神様自学

天ノ谷 霙

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駆ける足も間に合わぬ

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瞬きの一瞬の闇を挟んで、目の前の光景は姿を変える。火災の噂を聞いて最速で戻ってきた舞茶が、人の限界すら超えて大切な主人あるじの元へ急いでいた。本来であれば片道でさえ1日掛かる距離。それを身体能力と抜け道を駆使して半日で駆けるのでさえ大変な道のり。しかし舞茶はそんなこと気にする余裕もなく、城が燃えたという噂を聞いて全速力で駆け抜けて戻って来た。だがそれでも、主人の死際には間に合わなかった。主人の元へ、心ここにあらずといった様子でふらふらと歩む彼女を、他の使用人が止める。眼前の城はもう崩れ落ち、見るも無残な姿なのだ。奥方様の元へ行こうにも、入る場所すら存在しない。
暗闇の中、火の粉が舞う。舞茶は体を押さえ込まれ、地面にくずおれた。枝にでも引っ掛けたのか、服の一部が破けたりよれていたりとボロボロになっている。肌に泥を付けながら、それにすら構わずにただ炎を見つめる。決して触れることの出来ない炎に手を伸ばしたところで、ガシャンと大きな音と共に城がまた崩れ落ちた。焼け落ちたその場所に人がいたのなら、もう灰に変わっているであろうその光景に、舞茶は瞳から涙を零す。そして堰を切ったように泣き出した。必死に手を伸ばし、届かぬことに絶望し、嗚咽を漏らしながら主人を呼び続ける。
「雨、雨をっ…奥様なら、雨を…」
うわ言のように呟く舞茶の背後に、武士もののふの格好をした男性が立っていた。それは見覚えのある姿で、この時世の帝の姿。こん様に重なった男性の姿。
「舞茶」
「旦那様、旦那様…っ奥様がっ…奥様が」
「落ち着け、舞茶」
「申し訳ありません…私が、私がお側を離れたせいで…奥様が…っ!申し訳、ありません…!」
縋るように、吐くように、何度も繰り返し謝罪する舞茶。それをただ受け止める帝。泣き叫ぶ声が、街中にこだまし続けた。
全てが焼け落ちる前にその場を離れ、帝と舞茶は姿を隠した。帝が静かに支え続けると、舞茶はやっと落ち着きを取り戻したようだった。
「取り乱して、申し訳ございませんでした」
そう呟く舞茶の瞳は赤く染まり、呼吸は浅いままである。口を聞ける程度には回復していたので、帝はここまでで考えていたことを言語化する。
「…澪愛みおうの女を、此度の火災で失ったと臣下に勘付かれるのは非常にまずい」
「…えぇ、承知しております。奥様はとても特別な方でしたから」
「あぁ。世継ぎがいても彼女がいなければ臣下に蝕まれてしまうやもしれぬ。そのための盾役、其方に言うのは苦しいが…その」
帝は申し訳なさそうに口籠る。その様子を察して、舞茶は顔を上げてまっすぐ告げた。
「奥様の側に最も居たのは私です。代わりを務めることで彼の方のお役に立てるのならば、この身、捧げることを誓いましょう」
舞茶は、覚悟をした女の目をしていた。
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