神様自学

天ノ谷 霙

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澪愛

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一国の城。その奥の部屋に座る女性がいた。黒く長い髪はせん様のものによく似ており、服装も赤を基調とした煌びやかな着物を身に付けていた。飾り気は特に無いが、溢れ出る気品と美しさに目を奪われる、そんな女性だった。飾り物など必要ないと言われれば頷いてしまいそうな迫力があった。彼女は奥方様。または奥様と呼ばれるこの国を滑る皇帝の唯一の子女。そして彼女は婚姻を結び、皇帝の妻となる。皇帝は紺色の髪が印象的な美青年であった。しかしこれは望まぬ婚姻。互いを想うことは無く、各々の瞳に別の人を映し続けた。しかしそんなことばかり言っていられず、奥方様は後継ぎを身籠る。やがておのこを出産し、彼はいつ身分を継いでも問題ない好青年へと育つ。
そして時は来る。
パラパラとコマ送りで進む漫画のように時間が経過していく目の前の光景に、転機が訪れる。
奥方様とその付き人、舞茶の2人きりの部屋。先程とは違い豪奢に着飾った奥方様と忍びの格好をした舞茶が御簾越しに向かい合い、静かに会話を交わしていた。
「この手紙を、あの人に渡して欲しい」
「承知致しました」
「そして告げてくれ。これが最後だと」
奥方様の言葉に、目を見開く舞茶。2人きりであるせいか、感情を隠すこともせずに驚きを浮かべる。それを読み取った奥方様はそっと微笑んで、しかし瞳には覚悟を宿していた。
「もう終わりにしなければならない」
「…承知、致しました」
舞茶は何を言うこともせず、ただ了承した。そして物音すら立てずにその場から消え、奥方様に託された仕事をこなしに随筆家の元へ向かう。外を出歩く際は傘で顔を隠し、自然を愛でることを好む優しい青年。彼こそが奥方様の想い人であり、想いを返す存在であった。だが出会ったのも不思議なくらい、2人の間には身分差がある。結ばれることは国が2転3転してもあり得ないことであった。そしてその秘密の愛の語り合いも終わりを迎える。世継ぎを産み育て終えたとはいえ、この国の頂点に君臨する姫である。いつまでも想い続けるわけにはいかない。想いが日の下に晒されてしまえば国は揺らぐ。それを懸念して、覚悟を決めたのだ。
叶うならもう1度会いたかった。
一目見て別れを告げたかった。
そんな願いは届かない。だから終わりにするのだ。信用出来る付き人に文を届けて貰うことで。そしてその間に、自分の役割を熟す。
スッと扉が開いて、御簾越しに臣下らしき男が頭を深く下げる。
「奥方様、御準備を」
「今行くわ」
そう言って立ち上がり、髪飾りの鈴の音を鳴らす。引き摺るほどに長い着物に身を包み、廊下をすり足で進む。やがて辿り着いた部屋の中心に座する。一際豪華な屏風が飾られ、目の前の大きな窓からは海が見えた。どうやら季節は冬らしい。寒空の下、行き交う船をじっと見つめていた。

"導きましょう 辿りましょう 澪が示せし 道標"

"奏でましょう 唄いましょう 愛を包みし 雨翔あまがける"

凛とした声に伴い、空に白と灰の龍が舞う。そしてその駆けた場所から雨が降り始めた。一通り街を濡らすと、龍は天に帰っていく。そして入れ替わりに天使の梯子が降り、晴天が広がった。
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