな部屋に、ポツポツと響く。
「…痛いのは、嫌…」
そう言って、明は顔を歪めた。左手で自分の右手をぎゅっと掴む。俯くその姿は痛々しくて、苦しみがひしひしと伝わって来た。文化祭の時に見た記憶が脳裏を過ぎる。"美人な明"に惚れ、思い通りの返事でないと分かるとすぐに暴力を振るった男。あの時もう既に明は泣かなくなっていたので、その時既に似たような経験があったのだろう。好意は簡単に裏返るから。
「あか…」
震える明に声を掛けようとして、すぐに止まる。まだ明の口は動こうとしている。私は首を横に振って、前のめりになっていた姿勢を戻した。相槌を戻し、黙って待つ。明はチラリと視線を上げて私の方を確認すると、唇を大きく震わせた。
それは明と恋の間に軋轢が生まれた、最初のきっかけ。
震えながら話し始めた彼女の言葉を聞き漏らさないよう、しっかりと耳を傾けた。
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