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1月14日 鈴
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踵を返して、雨の聞こえる方へと急ぐ。段々と人気が無くなっていき、部活の時間だというのに静かな木陰へと変わっていく。
しゃらん、と静かな鈴の音が鳴った。
その聞き覚えのある鈴を持っているのは、いつもの持ち主では無かった。
「鹿宮くん」
「…」
私の声掛けにも気付かず、ただぼんやりと鈴を眺めている鹿宮くん。その瞳は虚ろに開かれていて、いつもの元気な様子は見当たらない。私はそっと近付いて、視界に入るように立った。しばらくして瞳孔が私を捉えるように動き、鹿宮くんが顔を上げた。
「…ぅ、わっ!?稲森!?」
「こんにちは、鹿宮くん」
「びっくりした…どうしたんすか?」
私に気付いた瞬間から、いつもの笑顔になる。人懐っこくて表情がくるくると変わる、それでいて決して他人に不快な思いをさせることのない優しい人。その心の音が聞こえていなければ、先程の表情は見間違いだったとでも思ってしまうだろう。しとしとと、何かを諦めるように降り続ける雨の音が切なくて仕方なかった。
「えっと…その、鈴」
指差すと、僅かに肩が震え雨の音が強くなった。
「あぁ、これは明のっすよ。落ちてたんで、どうやって返そうか考えてたんっす」
その言葉に嘘は無いのだろう。真実を言っていないだけで。そうでなければ、明と言った一瞬だけ表情が暗くなった理由が説明出来ない。
「稲森って明と仲良かったっすよね?クラスも同じだし、返しておいてもらえないっすか?」
微笑みながら目の前に差し出される鈴。その手元だけ影から出て、太陽の光を淡く反射している。その光が鹿宮くんに当たることはなくて、心とリンクしているような情景に思わず口を開く。
「明と、何かあったの?」
「へっ?」
驚いて目を丸く見開く鹿宮くん。手元でしゃらんっと鈴が揺れた。
「…特に何も?稲森は何か用事があってここに来たんじゃないんすか?」
鹿宮くんは私が受け取らなかったために手を引っ込めて、話を逸らした。その前に呟かれた返答の言葉に、ふと竜夜くんに言われた言葉を思い出した。
"何も無かったら『どうした』って聞いたところで『何が?』って返ってくるんだよ、普通"
"『何でもない』って言うことは、何かしら誤魔化してるってことだ"
私が体調の悪さを誤魔化していた時に言われた言葉だ。強情な人ほど言いやすいと、苦笑いで言っていた。きっと周りに心配掛けまいとする優しい人も、目の前の少年も同じなのだろう。
「何も無いなら、自分で返しなよ。明と仲悪いわけじゃないでしょ?鹿宮くんが返した方が安心すると思うよ、明は」
鹿宮くんが言葉を詰まらせる。私は構わずに続けた。
「もう一度聞くね、何があったの?」
確信を持って、促すように問い掛けた。
しゃらん、と静かな鈴の音が鳴った。
その聞き覚えのある鈴を持っているのは、いつもの持ち主では無かった。
「鹿宮くん」
「…」
私の声掛けにも気付かず、ただぼんやりと鈴を眺めている鹿宮くん。その瞳は虚ろに開かれていて、いつもの元気な様子は見当たらない。私はそっと近付いて、視界に入るように立った。しばらくして瞳孔が私を捉えるように動き、鹿宮くんが顔を上げた。
「…ぅ、わっ!?稲森!?」
「こんにちは、鹿宮くん」
「びっくりした…どうしたんすか?」
私に気付いた瞬間から、いつもの笑顔になる。人懐っこくて表情がくるくると変わる、それでいて決して他人に不快な思いをさせることのない優しい人。その心の音が聞こえていなければ、先程の表情は見間違いだったとでも思ってしまうだろう。しとしとと、何かを諦めるように降り続ける雨の音が切なくて仕方なかった。
「えっと…その、鈴」
指差すと、僅かに肩が震え雨の音が強くなった。
「あぁ、これは明のっすよ。落ちてたんで、どうやって返そうか考えてたんっす」
その言葉に嘘は無いのだろう。真実を言っていないだけで。そうでなければ、明と言った一瞬だけ表情が暗くなった理由が説明出来ない。
「稲森って明と仲良かったっすよね?クラスも同じだし、返しておいてもらえないっすか?」
微笑みながら目の前に差し出される鈴。その手元だけ影から出て、太陽の光を淡く反射している。その光が鹿宮くんに当たることはなくて、心とリンクしているような情景に思わず口を開く。
「明と、何かあったの?」
「へっ?」
驚いて目を丸く見開く鹿宮くん。手元でしゃらんっと鈴が揺れた。
「…特に何も?稲森は何か用事があってここに来たんじゃないんすか?」
鹿宮くんは私が受け取らなかったために手を引っ込めて、話を逸らした。その前に呟かれた返答の言葉に、ふと竜夜くんに言われた言葉を思い出した。
"何も無かったら『どうした』って聞いたところで『何が?』って返ってくるんだよ、普通"
"『何でもない』って言うことは、何かしら誤魔化してるってことだ"
私が体調の悪さを誤魔化していた時に言われた言葉だ。強情な人ほど言いやすいと、苦笑いで言っていた。きっと周りに心配掛けまいとする優しい人も、目の前の少年も同じなのだろう。
「何も無いなら、自分で返しなよ。明と仲悪いわけじゃないでしょ?鹿宮くんが返した方が安心すると思うよ、明は」
鹿宮くんが言葉を詰まらせる。私は構わずに続けた。
「もう一度聞くね、何があったの?」
確信を持って、促すように問い掛けた。
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