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1月1日 挨拶
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私は一体、何処ぞのスパイなのだろうか。
ぼんやりとそんなことが浮かぶくらい、誰も私が扇様の側にいることに疑問を抱かない。何故か連れて行かれた扇様によるご両親への挨拶回りでも、特に何か言われることもなかった。お母様はチラリと私を見て意味ありげに唇の端を上げたが、お父様は全く持って気付いていないようだった。澪愛は女系だと言われる理由が、わかった気がする。私ももう1人の使用人、花火に合わせて礼をすると、扇様を残して部屋を出る。会場入り前に最後の打ち合わせがあるので、時間になるまで使用人は下がるのだという。
「お疲れ様、夕音」
「花火こそ。私は側に居ただけだよ」
「それが助かったのよ。それに、ありがとう」
「え?」
意図が分からなくて顔を向けると、花火は曖昧に微笑んだ。その態度に、何となく察しが付いた。花火が私をここに呼んだもう一つの理由、伝統を止めるために奔走したことだ。
「…どういたしまして」
私達も使用人の待機場に合流して、時間まで待つ。9時前に花火を始め勤めの長い者は案内がある、と扇様達の元へ行ってしまった。残された私達は特にすることもなく、リアルタイムで報道される澪愛家の挨拶を、テレビ越しに見るだけだ。使用人風に変装する必要は特に無かったのでは、と思わなくもないが、とりあえず待機する。
時計の針が10時を指して、ほぼぴったりに扇様のお父様が新年を祝う言葉を告げた。お母様も一言挨拶を済ませると、お父様が格式ばった挨拶の続きを述べる。毎年テレビで流れる映像と、全く変わりないのはここまでであった。
『此の春の良き日に、我が国民に伝えておきたいことが有る。我が娘、扇は鳳凰家嫡男であられる紺様と、正式に婚約を結ぶことを決定した』
画面が扇様と紺様に変わる。2人は仲睦まじく隣に腰掛け、柔らかな笑みをたたえていた。その薬指には、急遽用意したとは思えない銀製のリングが輝いている。両家の間ではほぼ確定であったとはいえ、公式発表はされていなかった。互いに結婚出来る年齢では無かったことと、この時代において幼少期からの許婚など古いという考えも考慮してのことだった。しかし2人は相思相愛である。紺様は命を賭して扇様を守る程に彼女を愛しているし、扇様も紺様を自身の父親よりも信じている。2人も新年を祝う言葉と婚約について多少述べ、またお父様へと画面が切り替わった。
『此の国の益々の発展と活躍を祈り、また新しき春が芽吹いた事に祝辞を述べて、挨拶は以上とする』
そんな締めの言葉で括られた挨拶は、昼前にはお開きとなっていた。
ぼんやりとそんなことが浮かぶくらい、誰も私が扇様の側にいることに疑問を抱かない。何故か連れて行かれた扇様によるご両親への挨拶回りでも、特に何か言われることもなかった。お母様はチラリと私を見て意味ありげに唇の端を上げたが、お父様は全く持って気付いていないようだった。澪愛は女系だと言われる理由が、わかった気がする。私ももう1人の使用人、花火に合わせて礼をすると、扇様を残して部屋を出る。会場入り前に最後の打ち合わせがあるので、時間になるまで使用人は下がるのだという。
「お疲れ様、夕音」
「花火こそ。私は側に居ただけだよ」
「それが助かったのよ。それに、ありがとう」
「え?」
意図が分からなくて顔を向けると、花火は曖昧に微笑んだ。その態度に、何となく察しが付いた。花火が私をここに呼んだもう一つの理由、伝統を止めるために奔走したことだ。
「…どういたしまして」
私達も使用人の待機場に合流して、時間まで待つ。9時前に花火を始め勤めの長い者は案内がある、と扇様達の元へ行ってしまった。残された私達は特にすることもなく、リアルタイムで報道される澪愛家の挨拶を、テレビ越しに見るだけだ。使用人風に変装する必要は特に無かったのでは、と思わなくもないが、とりあえず待機する。
時計の針が10時を指して、ほぼぴったりに扇様のお父様が新年を祝う言葉を告げた。お母様も一言挨拶を済ませると、お父様が格式ばった挨拶の続きを述べる。毎年テレビで流れる映像と、全く変わりないのはここまでであった。
『此の春の良き日に、我が国民に伝えておきたいことが有る。我が娘、扇は鳳凰家嫡男であられる紺様と、正式に婚約を結ぶことを決定した』
画面が扇様と紺様に変わる。2人は仲睦まじく隣に腰掛け、柔らかな笑みをたたえていた。その薬指には、急遽用意したとは思えない銀製のリングが輝いている。両家の間ではほぼ確定であったとはいえ、公式発表はされていなかった。互いに結婚出来る年齢では無かったことと、この時代において幼少期からの許婚など古いという考えも考慮してのことだった。しかし2人は相思相愛である。紺様は命を賭して扇様を守る程に彼女を愛しているし、扇様も紺様を自身の父親よりも信じている。2人も新年を祝う言葉と婚約について多少述べ、またお父様へと画面が切り替わった。
『此の国の益々の発展と活躍を祈り、また新しき春が芽吹いた事に祝辞を述べて、挨拶は以上とする』
そんな締めの言葉で括られた挨拶は、昼前にはお開きとなっていた。
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