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1月9日 救えたのは
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驚いた私の声に、稲荷様が驚く。私の倒れた理由について、そういえば考えていなかった。てっきり刺されたショックと慣れない場での緊張によるものだと思っていた。
「…夕音はその心の音を聞く性質、生まれ付きだと言っていたな?」
「はい。物心付いた時には既に」
「恐らく、生まれ付き力を貯める性質が根付いておるのだろう。わたし達と同様、失われた分を回復しなければ疲労として体外に現れる。力の貯蓄が必要なのだ、我々は」
確かに今回は力を使い続けた気がする。紺様を先祖と引き合わせ、奥方様を呼んで扇様に儀式の様子を見せ、その儀式を手伝った。その後やって来た澪愛様の当主達に儀式の様子を映し、澪愛の記憶を遡った。紺様と扇様の"晴れ"の気配にも咲いた花で祝福を贈った。並べて言うと、我ながら力を使い過ぎである。むしろよく力が保ったと思う。
1度眠った時に長時間寝続けたのも、恐らくこれが原因なのだろう。それでも目覚めたのは、まだ終わっていないという緊張感から気を張っていたためであろうか。
私が1人納得していると、稲荷様は思い出したように告げた。
「澪愛の桜は心配しなくて良いぞ。あちらの世から対処する者を呼び寄せた。あの樹がヒトに害をなすことはあるまい。仇なした場合の報復も、止めてくれるだろう」
「あぁ、ありがとうございます」
「あそこに宿る奴らも、元は無害なのだ。しかし伝統の変容によって痛みを与えられ続けたせいで、それに敏感らしい。傷に、敏く反応する」
「…」
「我らにはどうすることも出来なかった。むしろこの代で止めたことを誇りに思え、夕音。お前の成果だぞ」
「でも…苦しんだ人の思いまでは…」
「何を言う、救えているぞ」
稲荷様の言葉に、私は息が止まった。和やかに微笑む稲荷様が、続ける。
「だからお前に敵意が向けられた時、奴らは夕音を助けたのだ。あの中には古い古い記憶も存在していた。伝統の変容にも気付ける程にな。だが現世に伝える術はない。苦しみを断ち切る術がなく、憂い嘆いていたのだ。それを救ったのはお前だ、夕音。記憶を伝え、光明を指したのは夕音なんだよ」
瞳の奥がじんっと熱くなる。良かった。私のしたことは、無駄じゃなかった。過去に遡って成果となったんだ。苦しい記憶を、少しでも救えたんだ。扇様を、これからの澪愛を、過去の澪愛を。その事実が熱を帯びて私に巡っていく。
泣きじゃくる私を、稲荷様はそっと抱き締めてくれた。
「…夕音はその心の音を聞く性質、生まれ付きだと言っていたな?」
「はい。物心付いた時には既に」
「恐らく、生まれ付き力を貯める性質が根付いておるのだろう。わたし達と同様、失われた分を回復しなければ疲労として体外に現れる。力の貯蓄が必要なのだ、我々は」
確かに今回は力を使い続けた気がする。紺様を先祖と引き合わせ、奥方様を呼んで扇様に儀式の様子を見せ、その儀式を手伝った。その後やって来た澪愛様の当主達に儀式の様子を映し、澪愛の記憶を遡った。紺様と扇様の"晴れ"の気配にも咲いた花で祝福を贈った。並べて言うと、我ながら力を使い過ぎである。むしろよく力が保ったと思う。
1度眠った時に長時間寝続けたのも、恐らくこれが原因なのだろう。それでも目覚めたのは、まだ終わっていないという緊張感から気を張っていたためであろうか。
私が1人納得していると、稲荷様は思い出したように告げた。
「澪愛の桜は心配しなくて良いぞ。あちらの世から対処する者を呼び寄せた。あの樹がヒトに害をなすことはあるまい。仇なした場合の報復も、止めてくれるだろう」
「あぁ、ありがとうございます」
「あそこに宿る奴らも、元は無害なのだ。しかし伝統の変容によって痛みを与えられ続けたせいで、それに敏感らしい。傷に、敏く反応する」
「…」
「我らにはどうすることも出来なかった。むしろこの代で止めたことを誇りに思え、夕音。お前の成果だぞ」
「でも…苦しんだ人の思いまでは…」
「何を言う、救えているぞ」
稲荷様の言葉に、私は息が止まった。和やかに微笑む稲荷様が、続ける。
「だからお前に敵意が向けられた時、奴らは夕音を助けたのだ。あの中には古い古い記憶も存在していた。伝統の変容にも気付ける程にな。だが現世に伝える術はない。苦しみを断ち切る術がなく、憂い嘆いていたのだ。それを救ったのはお前だ、夕音。記憶を伝え、光明を指したのは夕音なんだよ」
瞳の奥がじんっと熱くなる。良かった。私のしたことは、無駄じゃなかった。過去に遡って成果となったんだ。苦しい記憶を、少しでも救えたんだ。扇様を、これからの澪愛を、過去の澪愛を。その事実が熱を帯びて私に巡っていく。
泣きじゃくる私を、稲荷様はそっと抱き締めてくれた。
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